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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
十一章

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雨上がり

 濡れた服を着替え、ついでに洗濯機を回してからリビングに戻ると、

「……何してんの?」

机いっぱいに分厚い本を広げて、真青と母がきゃあきゃあと盛り上がっていた。

「さっき、駆の小さい頃の話になってね。アルバム見せてたの。あ、これ動物園行った時の」

「やだー!駆君パンダの耳付けてるカワイイー!!」

「それ三歳くらいのときじゃない?!」

自我があるかどうかも怪しい頃ではないか。何をしてくれているのだ母よ。

「こっちは幼稚園の運動会のかけっこで、一番になったときの。昔は足も速かったのにねえ」

「すみませんね……」

幼少の頃は、同年代では背が高いほうだった。成長するにつれ、いつの間にか周りに抜かれてしまったが。やっぱり、成長期に夜更かししていたのがよくなかったのだろうか。

「カエデさん、これ画像ください!」

「なんで?!」

そして真青はなぜ、俺の写真を欲しがるのだ。ああ、さっそく母と連絡先を交換するんじゃない。しかし抵抗すると未知数の罰ゲームが重くなる気がして、ろくに口ごたえができない。その間に、ぴろりんぴろりんと軽快な音が立て続けに鳴り、真青のスマートフォンに母の親馬鹿コレクションが送られたようだった。母はあまり機械が得意ではないが、その分父が得意なので、紙媒体のみだったものは色味まで調整して全部クラウド保存してあるらしい。アナログのバックアップは母が、デジタルのバックアップは父が取っているという、抜け目ない連携だった。

「さて、本人も帰ってきたことだし、続きはご飯食べてからにしましょうか」

「はいっ」

まだやる気か、というツッコミを堪え、俺は一人静かに項垂れた。


 夕飯は、和食だった。白いご飯と味噌汁に、煮魚、ほうれん草のおひたし、サトイモの小鉢。何しろ腹が減っていたので、手を合わせて早速煮魚を口に運ぶ。自分で作ると、どうしても手っ取り早く作れる料理や肉料理をローテーションしてしまうので、久しぶりの煮魚が美味しい。

「どう?」

サトイモを口に運んだところで、母がそわそわと肩を揺らしながら聞いてきた。

「どうって……いつもと味付け違うね。美味しいよ」

「えーっ!なんでわかるの?!」

叫んだのは真青だった。

「なんでって……何が?」

父が甘党なため、母が作る卵焼きや煮付けは甘めだ。しかし、今日のサトイモは、少し砂糖が少ない気がする。と言っても、味は悪くない。ひょいと二つ目を摘まみ、口に運んだ時だった。

「それね、春果ちゃんが作ったの」

「む゛っ!」

危うくサトイモを喉に詰まらせそうになり、咳き込んだ。芋の形が少し歪だったので、手伝ってくれたのだろうか、くらいに思っていたら。まさかの一品フルプロデュースですか。

「あらあら、大丈夫?」

水を渡してくる母の声が白々しかった。謀られた。

「春果ちゃんがお料理教えてほしいって言うから、一緒に作ったの。よかったね春果ちゃん、美味しいって」

「はい!」

咳き込みすぎて涙でぼやける視界の向こうに見えた、真青の笑顔が眩しかった。

「それで、エプロン付けてたのか……」

貰った水を飲み、息も絶え絶えになりながら、俺は突然のエプロンにようやく納得した。

 料理というのは基本を押さえてレシピ通りに作れば、そう失敗はしないものだ。謎の物体Xや殺人兵器を錬成するタイプは、基本を覚える前に思いつきでアレンジを加えようとしたり、見た目の似た調味料の確認を怠ったり、理由も考えずに工程を端折ったりするから失敗するのだ。

 その点、真青は素直で真面目なので、きちんと工程を確認するし、どうしてそうしなければいけないのか考え、わからなければ訊ねたり調べたりもする。時々、料理教室に手に負えないマッドサイエンティストがいると愚痴を零す母には、さぞ癒しになったことだろう。

 それにしても、地を這って生きる下界の有象無象に天界の食物を与えるとはなんともったいないことを。真青の手作り料理なんて、選ばれし生き物だけが口にできるものではないのか。

 怖気づきながらも、俺が食べる姿を真青があまりにも嬉しそうに見るので、俺はいつになく真剣に味わって食べ、完食して、丁寧に手を合わせた。


 食後、再びアルバムを漁り始めた二人に甲斐甲斐しくお茶を運ぶなどしていると、外はすっかり暗くなっていた。

「ただいま。こんばんは」

父がリビングを覗き、真青に会釈した。

「おかえり」

「お邪魔してます!」

「おかえりなさい。やだ、もうこんな時間」

真青が会釈を返す横で、母が時計を見て、父の分の食事を用意しにいそいそとキッチンへ向かった。

「じゃあ私、そろそろ帰ります」

「うん、またおいで。駆、春果ちゃん送っていきなさい」

「うん」

父に言われ、俺は頷いて立ち上がる。

「大丈夫だよ、まだ遅い時間じゃないし、一人で帰れるよ!」

「ダメだよ」

どこまでも遠慮する真青に、そこだけははっきりと首を振ると、真青は、あ、と小さく口を開けてから、

「……じゃあ、お願いしようかな……」

肩を小さくした。すると、母がキッチンから顔だけ出した。

「罰ゲームは、後でメッセージで相談しましょうか」

「はいっ」

忘れられていなかった。

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