騎馬戦
騎馬戦は、騎手がハチマキを取られるか、馬から落とされるとその騎馬は負けになり、最終的に残った騎馬の数で全体の勝敗が決まる。また、大将が潰されるとその場で負けになるので、他の騎馬が大将を護らねばならない。
騎馬のグループは練習の際にあらかじめ決めてあり、赤城はもちろん騎手だ。俺を馬に誘ってきたが、丁重に断った。大将よりも目立つ男の騎馬なんかやったら、骨が何本あっても足りない。
結局、適当に地味男子同盟で組んだのだが、『どうせ大した活躍はできないのだから、なるべく馬の負担が軽くなるよう一番体重の軽い奴が騎手をやる』という話し合いの結果、俺が騎手をやる羽目になってしまった。
「頑張ってねー!」
「応援はせえへんけど怪我せんようになー!」
ポンポンを持った二人に見送られた。少しくらい良いところを見せなければという気分になるので、あの笑顔は魔法だ。
ピストルの音が鳴り響き、雄叫びと共に騎馬が交戦する。赤ブロックの大将は、サッカー部の三年生だ。これぞサッカー部という爽やかな外見で、ファンも多い。そして、赤城とはもちろん知り合いだ。
「巧、しっかり守れよー!」
「ういーっす」
安定感のあるガタイの良い馬に乗った赤城は、大将の正面に構える。三年の騎馬は他にもあるのだが、彼らを差し置いて正面の守りを任されるとは、信頼されているにも程がある。故障さえしなければ、今頃赤城はサッカー部のキャプテンをやっていたという話もあるくらいだ。先輩とも仲が良かったのだろう。
ちなみに俺たちは、とりあえず頭数として生き残ることが最優先。ハチマキは死守、もし落とされそうになった時は潔く諦める、という情けない作戦だった。
なるべく目立たぬよう隅のほうに移動しつつ、赤城を見守る。長いリーチを活かし、ハチマキに伸びてくる腕を的確にガードし、落とそうとしてくる相手は逆に落とし、一瞬の隙を突いて左手で敵の頭を掴み右手で容赦なくハチマキをむしり取っていく様は、まさに無双。正面で一番目立っている赤城にわざわざ突っ込んでくる騎馬は、それなりに強い騎馬のはずなのに、ハチマキと共に自信も奪われていく様は、なかなか切ないものがあった。そして、向かってくる馬がいなくなると、大将を敵の大将に向かわせ、自らも敵陣に突っ込んでいく。味方で良かったと、心から思った。
「いやー、すごいね向こうは」
もはや一方的な虐殺にすら見えてくる光景をぼんやり見ていると、敵ブロックの騎馬が一騎、のんびりと寄ってきた。騎手を見ると、用具テントで話しかけてきた赤城の友人だった。先ほどはハチマキをしていなかったのでわからなかったが、緑ブロックだったらしい。
「佐藤駆、ハチマキちょうだい」
「お断りします……」
なぜかフルネームで呼んでくる茶髪の男子は、にやにやと軽薄な笑みを浮かべながら手を差し出した。素直に渡すわけにはいかないので、じりじりと後ずさりしつつ、逃げる隙を窺う。
「じゃあ仕方ないな、力ずくだー」
茶髪の男子の緩い指示で、馬が動き出す。
「おい、どうすんの佐藤」
「えー……」
あまりやる気はなさそうだ。おそらく、騎手を落とすよりも、ハチマキを狙ってくるはずだ。
「とりあえず隙見て逃げる方向で。俺が合図したら走って」
「わかった」
ボソボソと、馬役に伝える。とにかく生き残ればいいのだ。
「何か企んでる?先手必勝ー!」
直後、敵の馬は楽しそうに正面から突っ込んできた。
「崩されないで。大丈夫」
迫力に怖気づき、陣形を崩しそうになった足元に、冷静に言う。そして、
「"背後を取られないこと、標的から目を離さないこと、油断しないこと"」
対人戦の教訓を、小さな声で反芻する。崩そうと伸びてきた腕の長さを見極め、身を引いて避ける。
「わっ?!」
相手がスカしてつんのめる瞬間に
「走って!」
「お、おー!」
横をすり抜けた。ついでに茶髪の後頭部に見える緑の布に手を伸ばし、引っ張った。安全のため、引っ張れば簡単に取れる結び方を指示されていたハチマキは、するりと彼の頭から抜ける。
「あーっ?!」
「ごめん、行けそうだったからつい」
彼が振り向いた時には、緑のハチマキは俺の手の中にあった。
「やられたー」
潔く馬を崩し、乱れた髪を手櫛で直しながら、茶髪の男子はあーあ、と首を振った。
「駆、よくやったー!」
「おいっすー」
赤城が、俺が勝利したのを見て、高々と大量の緑のハチマキを掲げてガッツポーズをした。同時に、試合終了のピストルが鳴った。
グラウンドから退場した後。
「なんか楽しかったな、騎馬戦」
「うん、一騎でも落とせると達成感あるな」
「佐藤マジすげー」
「いやァ、それほどでも」
俺の馬をしてくれていた地味男子同盟の面々は、妙な満足感を顔に滲ませながら、楽しそうに各々の持ち場に戻っていった。なんだかいいことをした気分だ。と思っていたら、
「駆ー!」
「うわっ」
入れ替わりに赤城が走ってきて、振り向きざまに頭を掴まれ髪をわしゃわしゃと揉まれた。今日の赤城はテンションが高い。本人も髪がかなり乱れているところを見ると、MVPとしてひとしきりもみくちゃにされてきたところなのだろう。
「やっほやっほ。圧勝だね、赤ブロック」
と、そこに、俺がハチマキを取った茶髪の男子がのんびりと歩いてきた。
「翔、見事にやられてたなー!」
疲れた顔をしている彼に、赤城はだははは!と豪快に笑った。
「え?」
カケル、と呼ばれて赤城を見るが、赤城の視線は友人のほうにあり。俺が首をかしげたのを見て、赤城がああ、と気付いてフォローを入れた。
「こいつもカケルって言うんだよ。漢字違うけどな」
「どうもー、月下翔でーす」
月下は改めて名乗ると、二本指で敬礼した。全体的に仕草がチャラい。
「それで、毎回フルネームで呼んでたのかァ」
「巧がどっちもカケルカケルって言うからややこしくてさー」
苗字が違うだけで、随分と格好いい名前に聴こえるものだ。
「じゃあお前のほう月下って呼ぶわ。佐藤多くてわかりづれえし」
苗字も名前もよくあるが故の、弊害が発生していた。
「えーっ!なんかよそよそしくてヤダー!」
月下からブーイングが出る。
「じゃあつっきー」
麻ぽん、つるりんに次ぐ新たなニックネームの誕生だった。
「ネッシーみたい」
「レアっぽくていいだろ」
「いいかな?」
月下は、適当すぎる赤城の提案に腕を組んで真剣に考え始めた。騙されやすそうだ。人が良いのかもしれない。しばらく悩んで、まあいいか、と納得した。いいのか。
「しっかし、マジ、完全に油断したなー。強めに当たればビビって体勢崩してくれるかと思ったのにさあ」
「見た目の割に肝据わってるだろ」
自分でも強そうに見えるとは全く思わないが、随分な言われようだった。
『――応援団のメンバーは、至急本部テントに集合してください。繰り返します』
「おっ」
喧騒の中に聴こえてきた招集のアナウンスに、赤城と月下が反応する。
「集合だってー」
「行くかあ」
どうやら月下も、緑ブロックの応援団らしい。じゃあな、と手を振る二人と別れ、グラウンドで行われている障害物競走を見ると、海鳥が身軽にハードルを飛び越えているところだった。平均台に飛び乗り、平地を走っているかのような素早さで駆け抜け飛び降り、そのまま一位でゴールした。そういえば、彼女はゲーム内でも、斜めになった屋根や足場の悪い場所を平地のように駆け抜ける。
「なるほど」
恐らく本人も気付いていない才能を垣間見た。
障害物競走が終わると、昼休み前の最終種目、応援合戦だ。一般生徒は整列して後方でダンスに加わるだけだが、前方で黒い長ランに身を包んだ赤城や月下は、先ほどまでとはうって変わって真面目な表情をしている。生徒からも保護者テントからも、熱い視線が注がれていた。




