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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
十章

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88/118

体育祭

 五月二十九日、日曜日。天気は、快晴――とは行かず、少々重い曇り空。夕方から雨が降るかもしれないそうだ。晴天よりも日差しも気温も穏やかなので、雨が前倒しにならなければ、ある意味体育祭日和とも言えた。

 「母さんが、弁当作って持ってくるって」

「マジで?!よっしゃ、余計やる気出た」

出る種目も少なく委員会にも入っていないのだから、どうせ暇だろう手伝えと赤城に駆り出され、俺は開会式直後から用具テントの中でたむろしていた。と言っても、種目ごとの用具の出し入れやら雑用で忙しいので、赤城はほとんどテントの中にはいない。

「あっちいねー、まだ五月なのに」

赤城が出場種目の招集に呼ばれ、出て行った後のテントに、名前を知らない二組の男子が残った。肩に掛けたタオルでぱたぱたと顔を仰ぎながら、俺に話し掛けてくる。

「そっすねー」

何しろ、あと数日で六月だ。雨が降る前なこともあって、じっとりとまとわりつくような暑苦しさが拭えない。

「佐藤駆でしょ、巧から聞いた」

染めた茶髪の、軽そうな雰囲気を持った小動物系の顔立ちの男子。キャラクターもののタオルを首にマフラーのように巻いて、端を背中に投げる。

「赤城から?」

俺の知らぬところで話題になっていたとは、恐ろしい。何を言われていたのかと慄いていると、

「別に悪いこと言ってるわけじゃないから安心しなよ」

軽快に笑い、他の友人に呼ばれて去っていった。

 赤城の友人たちの他にも、赤城が用具テントにいることを聞きつけた女子生徒が、代わる代わる足の故障を気遣いに――もとい、喋りにくる。そこまでは別にいいのだが、俺やほかの委員しかいないのを見て、あからさまに肩を落として去っていくのは、やめたほうがいいと思う。赤城巧は、人の裏表や闇にも敏感なのだから。

「なるほど、それで海鳥なのか」

序盤の種目の百メートル走を鮮やかに一位で駆け抜け、旗を持って良い笑顔で写真を撮られている本人を見ながら、俺は納得した。

 海鳥は、裏表というものがあまりない。表情がくるくる変わり、思っていることがすぐ顔にも口にも出てしまう。気が強くお喋りなので、人によっては姦しく感じるかもしれないが、双子の姉のステレオに曝されて育った赤城には、彼女が少々喚いたところで小鳥のさえずり程度にしか感じないだろう。

「? 何だよ」

戻ってきた赤城が、一人で勝手に感心している俺を見て、怪訝な顔をした。俺は曖昧に笑って、借り物競争の出場者の招集に向かった。


 「駆君、頑張ろうねっ」

「敵チームなのにそれでいいの?」

「あっ、そっか!」

今日も麗しい笑顔の真青と短い雑談を交わし、いよいよ競技が始まる。

 借り物競争は、スタート位置から二十メートルほどのところにお題の書かれた紙の入った封筒が設置され、紙に書かれた物または人と共にゴールするという、単純なルールだ。俺は最終組なので、先にお題の兆候を知ることができる。

 しかしそのお題はというと、『眼鏡』『ペットボトル』など、グラウンド周辺ですぐに手に入るものから、『カツラ』『コンタクトレンズ』など借りるのに少々骨の折れそうなもの、そして『教室棟の椅子』や『国語辞典』など教室まで走らされるもの、果てはグラウンドから一番遠い実習棟の三階にある音楽室から持ってこなければならない『モーツァルトのCD』など、完全に己の運との戦いになっていた。

 真青の組が走り出し、紙を見た真青が、俺を見てにこーっと満面の笑みを浮かべて走ってきた。

「え、なんすか」

「一緒に来て!」

いつぞやぶりに俺の手首を掴み、ゴール前の司会者の元へ走る真青。司会者をしている放送委員の眼鏡女子に紙を渡して読み上げてもらい、持ってきたものがお題に合っているか確認しなければならない。俺が条件に合うお題とは?と混乱している間に、

『はい、黄色ブロックの彼女の引いたお題は――』

二つ折りの紙を開いた司会者が、吹き出した。

『えー、"変な人"だそうです。……うん、まあ、変な人ですね』

「見た目の話でしょう?!」

思わず抗議した。こんなに人畜無害なフツメンもそういないぞ。しかし、すぐに認められた真青は、再び俺の手首を掴んでゴールした。ぶっちぎりの一位だった。

「ごめんね、なんか曖昧なお題だったから、見た目でわかりやすいほうがいいかなって思って」

手を合わせて謝られた。

「いや、うん、いいけど……」

「悪い意味じゃないよ?!」

俺は手首をさすりつつ、真青に変な容姿だと思われていたことを知って心にダメージを負いつつ、自分の組に戻った。

 入れ違いに次の走者が走り出し、封筒の中身を見た生徒がその場に崩れ落ちた。駆け寄った司会者が、紙を受け取る。

『えーっと。……ズンドコベロンチョ』

場内がざわついた。

『これは……ちょっと……』

思わず、司会者も絶句する。男子組のお題のほうがハードな気がする。お題を考えた奴は誰だと戦慄している間に、順番が回ってきた。

『最終組は、『人』限定になっています!頑張ってください!』

そんなアナウンスが流れた。嫌な予感がした。用具テントを見ると、遊びにきた友人たちに囲まれた赤城が、顔を背けて笑っていた。そういえば、競技の内容は生徒会と体育委員会で決めていたはずだ。貴様、知っていたな。と、抗議する間もなくピストルが鳴った。一瞬出遅れた俺よりも前の生徒が封筒を取り、頭を抱えた。再び司会者が駆け寄り、生徒が持っていた紙を覗き込む。

『用務員の住吉さん』

良い笑顔で、読み上げた。場内で、お題の人物のことを知っている生徒テントだけが凍り付く。

 用務員の住吉さんは、通称『仙人』と呼ばれている、ごま塩頭のおじさんだった。何が問題なのかというと、用務員にあるまじき気まぐれさで、学校のどこにいるのかまったく見当が付かない神出鬼没の老獪なのだ。しかし、ズンドコベロンチョと違い学校のどこかには必ずいる。男子生徒は、泣きそうな顔で走り出した。

 次の生徒は、紙を見るなりうろうろと視線を彷徨わせ始めた。比較的探しやすいお題だったのだろう。もたもたしている場合ではない。俺は残っていた封筒を取り、紙を見て、

「……」

再度、赤城を見た。


 俺が取った紙には、


『好きな人』


という、最強の定番にして最悪のお題が書かれていた。赤城は指を差して笑っていた。俺が引くことを予測していたのか、あの男。


 人がお題だと聞いた瞬間に、絶対混ざっているだろうとは思っていた。が、まさか本当にピンポイントで引くとは。住吉さんのほうがまだマシだ。あの仙人とは妙に馬が合い、彼が仕事の合間に一服しているスポットならいくつか知っているので。などと考えるも、俺が探すべきは住吉さんではない。

 真面目に青春を送っている学生なら、意中の相手を誘いそのまま告白、体育祭が終わったらカップル、なんてことになるのだろう。が、俺にそんな砂糖を吐くような青春はない。もとい――不真面目に考えられたお題を、真面目にやってやることはない。

 俺は、もう一度用具テントを見て、走り出した。

「赤城巧ー!ちょっと借りられて!!」

「あぁ?俺?」

お題の内容に見当が付いている体育委員は、俺からの指名に自分の顔を指差して首をかしげた。

「いいから、早く!」

背中を叩いて急かし、司会者の元へ走る。お題の紙を受けとった司会者が、きょとんと俺の顔を見た。

『えー、お題は、"好きな人"とのことですが……二年二組の、赤城君、ですね』

女子生徒、または無難に親や先生辺りを攻めてくると思われたところに、その辺にいた男子生徒とは、と思っているところだろう。俺はもはやヤケクソで、向けられたマイクに言った。

「友達の赤城君です。大好きです」

すると、それを聞いた赤城はガッと俺の首に腕を回し、司会者からマイクを取り上げて、

「俺も愛してるぞー!!」

と叫んで、頬にキスしてきた。女子から悲鳴、男子からウェーイ!!!という歓声が上がり、場内が謎の盛り上がりを見せた。

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