準備
準備と練習で午後が終わる日々が始まった。五月のくせになかなかの攻撃力を誇る日差しと、同じ赤ブロックに風紀委員長、そして担当教員の中にトメセンが混ざっていたことで大分疲弊しながら帰宅する。赤いからって、そんなに暑苦しい面子を揃えなくてもいいではないか。
夕飯の後、少し迷って、ランク上げも少しはしておかねばとナルでログインする。ついクセでトルマリの露店を見回り、あーさんの前を通り過ぎた時だった。
「ちょっとちょっと、アバターが違うからって、素通りは冷たいんじゃない?」
「うぇっ?!」
突然声を掛けられ、驚いて変な声を出してしまった。
「みい姐さんと副てんちょから聞いてるよ。ナルくんだっけ」
「ああ、そういうことか……。びっくりした」
副てんちょとはウサギ先生のことだ。ギルドマスターが店長なので、副ギルドマスターは副店長ということらしい。実際には、ウサギ先生は商店街で『ウサギ百貨店』という一番大きな五階建てのビルの主をやっているので、副店長どころか支配人なのだが。
「もうすぐ体育祭なんでしょ。こっそり観に行こうかな」
「交通費でガチャ回せるよ?」
「そっかー、十連一回分くらいかな」
遠回しに来るなと言うと、案の定、あーさんは考え込んだ。何でもガチャ換算するのが廃人の悪い癖だ。
「うーん、まあ、ちょっと検討してみるよ」
それでも来たいらしい。
「そんなに面白いもんでもないと思うけどなァ」
「よその高校に侵入できる機会なんて、お祭りの時くらいだからね。位置ゲーが捗るよね」
風紀委員、頑張れ。その前に、学校施設はそういったゲームのオブジェクトからは外れていると思うのだが。遠出するいい口実になるということか。
「今日は何するの?」
「ランク上げかな。全然コスト足りないし」
「サブで挑戦っていうのも大変だねえ」
「あーさんは普通にあーさんで出るんだ?」
「うん、隠したってどうせ戦い方でバレるだろうから」
マトリョーシカ爆弾があまりにも独特すぎるが故の弊害だった。
「きみは何の武器でも使えて器用だよね」
「やっぱり弓が一番慣れてるけどね」
「なのに銃使うんだ?舐めプ野郎だー潰せ潰せー」
笑いながら物騒なことを言う美青年だった。それから、ぽつりと言う。
「けど、残念だな。部門が一緒だったら、またバトルできたのに」
「俺はもうやりたくないよ……」
思い出すだけでも疲れる。何しろ、この爆弾魔は辺り一面足の踏み場もないほどに爆破させてくるくせに、自分は全く喰らわないのだ。ハナコも怖い。
「まあ、気が向いたら遊んでよ」
「気が向いたらね。……ところで、話変わるんだけど、Sランクの箒っていくらくらい?」
「箒?そうだなー、三百万ってとこかな。何、買ってくれるの?」
「いや、チームメイトが、箒に乗りたいって言っててさァ。かといって、木工Sランクの変態なんて、あーさんとウサギ先生くらいしか知らないから」
ルリが欲しがっていたことを思い出したのだ。頼んでみればいいとは言ったが、二人は知り合いではないので、俺が仲介したほうが、スムーズだろう。ウサギ先生に頼んでもいいが、元々引退しかけていた多忙な大人に頼むのは、なんだか憚られる。
「変態はお互い様でしょ?オレが知ってる中で、副店長の次に変態だよ、きみ」
「失礼な。てか、自覚あったんだ?」
「そりゃ、物好きの自覚はあるよ。自覚がない分、きみのほうがたちが悪いと思うね」
「今自覚したから大丈夫」
「なんだ、もったいないことしたな」
軽口を叩いていると、
『パーティメンバー*ルリ*がログインしました』
システム音声が鳴った。
「噂をすれば、箒が欲しい本人がログインしたよ」
「本当?会ってみたいな」
「聞いてみるよ」
そして、パーティ会話で話しかける。
「ルリ、今どこにいる?」
「ナルもログインしてたんだね!今、トルマリのカフェの辺りにいるよ」
「ちょうどよかった。露店広場まで来れる?箒のこと話したら、あーさんが会いたいんだって」
「ホント?わかった、すぐ行くよ!」
そして、待つこと数分、マップ上にパーティーメンバーのアイコンが映り、向こうもこちらのアイコンに気付いて真っ直ぐに走ってきた。
「こ、こんばんは!初めまして!」
「こんばんは。きみがチームメイトかあ」
ビッグネームとの邂逅に、ルリが緊張しながら挨拶し、あーさんはいつもの柔らかい微笑みを浮かべて挨拶を返した。そして俺のほうを向き、
「えっと……ルリちゃんは、どこまで知ってるの?ナルくんがサブアバターだってことは知ってるんだよね?」
「はい、でも、ほとんど何も知らないです。メインの名前とかも、聞いてないし」
「意地悪だねえ、もったいつけちゃって。教えてあげればいいのに」
しゅんとしょげたルリに、あーさんはにやにやと笑う。意地悪なのは誰だ。
「いいんです、元々、助っ人ってことで参加してもらっただけだから」
先日地雷を踏み抜いてしまったことを気にしているのか、大げさに首を振った。心が痛む。
「そうなんだ。でも、何も知らなかった割にいい人選だね。最高かもしれないよ」
「私もそう思います!」
黒髪の美少女は、ぱあっと花のように可憐な笑顔を咲かせた。遠回しにヒントを与えようとしたのだろうが、素直に俺を誉めたと受け取ったルリに、思わず、あーさんの顔も綻ぶ。
「いいなー、可愛い女子高生がチームメイト。ウチのチームなんか、姫プレイのネカマとガチムチ脳筋なのにさ」
対人戦であーさんに付いていけるクラスのプレイヤーとなると、必然的に濃い面子になってしまうのだろう。三人で挑んで優勝する気なのだから、その自信が恐ろしい。
「そうか、体育祭を観に行ったら、ルリちゃんにも会えるのか!ちょっと楽しみになってきた」
不意に、思いついた顔であーさんが笑った。
「え、マジで来るつもり?」
「迷ってたけど、行く方向に傾いたかな」
「ウチの体育祭、観に来られるんですか?!」
ルリは嬉しそうだ。マジか。ちなみに、新・げきま部のメッセージによると、真青も俺と同じく借り物競争に出るらしい。海鳥は綱引きと玉入れ、障害物競争だと言っていた。
「うん、邪魔はしないようにこっそり観に行くから。頑張ってね」
「はい!」
余談だが、あーさんと俺は、性質は真逆だが好みはよく似ている。さすがに女子高生に手を出すことはしないだろうが、以前ルリはあーさんのことをカッコイイと言っていたし、実物に会って惚れてしまったらどうしよう。応援すべきなのか、やめておけと全力で諭すべきなのか。和やかな空気の流れる横で、真剣に悩む俺だった。




