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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
十章

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和解

 中学ぶりに本気で学校に行きたくないと思いながら起き、渋々いつも通り朝食と弁当を作る。途中で、ふと昨日大量に作ったクッキーが目に付いた。表面の装飾も綺麗に乾いている。少し悩んでから、適当な袋に詰めて、弁当と一緒に鞄に入れた。


 「おはよ……」

昨日のことを引きずっている顔の真青が、おずおずと振り返って挨拶してきた。

「おはよう」

なるべく何でもないふりをして挨拶を返し、

「あの、これ」

そっと、クッキーを取り出す。

「昨日、何か気まずくなったから。お詫び」

「えっ!私が変なこと聞いたからじゃん」

「まあ、作りすぎただけだから。適当に配って食べて」

「配ってって……?わあ、カワイイ!」

首をかしげながら袋を開け、中を覗き込んだ真青が、ぱあっと顔を輝かせて歓声を上げた。やっぱり彼女は、笑っているほうがいい。まだテンションの上がっていない教室に突然響き渡ったアイドルの声に、何事かと視線が集まる。

「ねえ、見て見て!これすっごいカワイイ!」

さっそく女子のグループの中にクッキーを持ち込み、歓声がさらに大きくなった。

「何これヤバい!食べていいの?!」

「春果が作ったの?!」

「違うよ、駆君が作ったんだよ!」

「駆君……って、佐藤?」

その声で視線が一斉に俺に集中し、思わず顔を逸らしてしまった。情けない。

「スゴーイ!佐藤、いただきます!」

「あたしも食べていい?」

終いにはよそのクラスからもやってきて、大量にあったクッキーは瞬く間に売れてしまった。今朝の話題になりすぎて、真青一人分くらいにしておくべきだったかと後悔し始めた頃、

「超美味しかった!佐藤って、そういうの得意なんだ?」

「また作りすぎなよ、食べてあげるから」

「なんで偉そうなんだよ、でも本当、また作ってきてよ」

「いやー、はは……。口に合ってよかった……」

真青とよく喋っている女子たちが、口々に感想を言いにきた。囲まれ慣れていないので少々怖いが、喜んでもらえるのはまんざら悪い気分ではない。他人と関わると面倒も多いが、こういうこともあるのだなと、少し思い直した。


× × ×


 さっそく返却された中間考査の結果は、俺はいつも通り平均そこそこ、真青は三位で、赤城は二十九位。そして海鳥は、現実から逃避するために――中間考査は何よりの現実なのだが――問題集を解き続けていた甲斐あってか、見事赤点を回避した。

 一安心したものの、やはり体育祭の準備に手を取られ、全員で集合できる時間が少なくなることが、次の懸案事項だった。

 委員会には、それぞれに役割が分担されている。やたらいろんなことを任されている赤城ほどではないが、真青の所属する図書委員は記録係の準備や、手が足りない生徒会の応援、そして今年は保健委員をやっている海鳥は、応急処置の仕方の講習があると言って、出払ってしまった。ちなみに俺は、委員会決めの際に影の薄さを活かし、貴重な無所属枠の獲得に成功していたので、フリーだ。が、こうなってみると、適当にどこかに所属しておくべきだっただろうかと、放課後のがらんとした教室で思うのだった。


 一人で部室に行くことも憚られて、メッセージを入れて帰ることにした。鞄を引っかけ、教室を出る。と、

「あっ」

廊下の向こうから、鈴木が来るのが見えた。俺に気付いて、気まずそうに立ち止まる。校内戦以来、全く話しかけてこなくなっていた。

「委員会終わったの?」

「ああ、うん。ジャージ持って帰るの忘れてて、取りにきた……」

「ふーん」

確か、鈴木は風紀委員だったか。体育祭当日は、主に学校敷地内の警備を行うのだそうだ。父兄親族が観にくるので、妙なところに入り込まれないようにするという、重要な仕事らしい。と言っても、その実態は賑わうグラウンドから離れ、ほとんど人の来ない場所に交代で立っているばかりで、ある意味辛そうだった。

 風紀委員会は、規則を率先して守らねばならない都合上、見た目の派手な面子は自ら敬遠し、必然的に地味で真面目な生徒の集う委員会になってしまっている。

 実は、俺はこの委員会が苦手だった。真面目を体現したような黒髪短髪分厚い眼鏡の委員長に、前髪の長さで目を付けられているのだ。自由な校風が売りで、「別に誰に迷惑をかけているわけでもあるまいし」と教師すらろくに注意してこないのに、頑なに生徒手帳に書かれた模範的な服装を強要してくるので、あらゆる生徒から煙たがられている。赤城など、先輩だというのに会う度に喧嘩腰だ。彼の髪色と目の色は自前なのでどうしようもないというのに、真似して染める生徒が出るから黒くしろと言ってくる委員長も委員長だが。赤みがかった猫毛の海鳥も同様だ。染髪のほうが校則違反だろうに。

 一方で、真青もスカート丈をさり気なく違反しているのだが、彼女にだけはベタベタに甘く、下心が丸出しで気持ちが悪い。真青自身、あまりの態度の違いに、顔には出さないが完全にドン引きしていた。ということで、一同で早く引退してくれないだろうかと、切に願っているところだった。


 まあ、ここにいない人間のことはさておき。俺は帰ろうとしたのだが、鈴木が俯いてじっと立ち尽くしているので、何となく去りづらい。

「何?」

俺に用があるのかと訊ねると、

「いや……。今更だけど、いろいろ、しつこくして悪かった」

珍しく素直に頭を下げてきた。

「他のクラスの奴に後つけさせたりとか?」

さすがにあれには辟易したので、へっ、と鼻で笑って少し棘のある言い方をしてみた。

「やっぱり気付いてたか。……本当、悪かったよ」

「ついでだから訊くけど、結局あれ、何がしたかったの?」

「赤城に言った通りだよ……。お前が急に真青さんと赤城と何かし始めたから、野次馬したかっただけ」

赤城に気持ち悪いと言われたことが相当堪えたようで、ボソボソと答えるその顔は、今にも窓から飛び降りそうな悲壮感を漂わせていた。

「それで、やってることがわかって、満足した?」

「……いや。惨めな気分になっただけだった」

「惨め?」

首を振り、ため息をついた鈴木に、俺は訊き返した。すると鈴木は、はは、と乾いた声で笑う。

「わかんないだろうな、駆には」

「? うん」

自分が知らない場所で他人がどう行動しているかが気になって仕方がないということがないので、俺は率直に頷いた。すると、鈴木は長く息を吐いた。

「……まあ、いいや。今日一人だろ?一緒に帰ろうぜ」

「いいよ」

どうせ、帰る方向は同じだ。俺は鈴木が忘れ物を取ってくるのを、廊下で待った。

 戻ってきた鈴木は、歩きながらぽつりと言った。

「あの猫耳の人に言われたのがさあ、ずっと引っかかってんだ」

「みい子さん?」

例のたい焼き占いか。鈴木の診断内容はどんなものだったっけと、おぼろげな記憶を辿る。

「確か……しつこくするなとか言われてたっけ」

「根に持ってるな」

「もちろん」

頷くと、鈴木は目を逸らしながら、仕方ないか、と苦笑した。

「王道なことがしたいくせに、他人からどう見られてるか気になってできないとか、お前や赤城にはなれないとかさ」

階段を下りながら、そばかすのある顔が歪む。

「その通りなんだよなあ。わかってたんだよ。どうにもできないから、羨ましがって僻んで、馬鹿みてえ」

「みい子さんも言ってたじゃん、鈴木は鈴木だって」

そんなに卑下しなくとも、鈴木にだって、良いところはある。噂話や流行に詳しく、訊けば大概のことは知っているし、知らないこともすぐに調べて教えてくれる。俺一人だと、影の薄さゆえに連絡を漏らされたりしてしまうので、大変ありがたい。地味男子同盟というコミュニティを築き、独り好きが過ぎて集団行動に支障が出るような奴でも困ることなく学校生活が送れるのも、鈴木のおかげだ。しつこかったり面倒くさいところも多々あるが、全く悪い奴というわけではないのだ。

「そういえば……赤城が、なんかすごい鈴木のこと嫌ってたけど、一年の時何かしたの?」

ずっと気になっていたので、いい機会だからと訊ねてみた。すると、

「ああ……」

いよいよ具合の悪い顔をしている。そんなにまずいことをしたのか。しばらく言い澱んでいたが、昇降口で靴を履き替えたところで、意を決してぼそりと言った。

「……赤城のこと好きな女子に頼まれて、いろんな奴に隠し撮りさせた写真のデータ売ってたんだよ。それが本人にバレて」

「うわー……。それは無理。寄らないで」

俺は全力で距離を取った。盗撮、ダメ、絶対。せっかく良いところもあると思っていたところだったのに、なけなしの良さがダメな部分で百倍に希釈されてしまった。これだから鈴木は。

「俺も馬鹿なことしたと思った……。サッカー部に囲まれた時は死を覚悟した……」

結局、画像メモリーの全削除と、流した女子の連絡先を教えること、売り上げを全額渡すことで開放してもらったとのことだった。

「よくその程度で済んだね」

二メートルほど離れ、いざとなったら他人のふりができる距離で俺は言った。相手が赤城でなかったら、歯の一本くらいはなくなっていたかもしれない。寛容すぎる判決にむしろ感謝すべきだった。きっと、依頼人の女子には売られたデータを消させ、売上金を返したのだろう。

「マジ、自分のクズさがさらに際立って最悪だった……」

猫背気味の肩を落とし、力なく首を振る鈴木だった。ある意味、殴られるよりも効果的な攻撃だったのかもしれない。赤城がどこまで計算に入れていたのかは、わからないが。

「そのくせ、また付きまとって真青さんにまで嫌われて、何してんの本当。そんなに馬鹿だったっけ?」

校内戦での死刑宣告以来、真青は明らかに鈴木に冷たい。というか、ゴキブリに向ける視線のほうが、まだ感情が籠っている分マシなのではないかと思うくらいの、無関心な態度だ。一瞬だけ場所を変わってほしいと思っていることは、さすがに言わない。

「今度の件はさあ、赤城よりも、お前が羨ましかったんだよ、俺」

「俺?」

赤城を羨む気持ちはわからないではないが、なぜそこで俺。意味がわからず、思わず訊き返した。

「普段こっち側(・・・・)にいるくせに、なんか普通に馴染んでてさ……。お前真青さんのこと好きなんじゃねえの?よく平気な顔して喋れるよな」

「女神が記憶領域の一部を俺ごときに使ってくれてるだけでありがたさの極みなのに、ろくな返事もできなかったらそれこそ何のために生きてんだって話じゃん」

即答した。望みもないのに無駄に意識して、彼女に不愉快な思いをさせるわけにはいかない。いくらお近づきになれたといっても、その辺りの身分を弁えないほど愚かではない。

「……強いよなあ、お前」

つい熱く語ってしまった俺に、鈴木は一際大きなため息をついて、首を振った。

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