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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
十章

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ヌシ釣り

 中間考査が終わると、案の定赤城は体育祭の準備に駆り出されることになった。貴重な応援団経験者でもあるので、今年も目立ちまくるのだろう。おかげで海鳥は少しホッとしているようだった。


 ところで、俺は重要なことを失念していた。赤城が部室に現れないということは、

「二人だけだと、ちょっと寂しいねえ」

そう、物置教室に真青と二人きりなのだ。海鳥にヘタレだの草食系に食われる草だの散々なことを言われる俺でも、さすがにこの状況を全く気にしないわけではない。――気にしないわけではないが、

「そうだねー……」

ハハハ、と笑って自分の席に着くことしかできないので、同志からの誹りに反論することも敵わなかった。


 そして夜。くろすでログインして、日課の露店巡りをしていると、

「あっ、お兄様!」

「……」

ミカミカが目聡く俺を見つけ、駆け寄ってきた。遅れて、少し疲れた顔のマオマオも。

「何か用?」

「用事というほどのことはありません!邪魔はしないので、ついていってもいいですか?」

なるべくうす塩対応を心がけているというのに、彼女のフィルターを通すと数十倍の濃さで抽出されるようで、全く気にしていない。

「好きにしなよ……」

もはや拒絶するのも面倒で、投げやりに言うと、はい!と元気に返事をして笑顔でちょこちょこと後ろをついてきた。ある美さんの俺に対する気持ちもこんな感じだったのかもしれない。大変申し訳なかった。しつこくするのはやめよう。

『最近どう?』

ミカミカがいるので、露店を覗きながら仕方なく一対一でマオマオに話しかける。

『本当に、何もなくなった……。三上さん、学校でも普通に私に話しかけてくるし……』

『マジで。すごいね』

聞けば、彼女の親は政治家先生だかで、きららとまりんはミカミカが何も言わないのをいいことに、その権力を傘に着ていいようにしていたのだそうだ。ということで、完全にパワーバランスが崩れ、後ろ盾のなくなった二人は時々睨んでくることはあっても、大人しくしているらしい。ミカミカが俺に興味を持っている限り、マオマオが平穏に暮らせるというのなら、多少の面倒は我慢しようではないか。

「あ、くろくんだ。いつも連れてる女の子が違うね」

めぼしいものを買い回っていると、定位置のライオン像の下に座っていたあーさんが、声をかけてきた。

「人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

「ば、爆弾魔」

マオマオが、フードの下の顔を見て驚いていた。まさかこんなところにいるとは思っていなかったらしい。灯台下暗しという奴だ。

「こんばんは。くろくんの友達?」

「あ、えっと、はい。マオマオです」

少し困った顔をした後、マオマオはぎこちなく頷いた。俺同様、友達という関係に違和感を持っているのだろう。

「そっかー。オレはあれあ。よろしくね」

あーさんがそんな不自然なマオマオの様子に気付いたかはわからないが、いつも通りにこやかに挨拶する。

「そっちの子は?」

「妹です!」

「違う!」

ミカミカがすかさず外堀を埋めようととし、俺は慌てて否定した。大袈裟にしょげる様子を見せるが騙されない。

「モテモテだね。――あ、てんちょが今からこっちくるって」

「店長が?こないだ言ってた頼みたいことって奴かな」

「うん、そうみたい」

すっかり忘れていた。トゥルッターなどでも連絡がなかったということは急ぎの用事ではないのだろうが、こちらから出向くべきだっただろうか。と、そんなことを考えている間に、

「おーっす!久しぶりだな!」

声も体躯も大きなヒゲメガネが現れた。声に驚いたマオマオが、思わず俺の背後に隠れる。そして、

「よう」

「うわっ、ウサギ先生」

店長の後ろから、軽薄そうな笑みを浮かべたウサ耳ハットの青年が顔を覗かせ、ひらりと気障に手を挙げた。

「店長が会いに行くっつーからついてきた。マジでくろすだったんだな。世間狭え」

「まったくだよ……」

もはや、軽く地域の集まりのようになっている。ミカミカは続々と現れるプレイヤーたちにきょとんと不思議そうな顔をしているだけだが、商店街ギルドマスター、トルマリのシールドブレイカー、ウヴァロ杯優勝と準優勝と、方々で有名な顔ぶれが集合していることに気付いているマオマオが、さっきから挙動不審だ。

「それで。用事って何?」

案の定、通りかかる人々も何事かと二度見していく。

「いや、大した用事じゃねえよ。ちょっと素材融通してくんねえかと思って」

「素材?商店街でも調達できない素材なんかあるの?」

「あるんだよ。緊急ボスの希少部位とかな」

「ああ……」

商店街のメンバーは、生産特化の都合上、あまり戦闘が得意ではないプレイヤーが多い。そもそも、緊急ボスの希少部位やレアドロップは、ソロで倒して解体を使うでもしなければ、なかなか手に入らない。あーさんのような並み以上に戦える例外もいるにはいるが、彼だっていつも手が空いているわけではない。故に、素材の供給にはいつも頭を悩ませているようだった。

「で、何が欲しいの」

「フローラのヌシの肝」

それを聞いた俺の顔が一瞬強張ったのが、分かったのだろう。あーさんが、ぽつりと付け加えた。

「……無理にとは、言わないんだけど」

「……いや、倒すのはいいけど……。フローラのヌシって、滅多に出てこなくない?」

「今いる商店街の面子集まれるだけ集めて、今せっせと釣ってるとこだ。もう十分もすれば出ると思う」

ものすごく人海戦術だった。そりゃ、釣りスキルSランクばかり十数人集まってひたすら釣りをしていれば、一、二時間で出るだろう。

「なんでまた、肝?」

すると、ウサギ先生が口を挟んだ。

「お前が横流しした王宮レシピ作るんだよ。俺、その頃休止しててさあ。面倒くせえレシピがあるって知ったら作りたくなるのが、生産廃の性だろ?」

「なるほどわかった」

都市伝説かと思っていたら、この人本当に全生産スキルSランクだったのか。リアルでもゲームでも大先輩だった。


 パーティを組んでフローラに移動し、先に釣っていた商店街のメンバーに簡単に挨拶して、釣りに参加する。頭数は多ければ多いほど良いということで、マオマオとミカミカも加わることになった。少しでもお兄様のお役に立てるならば!と、団員からSランク八スロットの釣り竿を借りたミカミカが、大いに張り切っている。

「あーさんもウサギ先生も、ソロ討伐無理だったの?」

桟橋に腰かけ足をぷらぷらさせているあーさんと、キャンピングチェアに腰を下ろし完全に休日のお父さんスタイルの店長、そして木工スキルで作れる一人掛けソファに行儀悪く足を開いて座り、頬杖を突いているウサギ先生の隣で、釣り糸を垂らす。反対側では、マオマオがミカミカに釣り竿と餌の使い方を教えていた。

「オレら対人は得意だけど、ボスにはそんなに強くないんだよねえ」

「ああいう、ちまちま削るの苦手なんだよな。ソロは面倒くせえ」

ちまちまやる代名詞の生産スキルSランクのくせに、何を言っているのだろう、この兎男。

 それはさておき。プレイヤーのアバターには、当たるとHPがごっそり削れる部位、そしてピンポイントで当てた場合に一撃必殺のクリティカル判定になる部位がある。要は現実でも急所になる場所なのだが、眉間、鼻、首、胸、腹、股間と一直線に並んでいるので、慣れたプレイヤー同士では、いかにそこに当てさせないかという駆け引きが醍醐味なのだ。が、ボスモンスターの場合は弱点部位がまちまちな上、防御力がやたら高かったりHPが桁違いだったりするので、一撃必殺はほぼ不可能。結局、消耗戦に持ち込むしかなくなる。面倒くさいのは確かだった。

「俺は火属性スキル特化だから、ここのヌシとは相性が悪い」

店長は店長で、戦闘スタイルにこだわりがあるため、単純な物理ファイトでないゲーム内ではあまり実力を発揮できないのだそうだ。現実のほうがゲームより強いとはどういうことだろうか。穏やかな生産好きの集まりと見せかけて物騒な集団である。

「……みい子さんは?」

魚といえばみい子さんだ。ただのたい焼き屋のお姉さんではない。魚系モンスターを仕留めさせたら右に出る者はいない、スペシャリストなのだが。ネット上のキャラ付けが彼女以上に徹底している人物を、今のところ俺は知らない。

「残念なことに、本日不在なんだよ」

「今までは?」

「この季節は学校という檻から早く解放される若者どもがはしゃいでるから、忙しいんだにゃーんって言ってたぞ」

ウサギ先生が口調を真似した。

「……みい子さんてリアルは何の仕事してんの」

「さあ?」

謎の女、猫之島みい子。これだけ世間が狭いと、彼女も近くにいる気がしてくるから怖い。

「わあっ、何かかかりました!」

だらだらと喋っていると、ミカミカが不意に悲鳴を上げた。ゆるふわな外見からアウトドアは苦手かと思いきや、餌のワームも平気でつまんでいたし、なかなか肝の据わった少女だ。ほんの少しだけ見直してやる。

「お、重いです……」

必死にリールを巻いているが、途中で完全に止まってしまった。ランクの低いうちは、大きな獲物がかかることはあまりないので、ここまで大きな引きは珍しい。

「来たんじゃねえか?」

ヌシだけは例外で、どのプレイヤーの竿にもかかる可能性がある。初心者が一人で釣りをしていた時にうっかり掛かり、逃げ出す間もなくオーバーキル、というのはよく聞く話だ。

「お嬢ちゃん、そのままだ!離すなよ!」

「はいっ!」

うぎぎ、と顔を真っ赤にして格闘すること数分、水面に巨大な黒い影が映り、やがて影を中心に禍々しい渦潮が現れた。そして、

「出た!」

もはや水飛沫というには派手すぎる爆発音と共に、丸々と太った琉金が、宙に浮いた。

「でっか」

マオマオが、その大きさに目を丸くする。十トントラックくらいだろうか。いつ見ても気持ちが悪い。俺の肩を、店長がポンと叩いた。

「任せたぞ」

「うぃっす」

俺は頷き、静かにおもちゃの弓を引いた。

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