負けず嫌い
不意打ちが失敗し、片腕を潰されてもなお、蘇芳の目は戦意を失くしていなかった。
「どないしたん?調子悪いん?」
ニヤニヤと煽るライムと、
「うるっせぇな、今どうやって勝とうか考えてんだよ」
真剣そのものの蘇芳。
「うちが好みやなんて、アンタ趣味悪いんと違う?」
「俺もそう思う」
眉間に皺を寄せ、素直に頷いた蘇芳に、一瞬ライムがたじろいだ。瞬間、
「キャスト、加速」
近距離からの速度を乗せた一閃。鎌で受けるも、小柄な体は後ろに吹っ飛ばされ、体勢を整える前に追撃が入る。
「キャスト、身躱っ」
「キャスト、塵旋風」
「うえっ」
振り抜かれた刃をなんとかスキルで避けるも、その返しで発動した竜巻に巻き込まれ、ライムの肩や頬に細かい傷が付いた。吹き荒れる暴風が彼女の視界を奪い、ようやく砂埃が晴れた場所に、蘇芳の姿はなかった。と、探す間もなく、頭上に影が落ちる。
「っらあっ!」
「おっとと」
降ってきた一撃を寸でのところで躱し、ライムはバックステップで距離を取った。
「今の、どこから降ってきたの?」
ルリが訊ねた。荒野は見晴らしが良いのが売りなので、上空に待機できるようなオブジェクトは存在しない。ということは、考えられることは一つ。
「盾を踏み台にしたんじゃないかな」
先日のバトルで学んだことを早速実践に活かしてみたらしい。
「盾って自分で踏めるんだ」
『対戦残り時間、一分です』
ルリが感心している間に、無情なアナウンスが流れる。再び距離を詰めてきた蘇芳に、ライムはふわっと優雅に微笑んだ。そして、
「キャスト、火炎放射!」
がおー!と吠えた口元から、蘇芳の顔目掛けて炎が噴射された。
「いっ?!」
その威力に蘇芳は思わず仰け反り、なんとか躱す。帽子の端が少し焦げた。
「キャスト、MPポーション」
その隙にライムは青い液体の入った瓶を割りながら、体勢を崩した蘇芳の懐に飛び込んだ。首を狙い斬りつけてくる鎌を刀で受けるが、片手しか使えない状態では、奇怪な動きで攻めてくる二振りの鎌を捌くのは分が悪い。徐々に圧され、眉間の皺がさらに深くなった頃、
「キャスト、落とし穴」
「うぉっ」
ぼそり、とライムが呟き、途端に蘇芳の体ががくんと崩れた。その右足は、深さ二十センチほどの穴に嵌っていた。落とし穴は、動物の名前が付いていないことからもわかるように、戦闘スキル分類ではない。任意の場所に任意の大きさの落とし穴を作れるというだけのスキルだ。モンスターも落とすことができるし、対人戦をしていない時でもプレイヤー相手に使える、ちょっとしたいたずらスキルだった。だが、下手をすると捕縛よりも使い勝手が良いことがあるので、一部で人気だ。
「キャスト、二連真空刃」
「キャスト、盾!」
割られると分かっていても、直に喰らうよりはマシだ。割れる破片の向こうで、ふ、とライムは笑った。
「まだ、うちの彼氏になるんは早そうやなあ」
宣戦布告した時と同じように鼻先に鎌を突き付けたその表情は、どこか寂しそうでもあり。今度こそ、彼女の鎌は一年恋い焦がれた男の首を刈った。
× × ×
ホールに戻ってきた蘇芳は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、腰に手を当て長いため息をついた。
「片手潰されたのが痛かったなあ。部位破壊キッツいわ。治療ポーション仕入れねえと」
「錬金術覚えたら?」
「検討する」
なんと、あんなに生産スキルに手を出すのを面倒くさがっていたのに、とうとう勧誘に成功しそうだ。愛の力は偉大である。何なら手持ちの石をくれてやってもいいが、と俺は内心でそわそわと浮かれた。
「あと、罠系のスキルも強えな。あれって何か対処できねえの」
「落とし穴は引っかからないように気を付けるしかないんだよねえ……。一番必要なのは、体勢崩しても動じない強い心かな……」
「マジかよ。……はーあ、ちょっと気張りすぎたなあ」
負け戦の後は必ず反省会。ストイックな男を、俺は労った。
「よくやったと思うよ。『死神』相手に」
まともに対人戦を始めたのはつい最近のことのはずなのに、百鬼夜行相手にいくらか喰らわすとは、末恐ろしい。もとい、今後が楽しみだ。蘇芳は、物騒な二つ名に首をかしげた。
「死神?」
「うちのあだ名や。百鬼夜行の死神言うたら、ちょっとは名前が通ってんねんで」
俺が答える前に、ライムが戻ってきて、ふふん、と胸を張った。九尾が得意げにふさふさと揺れる。開発に狐好きがいるのか、その質感やクオリティは他の動物系アクセサリーの比ではない。
『なんで負けなかったの?』
一対一で訊ねた。元々、本気で言っているのか確かめたかっただけなのだから、負けてしまえば堂々と付き合えただろうに。しかし、
『わざと負けるやなんて、うちのポリシーに合わんわ』
はっ、と鼻で笑った。恋心より負けず嫌いが勝ってしまったらしい。
『それに』
ぽつりと付け加えた。
『似合わんやん、どう考えたって』
強気なことを言っていても、根本にあるのは、劣等感。どうしてこんなに、考え方が似ているのだろうか。
彼女が誰かに劣っているとか赤城と釣り合わないだとか、そんなことは全く思わない。が、彼女自身がそう思っている以上、他人がどう言ったところで同じだ。理解できるからこそ、かける言葉が見当たらなかった。
「お前、なんであんな魔法強えんだ」
そんな思いはつゆ知らず、蘇芳は反省会を続けていた。
「鎌だけやと単調になるやん、せやからINTにも振っていろいろ使えるようにしてんねん」
配分は教えたらんけど、と言うライムに、
「……次は負けねえ」
蘇芳はぼそりと剣呑な声で呟いた。
「はぁん?!またやるつもりかいな?!」
ライムは顔を引き攣らせ、狼狽した。
「今回限りとは言わなかったじゃねえか。勝つまでやっていいんだろ?」
後ずさりする狐娘に、悪そうな笑顔を浮かべてにじり寄る好青年。嫌われていないとわかった以上、マイペースの暴君に大人しく引き下がるという選択肢はなかった。想定外のアタックに、いや、それは、ともごもご言いながら、徐々にライムの顔が赤く染まっていく。
「いややー!うちは勝ち逃げが趣味なんやー!」
最終的に、顔を隠しながら出入り口に向かって逃走した。
「あっ!おいこら!」
蘇芳はそれを追いかけ、扉の向こうに消えた。
「情熱的だなァ」
きっと、彼女の頑なな劣等感を溶かせるのは、その情熱だけだ。いつか勝ってくれるといいなァと、二人が消えた出入り口を見る。
「あんな風にぐいぐい行く巧、初めて見た」
「下手にからかわないで、見守ろうか」
「そうだね」
残された俺とルリは、のんびり笑い合った。




