戦乙女の恋
「そもそもや」
コロセウム二階カフェのテラス席で、ライムはテーブルに両肘をついて鼻の前で指を組み、真剣な顔で切り出した。奇しくも、彼女が選んだ席は先日タクミが選んだ席と同じだった。
ところで、なぜタラバではなくライムがいるのかと言うと、対戦後、少し喋ろうと言ったら「コイバナをするには絵面が悪い」と言い、彼女がわざわざアバターを変えて戻ってきたからだ。乙女心はよく分からない。
「正直に言うとな、うち、一年ときから赤城のこと気になっててん」
「そうなの?」
はーあ、と眉をハの字にしてため息をつくライム。一瞬意外に思ったが、俺と似ているということは、人気者に惹かれてしまうのは十分にあり得ることだった。
「まず顔が好みやろ、そんで目立つやん、目で追うやん、可愛いことしよるやん、余計気になるやん」
「わかる」
真青に対して全く同じ状態だったので、俺は深く頷く。すると、ライムは不意に、目を伏せてふ、と笑った。
「……うち、去年放送委員やってんけど。体育祭んとき、コードやらなんやら入ったでっかい段ボール抱えて運びよったんよ」
放送委員は、他の委員会と違い必ず男女一名ずつという縛りがないので、女子の委員が多いと聞いた。重いものは教師が運んでくれるが、人手の必要な時には彼女たちも働かないわけにはいかない。
「ほったら、足元がよう見えんで、階段で足踏み外してしもてん」
「えっ!」
「あ、落ちるー!思った瞬間、たまたま下におった赤城が、箱ごと受け止めてくれてな」
スーパーヒーローか。俺だったらそのまま潰されて何も守れなさそうだ。そして海鳥は、階段からは落ちなかったが、恋に落ちてしまったというわけだ。
「しかもそのまんま、運ぶの手伝うてくれてな?!……誰にでもやっとるんやろうなーってわかるんが、ムカつく」
「理不尽」
助けた相手に知らぬところでムカつかれているとは、赤城も夢にも思っていないだろう。そして、
「……向こうは、もう覚えてへんやろうなあ」
寂しそうな顔をするライムだった。気を許した相手にはわがままも言うが、基本的に赤城は紳士なのだ。きっと、同じようなきっかけで彼に惚れる女子は多いのだろう。
「てか、相思相愛じゃん。付き合っちゃえば?」
「アホか!軽々しく言うなや!!アンタ、春果ちゃんに好きやって言われたらすぐ付き合うんか!」
「そんな恐れ多い!」
俺はぶんぶんと首を振って、即座に否定した。想像することすらおこがましい。女神には、きっともっと相応しい男がいるに違いないのだから。
「わかっとったけど、秒で答えんのもどうかと思う」
ヘタレや……と呆れられた。俺のことは放っておいてほしい。
「ほんまに本気なんかもわからへんしなあ。からかわれただけやったら、アホみたいやん」
本人も本気だと言っていたし、それはないと思う。が、赤城の性格が性格なだけに、疑心暗鬼を取り払えないようだった。
「じゃあ――試してみれば?」
俺は、彼女にしかできない方法を提案した。
× × ×
そして、中間考査最終日の放課後。
「今日も、海鳥ちゃん来ないのかな……」
やっと部活が解禁になり、さっそく集まった部室で昼食を取りながら、真青が寂しそうに呟いた。赤城も心なしか、元気がない。
「いや、多分今日は来るよ」
俺がのんびりと揚げ春巻きを頬張ると、二人は顔を見合わせた。
ログインしてトルマリに集合すると、俺が言った通り、間もなくライムが現れた。
「海鳥ちゃん!」
ルリがぱあっと顔を輝かせ、狐娘に駆け寄る。ライムはよく動く耳を伏せて謝った。
「ずっとすっぽかしてごめん」
「ううん、また来てくれて嬉しい!」
二人が抱き合って喜ぶ仲睦まじい様子を、蘇芳は静かに見ていた。
「巧が何かしたんでしょ?ごめんね」
「……それなんやけど」
久しぶりに蘇芳と目を合わせたライムは、尊大な態度で胸を張り、腰に手を当てて蘇芳を見上げ、訊ねた。
「こないだうちに言うたん、本気なん?」
「おう」
突然訊ねられ少し戸惑ったようだが、頷いた目に迷いはない。なになに?とルリが二人を交互に見る。
「せやったら、うちの好みも教えたるわ。――うちより強い男や」
そしてライムは、彼の鼻先に愛用の鎌を突き付けると、
「うちと勝負しい。もしアンタが勝ったら、本気やって認めたる」
にやり、と犬歯を見せて不敵に笑い、宣戦布告した。ルリが、話の内容を察して『!』マークを出しながら口を押える。
「そういうことなら、受けて立つしかねえなあ」
蘇芳もまた、獰猛に笑うのだった。
レギュレーションは賭け戦らしく三分HP0。ライムが部屋を立て、俺とルリは観戦者席で見守ることにした。壁に大きなモニターと、サブモニターが対戦者の数だけ設置された部屋のソファに座り、始まるのを待つ。
「ねえ、これ巧が勝ったら二人付き合うの?」
ルリが、不安と喜びを混ぜたような顔でそわそわと訊ねた。
「さあ……?」
俺は、赤城が本気かどうか知りたかったら一度ガチバトルしてみればいいと言っただけで、その後どうするつもりなのかまでは、聞いていない。
「まあ……赤城が勝つかどうかは、まだわからないし」
ぽつりと言った俺の言葉に、ルリが首をかしげた瞬間。
『READY』
モニターに映像と文字が映し出された。
『FIGHT!』
フィールドは荒野。天候は晴天。蘇芳は転送されると同時に即座に迷彩で消え、対するライムは、迷彩は使わず速やかに開けた場所に向かって走り始めた。
「海鳥ちゃんは迷彩使わないの?」
「三分しかないからね。このだだっ広い場所で二人とも消えたら、居場所を探し出してかち合うだけで三分終わっちゃうでしょ」
「でも、不意打ちされちゃうんじゃない?」
刀の不意打ちが怖いというのは、対人戦をやったことがあるプレイヤーの共通認識だ。一撃喰らうだけでごっそりHPを持って行かれ、下手をすると即戦闘不能もあり得る。しかし。
「大丈夫だよ」
「キャスト、五芒星」
鎌を振ったライムの周りに、星を模した魔法陣が展開された。細かい装飾が彼女を護るようにくるくると回る。
「わあ、綺麗!」
五芒星の効果は、『範囲に入ったプレイヤーの発動中スキルを一度だけ強制解除』という、迷彩潰しとまで言われる罠スキルだった。次に使用できるようになるまでのクールタイムは三十分と長いが、今回のレギュレーションは三分なので、一度迷彩が切れたら二度は使えない。そして、範囲に入るにしろ遠くから他の攻撃をするにしろ迷彩は解除されてしまうので、まさに迷彩潰し。モンスターには迷彩を使ってくる敵は滅多にいないので、対人戦以外ではほとんど役に立たない。故に、一般的にはペイントアイテムで対処するのだが――彼女は百鬼夜行。より対人に有効な手段を求めて研鑽を積む、生粋の戦闘狂なのだ。
「キャスト、真空刃!」
咄嗟に間合いに入るのは危険と判断した蘇芳は、迷彩を切ってスキルを放ち、五芒星を解除する。そこに、
「キャスト、二連真空刃」
「キャスト、盾」
ライムは現れた標的に間髪入れず攻撃をぶつけ、蘇芳の盾は一撃で割られた。その隙間から、畳みかけるように振られる鎌。
「キャスト、火炎斬!」
炎を纏った刃先が、クリティカルになる首を庇った左腕を撥ねた。
「チッ!」
部位破壊。これで、蘇芳は刀に付いているステータスが半減する上、右手でしか攻撃ができなくなった。状態異常の中でも一番重く、治療という専用スキルか、専用ポーションでしか治せない。
「すごーい!海鳥ちゃん強いんだ!」
校内戦の時は本人にやる気がなく、先日は精神状態が正常ではなかった。が、元々は戦闘狂ばかり百人近くが所属するギルドで二つ名を貰うくらいには、戦えるのだ。
片腕になった蘇芳が、意中の相手に向けるには険し過ぎる目つきになる。それを見たライムも目を細め、口の端を釣り上げた。




