リーダー
三日ぶりの学校に登校すると、鈴木が休みだった。
「なんか、昨日ロードバイクで出掛けて風邪引いたらしいぞ。ほら、昼から急に雨降ったじゃん」
「へー」
クラスメイトから、そんな話を聞いた。呪ったわけではないが、連休前の予想が当たってしまった。やっぱり休みの日は家に引きこもるに限る。
昼休みの保健室で、俺たち四人は各々、弁当をつつきながら真剣な顔で唸っていた。
「何でもいいから早く決めろ。どうせ形だけで大したことはしねえんだから」
麻木先生が、ノートPCを開いてイライラと人差し指で机を叩いている。
「全うに考えたら、やっぱ春果ちゃんか赤城がやるんがええんと違う?」
「俺もそう思う」
海鳥と俺の意見は概ね一致している。なんせ、自分たちは云わば助っ人として参加しているだけなのだから。しかし、
「だから、春果がやればいいだろ?言い出しっぺで部長なんだからさあ」
「でも、四人の中で最弱だよ?巧のほうが向いてるって」
部長がやるべきと言い張る赤城と、どこぞの四天王のようなことを言う真青。こんな感じで、さっきから議論が平行線なのだ。
「もうジャンケンで決めろ。勝ったほうがリーダーな」
「負けたほうやなくて?」
麻木先生の提案に、海鳥が首をかしげる。
「勝ちに行くのに、負けたほうがリーダーやったら余計負けそうだろ」
超理論だった。すると、真青ががばっと顔を上げ、俺のほうを向いた。
「駆君、駆君はどっちがやったほうがいいと思う?」
「へっ?!なんで俺?」
突然話を振られ、俺は挙動不審になる。
「実質リーダーみたいなもんだろ。校内戦の時も代表みたいなことしてたし」
「ええー……」
あれは麻木先生の指示だったからであって、俺が進んで何かしたわけではないのだが。しかし、意見を求められたからには何か言わねば。少しためらってから、思っていたことを口にした。
「俺は……赤城のほうがいいんじゃないかなって、思うけど」
「あってめ」
「理由は?」
うらぎりものー、と叫ぶ赤城を制止して、麻木先生が訊ねる。
「チーム戦に慣れてて、周りのことよく見てるし……。いざという時に、リーダーが冷静だと助かる」
それに、先日のこともある。何でもないふりをして陰で努力する男、かっこいい。
「真青が冷静じゃないみたいな言い方だな」
「いやそういうつもりじゃないです!決して!」
ごめんなさい、そういうつもりでした。意地の悪い顔で笑う麻木先生は、俺が慌てるのを見て面白がっていた。酷い大人だ。
「せやなー、うちもどっちかって言うと赤城かなー。春果ちゃん、責任とかあると思い詰めるほうやろ?」
「あはは……」
会って三日ほどの相手に図星を突かれ、苦笑するしかない真青だった。
「俺がすげえ気楽みたいじゃねえかよ」
「違うん?」
「覚えてろよ」
赤城が睨みつけるも、海鳥はうっひゃっひゃと笑って意に介さない。ある意味相性は良いのではないかと、赤城が海鳥のことを気にしているという母情報を反芻しながら、議論に全く関係ないことを考える俺だった。
「じゃあ、赤城でいいか?いいな?申請出すぞ?」
また意見がとっちらからないうちに、さっさとまとめてしまおうと、麻木先生が急かす。
「わかったよ、やりゃいいんだろやりゃあ。どうなっても知らねえぞ」
頼まれると断れないとも言っていた、性根はお人好しの彼は、結局やけくそのように承諾した。
やっと終わった議論の後、既に開いていた入力フォームに速やかに情報を打ち込みながら、麻木先生はぼそりと言った。
「そういや、お前ら中間は大丈夫だろうな。補習なんか喰らったら、大会出場できねえぞ」
一応部活だからな、というその言葉に、真青が赤城を見て、赤城が俺を見て、俺が海鳥を見て、
「なんや自分ら!こっち見んなや!見ないでください!ちゃんと頑張ります!」
海鳥が腕で顔を隠した。
× × ×
「あかーん!いつも以上にあかん気がする今回!」
放課後になり、げきま部は物置教室、海鳥は一度家に帰ってからログインしていた。
「何が」
俺は蘇芳と共に浅瀬からジェイドフォレストへ移動して、浮遊霊の魂を狩り始めた。が、三十分ほど経ったところで、かにたま改め狐娘ライムが、悲鳴を上げた。
「数学も英語も全然わからん」
中間考査を控え、週明けから部活動停止期間になる。麻木先生に釘を刺されたこともあり、今日はログインして会話だけ参加しつつ試験勉強を、とやる気を出していた。が、いざ取り組み始めても、わからないものはわからないらしい。
「ちゅーか、春果ちゃんが頭いいんは知っとるけど、他の二人は?特に赤城」
「お?喧嘩売ってんのか?」
名指しされ、蘇芳がチンピラのような声で煽った。
「レッドは熱血馬鹿やて決まってるやんか」
「熱血でも馬鹿でもねえよ、残念ながら」
へっ、と鼻で笑うカエデレッド。いや、結構熱血だと思う。とは口には出さず、俺は二人の言い合いを黙って聞く。
「具体的には?」
「一年の学年末は、確か三十位だったよね」
昨日の反省を踏まえて再びランク上げに勤しむルリが、代わりに答えた。ちなみに、一学年三百人ほどなので、上位十パーセントに入っていることになる。
「死角無しやないかこのインテリイケメン!!」
ライムが激昂した。
「全然誉められてる気がしねえ」
誉めているのに罵倒にしか聴こえないという高等スキルを使われ、複雑そうな蘇芳。ライムはなおも突っかかる。
「へいニイチャン、得意科目は?」
「体育と英語」
即答だった。ぐぬぬ、と悔しそうな声がする。
「英語は、お父さんがネイティブだもんねえ……」
「どういう意味やの?」
ルリの言葉にライムが不思議そうに訊ね、赤城家の家族構成を聞いた瞬間、
「どこまでチートやねん!クォーターで英語ペラペラ、スポーツ万能で成績優秀、姉が読モ出身モデルて、前世で何の徳を積んだらそないなごっつい設定になんねや!恋シュミの攻略対象キャラか!!」
荒ぶるライムだった。カッとなると、ツッコミと方言がきつくなるようだ。
「知るかよ、じいちゃんと喋りたかったら英語覚えるしかないって言われて、父親の実家行く前に必死で覚えたんだよ」
健気な理由だった。赤城巧は幼少の頃から努力家だったようだ。
「あと、国語はあんま得意じゃねえ」
「それでも補習にはならへんのやろ!赤いのは名前だけか!」
全国のレッドに謝れ。最近はクレバーなレッドもいるぞ。
「はあ、もうええわ……。せやったら、駆は?」
ひとしきり叫んだ彼女は、同類を求めて今度は俺に話を振ってきた。
「良くもないけど、赤点取ったことはないなァ」
順位は大体二桁後半から三桁前半を彷徨っている。点数を見ても、どの教科も概ね平均点。得意科目はこれという主張もできない、地味すぎる成績だ。強いて言えば情報科と家庭科だけ突出して高いのだが、期末しか筆記テストがないので中間考査では役に立たない。
「くっ、裏切り者」
「てか、姐さん実際どれくらいヤバいんすか」
おそるおそる訊ねると、
「……学年末は英語数学日本史赤やったわ」
「ガチでヤバい奴じゃねえか」
あと一つ落としていたら進級も危うかったと脅され、春休みは補習で潰れたらしい。軽口を叩いていた蘇芳が、真剣な声色で呟く。すると、
「じゃあ、明日は図書館で勉強会する?」
女神の福音が鳴り響いた。
「ほんまに?!ええのん?!」
「うん、来週から私も試験勉強しようと思ってたし、誰かと一緒のほうが捗るでしょ。二人もやろうよ」
「えーっ!休みくらい休ませろ!」
せっかく女神が直々に誘ってくれているというのに、贅沢な不満を漏らす勇者もいたものだ。
「ここ一週間ほとんど休みだったようなもんじゃん。それに、部活停止になってもとーすとは家でできるから、全然できなくなるわけじゃないし。ね、駆君も来るよね?」
「アッハイ!」
やったぜまた私服の真青が見られる。女神を崇め奉る村人に、断る理由はなかった。
「そんなら、明日に期待して、今日は遊んだろ」
「それだよ」「そこじゃない?」
目先の楽しみにすぐ負けるという、彼女の欠点が発覚した。




