ライム
思わぬ襲撃で朝からどっと疲れてしまったが、ミカミカは本当に、俺の言った通りにするつもりらしい。
約束は約束なので、お兄様と呼ぶことは許可したものの、マオマオと同じように扱うのはやっぱり嫌だ。妹扱いはしないし、もちろん島にも入れない。そして追いかけ回されてはたまらないので、不必要に付きまとわないこと、こちらの時間を取らせないことを確約させて、島に戻るべく追い払った。ところがミカミカは、
「お兄様に信用してもらえるように、あたし、がんばります!」
と、それだけ邪険に扱っても全くめげなかった。ちょっとネジが緩んでいる子なのかと思ったが、よく考えたら、俺もある美さんの前では同じような感じなのでは、と気付いた。気付かなかったことにした。
「ごめん、くろすに迷惑かけて……」
今日は挨拶がしたかっただけだというミカミカは、俺が折れると存外潔く引き上げていった。昼から用事があるらしい。
「それは気にしなくていいけど……」
新ジャンルではあったが、妙なプレイヤーに絡まれるのは慣れている。マオマオは完全に被害者なので、彼女が責任を感じる必要はない。気を取り直して、畑いじりを再開する俺とマオマオだった。
午前中は晴れていたのに、昼から急に雨が降り始めて、慌てて洗濯物を取り込んでからのログインになった。
蘇芳とナルは、壁を越えるべくちまちまとランク上げ、そしてルリは「対人戦の練習してくる!」と言ってコロセウムへ。一方かにたまは、
「じゃーん!名前、変えたったで!」
俺と蘇芳のいる浅瀬にやってきて、自分の頭上を指差し、にこーっと笑った。今まで『かに☆たま』と表示されていた場所には、『#00FF00』と表示されていた。
「……なんて読むんだよ」
謎の暗号に、蘇芳が眉をひそめた。グリーン担当らしい名前にしたいと言っていたことから考えるに、色関係で間違いない。となると、#から始まる六桁の数字で思い当たるのは、ウェブ上で色を指定するときに使う十六進数のカラーコードだ。00FF00は、一番発色の良い黄緑。色の名前で指定した場合は、
「……ライム?」
「それー!さすが同志やな!」
元ネタがわかってもらえて嬉しいのか、小柄な体躯の少女は、俺に向けて両手の人差し指をびっと向けた。
「で、なんで見た目まで変わってんだ」
何やら不機嫌そうに、蘇芳が訊ねた。そう、背の高い青年アバターだったはずのかにたまは、名前の変更と共に少女というより幼女に近い、背の低い女性アバターになっていた。ある美さんに会ったようで、ボレロとコルセット、パニエで膨らませたスカートのカエデ装備女性用を着ている。
さらに、アクセサリーは狐耳とボリューミーな九尾。機嫌がいいので、ふさふさと揺れている。そして靴装備はなんと、毛に覆われた獣脚。いわゆる爪先だけで立つ、陸上動物の足になっていた。カラクリハンド同様、見た目が変わるだけで動作に支障は出ない、楽しい装備だ。
「自分ら皆、カエデ装備の男用やん?一人くらい女物着ててもええんと違うかなーって思ててん。けど、前の見た目やと女物似合わんやんか。せやから、いっそのこと名前と一緒に見た目も変えたろーって」
いつ何時も、楽しむことを忘れない。もしかすると、最もマイペースなのは彼女かもしれなかった。
「どや、かわええやろ?ん?」
「見た目は良くても、中身がなあ」
スカートの端を摘まんで一回転し、びしっとポーズを決めたライムに、蘇芳はポリポリとこめかみを掻いた。またまた、素直じゃないなこの男も。それはさておき、この可愛らしい外見に獲物が鎌とは、なかなかに来るものがある。
「ああん?うちが可愛くない言うんか。いつも春果ちゃんと一緒におるせいで、基準おかしくなってんねやろ」
「私は関係ないと思うけど……」
真青が謙遜する。別に、海鳥の容姿は悪くない。好奇心旺盛な釣り気味の大きな目と、今日は何をしてやろうかと常に企んでいるような端の上がった口元は、小さな子供のようで可愛らしい。血筋なのか、真青も赤城も垂れ目がちなので、真逆といえば真逆のタイプだ。こう言っては何だが、男子ばかり集まって下世話な話をしている時に、議論が終わる頃に一人がぽつっと名前を出すような、マニアックな良さがある。冗談めかして自分のことを自分で誉め称えたりする割に、本人にあまり自覚はないようだが。
「まあ、巧のお姉ちゃんたち、すごい美人だもんね」
「確かに、二人ともすごい美人だった」
迫力のある美人と言えばいいだろうか。あの二人と真青に囲まれて育ったなら、ボーダーラインが高くなっても仕方ない。
「駆君、江理ちゃんと佐理ちゃんに会ったの?」
「うん、三日の夕方に偶然」
「綺麗でしょ、スタイルもいいし。二人で雑誌の読モやってたんだよ。今もモデルだけど」
自分のことのように誇らしげに、ルリが言った。やっぱりそういう系の人たちだったか。一般人ではないと思っていた。
「ちゅーことは、そういう系が好みなんか。いやらしいわー」
「何も言ってねえだろ!つーか姉貴みたいなのがさらに周りに増えるとか、マジ勘弁だから」
ルリも、何かに気付いてくすくす笑っている。頑張れ赤城、俺には何も協力してやれることはないけれども。
そんな会話をしているうちに、蘇芳とナルはいよいよ、鬼畜司祭のクエストを受けられる七十五になっていた。追い付いてしまって、ちょっと引かれた。




