才能
一見すると才能だけで生きているような赤城だが、決してそんなことはない。重いものを持っている人間を見るとスマートに手を貸す。直情型に見えて、言っても良いことと悪いこと、他人が喜ぶことと嫌がることの区別は人一倍ついている。よく図星を突いたり癇に触れたりしているように見えるが、相手を見てギリギリを攻めているのだ。その気になれば、鈴木にやったように言い返せなくなるほどのダメージを負わせることもできるはずなのに、だ。
言いたいことを言わないというのは予想外にストレスの溜まることなので、きっとそれだけ、やっている本人も気付いていないくらいさり気なく、気を遣っている。
ホールに戻ってくると、タクミがため息をつきながら寄ってきた。
「強いな流石に。こっちの小細工なんか全部お見通しか」
頭を掻き、疲れた顔で笑った。
「いやー、まさか台風ぶつけてくるとは思わなかったよ……」
何より弓は接近戦が苦手なのに、刀相手に接近戦でなければまともに当たらない天候を仕掛けてくるなど、爽やかな顔をして本当に恐ろしい。一番使い慣れた弓で勝てなければ、他の武器にしたところで勝率は上がらないので頑張ったが、内心ドッキドキだった。
「つーか、中途半端にぶれると逆に避けにくいのな。自分の罠に引っかかってちゃ世話ねえよ」
「矢の軌道なんか見えるもんなの?目がいいんだなァ」
「それに、三分じゃなくて、十分くらいに設定しときゃよかった。焦って仕掛け損ねた」
淡々と反省を続けるタクミ。なんというか、あれだ。
「ストイックだなァ……」
思わず口に出してしまった。
立ったまま反省会を始めたタクミを二階のカフェに誘うと、快く承諾してくれた。
「二階、こうなってたのか」
真青と海鳥からカフェがあるとは聞いていたものの、来るのは初めてだったようで、タクミはきょろきょろと見回しながらテラス席に出ていく。結局、柵の向こうに地上が見下ろせる端の席に落ち着いた。
「何か頼む?奢るよ」
NPCを呼び止め、メニューを貰う。
「マジで?何にするかなあ」
「おススメは最後のページかなー」
なはは、と笑ってさり気なく誘導すると、
「……何か企んでんのか」
「バレたか」
やっぱり鋭かった。レシピのことを説明すると、
「へえ、そんなんがあるのか。そういや、アンタ料理スキルやってるって言ってたもんな」
納得して、四種のフルーツパフェを頼んだ。俺はタルトを攻める。
「しっかし、男二人で甘いもんっつーのもなあ」
「まあねー」
注文した後で、タクミが笑う。少し探したが、ある美さんの姿は見当たらなかった。一階ほど人通りが多いわけではないので、そろそろ飽きて定位置に戻ったのかもしれない。
「いいんじゃない、現実じゃ人目が気になることも、とーすとじゃ誰も気にしないよ」
「それもそうか」
何しろネカマ・ネナベ率が半々の世界だ。見た目には男二人でも、中身は女性かもしれない、逆も然り、というのが常識だった。
「でさあ、さっきの試合の話だけど。盾をあんな使い方する奴、初めて見たぞ俺」
「試しに乗ってみたら乗れたってだけだからなァ。あんまり知られてないかもね」
「試そうっつーチャレンジ精神はどっから来るんだよ。まあいいや、いいこと知った」
にやり、と精悍な顔を悪そうに歪めた。何か企んでいる。
「結構、ヘルプに載ってる使い方以外のこともできるんだよ。あーさん……AreAがやってる、マトリョーシカ爆弾がいい例」
「ん?その呼び方、最近どっかで聞いたな」
「へっ?いやあ、同じように呼んでる人もいるんじゃない?あーさんも有名人だし」
実際のところ、俺以外であーさんと呼んでいる人を見たことはない。そのせいで麻木先生にくろすだとバレたのだ。ちなみに、みい子さんはれーくん、店長はあれあ、商店街の大部分はえりあ、そして、くろのすはあーくんと呼んでいた。こんなに呼称が定まらない人も珍しいのではないだろうか。
「ふーん。まあいいや。そういや、ウヴァロ杯の動画も観ようと思ってたんだった」
「随分熱心だなァ。マサオくんと一緒の時は、何かやる気ない感じじゃなかった?」
さん、と言いそうになって取り繕った。現実で手汗を掻きながら、表情だけは平常心を保つ。
「最初はやる気なかったよ。大会出るつってもまさか優勝できるわけねえし、参加すりゃ、とりあえずマサオも満足するだろうし」
けど、と言って、タクミは少し黙った。腕を組んで、テーブルに視線を落とす。
「……なんか、久しぶりに楽しいなと思ってさ」
運ばれてきたパフェを突きながら、へっ、と口の端を歪めた。俺もタルトにフォークを刺す。
「久しぶりに?」
廊下を通りすがるときも、笑いながら友人たちとじゃれ合っているし、いつも楽しそうにしていると思っていたが。
「んー、なんつったらいいんだろうな。……俺さ、前サッカーやってて。怪我してできなくなったんだよ」
「うん」
知っている。一年の時は、学校帰りにグラウンドで一際目立っているのを見かけ、よくやるなァと感心したものだ。
「リハビリして、普通に走れるようにはなったけど……。サッカーみたいな足に負担がかかるスポーツ続けたら、今度は一生歩けなくなるかもって言われてさあ」
怪我の程度も今の状態も訊いたことはなかったが、そんなに悪かったのか。
「ずっとそれ一本だったんだよ。それよりも楽しいことを知らなくて」
自嘲気味に、ははっ、と乾いた声で笑った。そんな風にも笑うのだと、改めて知る。
「で、マサオとトモ……ほら、アンタも会ったことあるだろ、俺らと一緒にいた、金髪の。あいつらに暇なら付き合えって誘われて、とーすとやり始めたんだ」
わざと明るく言っている声だった。ともぴ――金髪のツインテールの少女アバターを使っていた藍原智也という男子のことは、あまりよく知らない。同じクラスだったが話したことはほとんどなかったし、ゲームの中でも、威勢のいい二人を一歩引いてニコニコ眺めているような、大人しい奴だった。
「そうしたら今度は、トモが転校することになって、大会出られなくなったんだよ」
言葉が途切れた。そして、
「俺なんで生きてんだっけって、思ってた」
話をするようになってまだ十日ほどだが、真青が無邪気に高い目標を掲げるとすぐに『できるわけねえだろ』と否定するのが、気になっていた。しかし、その理由を察する。一番好きだったサッカーを諦めざるを得なくなり、今までやってきた全てを取り上げられて。真青と藍原のおかげでようやく立ち直りかけたところで、藍原と別れることになって。三人の目標だった大会にも出られなくなって。気丈に振る舞っていたが、彼は真青以上に絶望していたのだ。どうせ頑張っても無駄、熱くなるなんて馬鹿みたいだと。
どう声をかければいいかわからず黙っていると、タクミは不意に顔を上げた。
「けどさあ、四月になって、いよいよ終わりかーってなった時に、マサオが変な奴連れてきてさあ」
「変な奴?」
言わずもがな、俺のことだった。変な奴とは失礼な。
「何か前髪長いしボーッとしてるし、マサオが一緒に大会出てくれって頼んだ時も、断る雰囲気だったのに急に笑い出して引き受けるし」
「確かに変な奴だなァ」
前言撤回、客観的に話を聞いたらものすごく不審者だった。笑うしかない。俺だったら絶対そんな奴嫌だ。よくも受け入れてくれたものだと、今更感心する。
「その変な奴が、めちゃくちゃ対人戦強いんだよ。ああ、戦い方とか喋り方とか、アンタと似てるかもしんない」
似ているも何も、本人なんですよ。なんだか聞いているのが申し訳なくなってきた。むしろそこまで思っていて、なぜ気付かないのだ。
「そいつがいれば、大会でもいいとこ行けんじゃねえかって思ったら、ちょっと面白くなってきて」
だはは、と豪快に笑ってパフェを頬張る姿は、いつもの彼に戻っていた。
「初心者だからって足引っ張りたかねえし。それに、よく考えたら、ここならいくら走ろうが飛び跳ねようが平気じゃん?」
「うん、むしろ現実よりよっぽど変な動きできるよね」
「ゲームなんか上手くなったって、何の役に立つんだって言う奴もいるけどさ。少なくとも、俺の遊び相手になってくれてんだ。上手くなりてえと思う理由なんか、それで充分だろ」
『この広いマザーグランデで、何か見つかるかにゃ?』
彼に問いかけた、みい子さんの言葉を思い出す。――彼の一番の才能は、楽しいと思ったことに真っ直ぐに努力ができることなのかもしれない。
「強いなァ、タクミは」
「なんだよ、嫌味か?」
「違うよ」
純粋な賞賛の言葉だったのだが、勝負の後では誉め言葉にならなかった。
「つーか、俺も何の話してんだって感じだよ。アンタ聞き上手か」
「えっ、知らないけど」
適当に相槌を打っていたら、皆さんいろいろと話してくれるのだ。それを面白いので聴いている、というだけである。
「……何か申し訳ないから、お詫びにこれあげるよ」
こちらの正体を明かさないまま、うっかり込み入った話を聴いてしまった。これでチャラになるわけではなかろうが、俺は、インベントリから石を一つ、取り出した。
「何だこれ」
受け取って、光に翳すタクミ。ステータスを見て眉をひそめた。
「うわっ、ATK+100ってなんだよ。貰えねえよこんなん」
「大丈夫大丈夫、あと三つくらい同じの持ってるから」
「……」
呆れられた。
「それより、スキル見てよ。多分気に入るから」
「スキル?」
付いているスキルの名前は、『蹴球』。全戦闘スキル中、唯一動物の名前の付いていないスキルだ。
「これ、イベント限定じゃなかったっけ?」
「うん、サッカーゲームとコラボした時の奴」
使うとどこからともなく足元にサッカーボールが現れ、いろんなものに蹴ってぶつけることができる、若干物騒なスキルだった。コラボは一年以上前のことなので、最近はあまり露店にも出回らない。
「ちなみにATKで威力が増すよ。Sランクなら、同じSランクの盾も一撃で割る」
「マジかよ。ネタスキルだと思ってた」
「まあ、Sランクまで上げるプレイヤーなんかほとんどいなかったからねー。とりあえず皆、記念に石だけ取っとくかって感じで」
ネタにこそ本気を出すのがとーすとだ。なはは、と笑うと、
「上げたのか」
真顔で訊ねられた。
「はい」
目を逸らしながら頷いた。限定品に弱いのは、真青のことを言えない。通常のスキルと違い、熟練度を上げても威力が上がるだけで命中率は完全にプレイヤー依存だというところが、ネタスキルと呼ばれる由縁だ。面白がって育ててみたものの、まさか刺突に匹敵する攻撃力になるとは思いもしなかった。
「その辺の木とか壁にぶつけるだけでも熟練度上がるから、よかったら遊んでみてよ」
「……まあいいか。くれるっつーんなら、貰っとく。ありがとな」
そう言って笑ったタクミの顔は、どこか晴れ晴れとしていた。




