努力
努力は裏切らない、というが、一方で努力とは辛くて苦しいものだというイメージが付きまとう。
ひと昔前の少年漫画では、王道は『友情・努力・勝利』と言われたそうだが、それにしたって、結局は主人公が特殊な力を持っていたり伝説の血族の子孫だったりして、云わば才能の上に乗っかってこそ発揮されるのが努力だ。
俺も、時々言われることがある。
「才能のあるやつはいいなあ」
と。俺の場合は、多分ゲームが得意というボンヤリとしたことを言われているのだろうが、じゃあそもそも才能とは何なのかという話になる。
足が速い、計算が得意、歌が上手い、見目が良いなど、誰にでもはっきりとわかるものもあれば、人に好かれるという、数値では測れなかったり、人によって基準の違うものもある。
ここで赤城巧という男に目を向けると、長身で顔立ちが整っていてスポーツ万能、空気が読めて面倒見が良く、いつも人の輪の中心にいる人気者。祖父がイギリス人のクォーター。真青に言わせると、我儘でマイペースでずぼらで整理整頓が苦手で飽きっぽい、と次々欠点を挙げてくるが、そんな少し子供っぽいところも、彼を好く人間からすれば『彼はそういう奴だから』と、好意的に取られている。目に見えるものも見えないものも持ち合わせた、才能の塊とも言うべき男だ。
もちろん、それだけ人気があって目立つということは、その分彼を妬む者もいる。鈴木や地味男子同盟の一部は、赤城だけでなくそのグループそのものに良い感情を持っていない。赤城のグループからしてみても、奴らはしつこくて気持ちが悪い、と辛辣に当たっている部分があるので、お互い様な感じだ。
正直俺も、出会ったのが高校に入ってからでよかったと思う。
げきま部の今日の活動が終わり、ちらし寿司に思いを馳せながら解散した後。夕飯にチキンライスを作ってトゥルッターに載せ、もうひと遊び、と、くろすでログインした俺は、限定メニューのために今日もコロセウムへ向かった。そして、
「あれ?」
相変わらずプレイヤーでごった返すホールに、知った顔を見つけた。どれだけ人が多くても、知り合いの頭上にだけ名前が点灯しているので、こういう時は見つけやすい。俺がどう話しかけようか悩んでいると、向こうも気付いた。
「おっ、くろすじゃん。俺のこと、覚えてるか?」
人懐こい笑顔で寄ってきたのは、赤い髪の剣士。
「覚えてるよ、タクミでしょ」
頭上にTKMと点灯している、赤城のメインアバター。見るのは久しぶりだ。名前で呼ぶのはなんだか気が引けるが、向こうは中身のことなど知らないので仕方ない。察しの良い彼にいつバレるかと、冷や冷やしている俺だった。
「……今日は一人?」
周りを見ても、マサオの姿は見当たらない。
「おう。別に、必ず一緒ってわけじゃねえよ。くろすは、対人戦しにきたのか?」
「いや、二階のカフェに行こうと思ってさ。タクミは?」
「俺?俺は――」
珍しく少しだけ言い澱んで、
「練習かな。学園杯出ることになってさ」
ニカッと笑った。
「へえ……」
真青に比べるとあまりやる気がなさそうにしていたのに、意外だった。
「時間あるなら、一戦やってくれよ。アンタとやるのが一番練習になりそうだ」
装備は、以前見た四スロットのプレートアーマーではなかった。ワインレッドのジャケットと白いシャツ、黒いカーゴパンツをロールアップにしてベルト過多なブーツが見えるようにした、カジュアルな装備。どれも比較的素材が手に入りやすく値段の張らないものばかりだが、さすがというべきか、組み合わせと着こなしのおかげでお洒落に見える。そして、腰にはもちろん灼鉄剣。ある美さんが俺対策に作った、非常に相性の悪い逸品だ。
「いいよ、やろうか」
別に負けたところで俺に何かあるわけでもなし、むしろ勝ってくれればきっとどこかで話題になって、タクミに勝負を挑んでくる相手も出てくるだろう。そうなればタクミも練習相手に困らなくなるし、いろんな相手と戦って百戦錬磨になれば、真青の目標である王冠にも近づく。いいこと尽くめだ。
「レギュレーションは?」
「じゃあ三分HP0、HP回復アイテムなしで」
蘇芳とやった時と同じだ。
「オッケー、部屋はどっちが立てる?」
「俺が立てていいか?」
タクミが、にやっと笑った。ハンデ代わりにフィールドを選ばせろと言っているのだ。
「……いいよ」
何をしてくるつもりだろうか。俺が弓を使うことは知っているだろうから、それを踏まえて一計を案じてくることは確かだった。ぶっちゃけるとめちゃくちゃ怖い。が、俺は余裕ぶって笑い返した。
『フィールドに転送します。転送十秒前、九、八――……』
システム音声の後、転送されたフィールドは、トルマリ市街地だった。ただし。
「……よくやるよ……」
オプションで弄れる天候設定が、台風になっていた。
俺が転送された場所は東側の小道、八百屋や肉屋などの食べ物素材屋が立ち並ぶ、通称食品通り。吹き荒ぶ暴風雨にさらされ、髪を煽られながら、ひとまずタクミの位置を探るべく索敵を使う。が、一瞬映ったと思ったらすぐに反応が消えた。タクミが消えたのは、やや中央よりの大通り。三分しかないので、彼の性格からしてこちらに真っ直ぐ向かってくるだろう。
弓は遠距離から攻撃でき、クールタイムと反動が全装備中一番短く速攻に優れている代わりに、その攻撃が軽い。双剣も一撃の威力が落ちるが、弓は更に落ちる。良くて元ステータスの三割程度だ。そして軽いと言うことは、風の影響も一番受ける。少し強めのそよ風が吹く薫風でも狙いが逸れるというのに、この暴風をぶつけてくるとは良い性格をしている。そもそも、弓スキルは手数で勝負するスキルのほうが多いのだ。命中率はステータスで補正が掛かるものの、プレイヤースキルに依存する部分が大きい。相手は近接、しかも大剣に次いで威力の高い刀。その不意打ちからの抜刀を、弓で受けることはほぼ不可能。
「楽しいじゃん」
いっそのこと豪快に手を抜いて負けてしまおうかとも考えたが、やめた。相手は本気なのだ、本気で迎え撃つのが礼儀だろう。俺は大通りに飛び出すと、愛用の『おもちゃの弓』を装備し、不敵に笑って見せた。チープなプラスチック製に見える黄色のショートボウは、見た目は全然強そうに見えない。だが。
「曲がりなりにも最強と言われるくろす様を、ナメてもらっちゃ困るぜ。キャスト、蝗群!」
空に向かってスキルを放った。太い一本の矢が天高く昇って行き、時計台ほどの高さになったところで、爆ぜた。
雨と共に降り注ぐ矢の数は、先日の校内戦でかにたまが使った乱射撃の比ではない。弓スキルの中で一番MPを食うスキルだ。その量なんと四百ポイント。一般的な四スロット装備では、一発撃てるかどうかも怪しい。ウヴァロ杯の予選でも随分お世話になった。
「いってぇ!」
読み通り近くまで来ていたタクミにも矢が当たり、迷彩が解けた。通常なら真っ直ぐに降ってくるはずの矢は風に煽られ、不規則にぶれる。それでもタクミは、数本当たっただけで残りは盾で防いだ。
「見つけた!キャスト、ペイントアロー!」
すかさず、先端にペイントボールの付いた矢を放つ。アイテム扱いで攻撃力は無いが、ボールよりも射程が長い。タクミは一本目は器用にボール部分を外して斬り捨てるも、甘い。立て続けに二本飛ばし、一本が腕に着弾したのを確認して、
「キャスト、毒刺」
休む間もなく毒矢を放つ。いくら土砂降りでもSランクのペイントが三分で剥げることはないだろうが、やっぱり早期決着に状態異常は欠かせない。が、当たった矢は、通常攻撃と同じくHPを削っただけで、毒状態にはならなかった。
「へへ、使ってくると思った」
犬歯を見せて笑い、懐に飛び込んでくるタクミ。
「なるほど、毒無効かァ」
パフェを食べながら、少しだけくろすが付けているスキルの話をしたことを思い出す。それに、前回の戦いでは決着は毒だった。覚えの良い彼が対策をしていないわけがない。さらにこの雨で、火属性攻撃の威力が極端に落ちる。つまり火傷にすることもできない。コスト上、くろすほどたくさんの無効スキルを備えているわけではないだろうが、一つ一つ試している場合でもない。まったく、よく考えている。
「キャスト、抜刀!」
「キャスト、転移」
「チッ」
抜刀は強力だが、一度鞘に納めてから、柄に手を掛けて振り抜くモーションが目立ちすぎる。飽くまでも不意打ちでこそ真価を発揮するスキルだ。真後ろに転移して立て続けに二発。しかし鞘で弾かれた。向かい風で速度が落ちていたことに加え、転移場所を見抜かれていたようだ。死角だからと真後ろばかり狙っていては、さすがにそうなるか。
「キャスト、刺突!」
「キャスト、盾」
「盾じゃ刺突は――あっ?!」
その通り、刺突の攻撃力は、盾を貫通する。ただし、
「防ぐ目的じゃなくても使えるのが、盾の良いところなんだ」
突き出された刃の数センチ上に、地面から水平に展開された透明な板の上。
「キャスト、風斬砲」
この距離なら、いくら風が強くても外さない。世界一速い猛禽の名を冠すスキルが、至近距離から真っ直ぐにタクミの眉間を貫いた。
『戦闘不能、TKM。オーナーが撃破されました。チャレンジャーの勝利です』
「だーっ!勝てねえなー!」
そのままタクミは背中から倒れ込み、光となって消えた。




