農業物語
翌日、俺はもがみさんから教わったことを実践すべく、朝から島にいた。
昨日聞いた話では、やはり、土の中の石や木片は取り除いたほうがいいらしい。ということで、また伸びている草を抜きつつ、掘り返しては片っ端から不純物を取り除き、再度掘り返すことを繰り返していると、
「おお」
いつの間にか、また土の色が変わっていた。調べると、品質がDランクになっている。大分、土の手触りがふかふかになってきた。
「とすると……。ここから、混ぜ物をしていく方向……?」
単に肥料を混ぜ込めばいいというわけでもないだろう。いよいよ図書館に行ってみなければならないようだ。もがみさんに再度詳しい話を聞きに行ってもいいが、なんでも人に訊くのは、あまり好きではない。自分で調べてみて、それでもわからないときだけ人に頼るのが俺のスタンスだ。
立ち上がり、リアルと連動して背伸びをしていると、家の前にドアが出現し、そっとマオマオが顔を出した。
「あ、おはよう。昨日ぶり」
「おはよう……」
なんだか、改めて遠慮している空気がある。昨日、映画の後はしゃぎすぎたことをまだ気にしているのかもしれない。夢中になった後に恥ずかしくなるのは、俺もよくやるのでわからないではない。
「俺、図書館行ってくるから」
俺は気にしていないぞというアピールに、敢えて素っ気なくそう言った。すると、マオマオは少しほっとした顔で首をかしげた。
「図書館?」
「島を極めるための情報収集に」
「……」
なんだか、憐れむような目で見られた。なぜ。
「……私も、行っていい?」
「いいよ。放ったらかしちゃうかもしれないけど」
「大丈夫」
マオマオは頷いて、入れ替わりに外に出る扉を開いた俺の後ろをついてきた。
図書館は、正式名称をエメラド王立図書館という。その名の通り、エメラドの王宮の隣に位置し、王宮の次に大きな建物だ。かなり遠くからでも、傾斜の強い教会のような屋根が見える。巨人でも入れる気かというほど大きな扉を持ち、扉の下方に付いたプレイヤーサイズの小さな扉をくぐって中に入ると、少し薄暗い、ひんやりとした静かな空間が広がっている。天井は高く、吹き抜けになった広いフロアや壁にずらりと書棚が並ぶ様は、圧巻だ。ここでは、自分で本を探したり、NPCに訊ねて本を探してもらったりすることができる。俺は、カウンターにいた眼鏡の女性NPCに声をかけた。
「アイランドの、農耕関係の本ってどの辺りにありますか?」
「農耕スキルの関係は、Fの棚ですね。中央通路から見て右側の、手前から六番目の列になります」
「ありがとう」
どうでもいいが、この図書館のNPCのミリアはとても美人だ。黒髪を緩い三つ編みお下げにした大人しそうなキャラクターで、地味な黒のワンピースを着ている。まさにファンタジー世界の司書さんといった風体。それでいて話し方はハキハキとしており、メインストーリーでは大活躍を見せる。サービス開始一周年記念に行われたNPC人気投票でも、三位に食い込む健闘を見せた。
そんなミリアに別れを告げて、言われた通りFの棚に向かう。
「農耕、農耕……。あ、あった」
『農耕の基礎』『良い作物は良い土から』『作物に合った土づくり』『肥料大全』『Sランク作物への道』など、それらしいタイトルの本が並んでいる。一つずつ見ていくのは、時間がかかりそうだ。ひとまず、『農耕の基礎』を手に取り、ぱらぱらとめくってみた。ヘルプにあったような簡単な説明から、どのランクの土でどのような作物がどれくらい採れるかというような話が続いていた。気にはなるが、今求めている情報とは違うようなので棚に戻し、『良い作物は良い土から』を開いた。
「まずは耕し、土を柔らかくするところから。深い場所の土のほうが養分が多いので、きちんと掘り起こす。不純物はなるべく取り払い、根が張りやすいよう気掛ければ、自ずとDランクになるはずだ」
ここまでは、辿り着いた。先を読む。
「Cランクの土を目指すには、堆肥や腐葉土を施すことが大事だ。土によく混ぜ込めば、店で売っているような、Cランクの土が手に入るだろう」
「土って、買えるの?」
「うん、錬金術で使うから、NPCが売ってるよ。なるほど、土を作るだけでもそういう使い道があるのか……」
あーさんが使っていたゴーレム召喚は、錬金術スキルの一部だ。ゴーレムはスキルの熟練度の他、素材となった土にも強さが依存するので、ゴーレム使いたちはより良い土を求めてマザーグランデ中を練り歩いているという噂だ。まさか自分で作ることができたとは。マザーグランデの全ての道は生産に通じているのか。
「あれ」
ページをめくると、Bランクの土を作る内容へステップアップするかと思いきや、文章はそこで終わっていた。よく見れば、この本は上巻だ。棚には下巻は見当たらない。王立図書館なのに品揃えが悪いぞとか言ってはいけない。上級者向けの情報を手に入れるためにはクエストをクリアしなければならなかったりするのは、ゲームではよくある話だ。
「書いた人のところに行くパターン?」
マオマオが、背表紙の著者名を覗き込む。そう、この手の情報は、大体著者として記されているNPCを探してを訪ねるのが定石だ。しかし、
「いや、その前に」
俺は本を閉じて元の場所に戻す。
「堆肥だ」
マオマオが、もの言いたげな顔で俺を見て、何も言わずにため息をついた。
同じ棚に並んでいた肥料大全によると、堆肥は家畜の糞と藁などを混ぜて発酵させて作るものと、木の葉や木の枝などの植物を発酵させたものがあるとのことだった。作物によって、使い分けたり、分量を調整する必要があるらしい。
「それで、ある美さんも家畜を飼ってたのか……」
ある美さんは料理スキルは上げていないのに、何故島に牛が居たり、広い森を作っているのだろうと不思議に思っていた。もちろん景色が良いということもあるだろうが、植物系の布の素材になる草花を育てるために畑を作り、その畑に撒く肥料の調達のためだったのだ。
「けど、流石に家畜にまで手を広げると……んんんん……」
「どうせ、そのうちやるんでしょ。早くやりなよ」
「うっ」
見抜かれていた。牛乳や卵が調達できるようになったら楽しいだろうとは、ずっと思っていたのだ。
「俺も……島オンラインをする時期か……」
抗い難い生産の魔力の海に、いよいよ引きずり込まれていく気配がした。




