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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
八章

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仲良しの定義

 昼食後は、麻緒が観たい映画があると言うので、それを観ることにした。女の子のキャラクターがたくさん出てくるテレビアニメの劇場版で、観客の殆どは男性だった。ちょくちょくツッコミどころはあるものの、近未来SFテイストで、最後には友情で敵に勝利する熱い展開に、思わず見入ってしまった。


 「面白かった!!」

終わった後、麻緒が興奮気味にパンフレットを買いに向かう後ろ姿を見送り、壁際の人の少ない位置で待った。戻ってきたところで、はっと気付いた顔でおどおどと視線を泳がせた。

「ご、ごめん、また……。知らないアニメの映画なんか、面白く、なかったでしょ……」

誰かに言われたことがあるのだろうか。ただでさえ小さな身体をさらに縮こまらせながら、妙に怯えたような様子で言う。

「正直初めは名前覚えるので精一杯かと思ってたけど、なんとなくストーリーもわかったし、最後は結構感動した」

「本当?」

「名前は覚えらんなかったけど」

少しだけ嬉しそうな顔をした麻緒に、上げて落とすかのごとくそう言うと、だよね、と肩を落としつつもほっとした顔で小さく笑った。適当に通路に向かって歩き出しつつ、映画の内容を思い出して言う。

「主人公の友達の、歌が上手い子が好みだったなァ」

大人しそうに見えてしっかり者の、和風で長い黒髪の女の子だった。

「……好み、わかりやすいね」

「そう?」

麻緒は呆れつつも、あの子は家が神職で主人公と幼馴染なのだとか、その流れで他のキャラクターとの関係性だとか、これまでのストーリーだとかをせっせと話し始めた。話が途切れないので、ひとまず映画館を出て手近な喫茶店に入ることを提案する。飲み物を注文して待っている間も、受け取って席に着いてからも、堰き止められていた水が流れ出したかのように、ずっと話していた。映画のストーリーではわからなかった部分を訊ねると、資料もないのにすぐに答える。本当に好きらしい。おかげで俺まで妙に詳しくなった。

 気が付けば夕方に差し掛かっていて、麻緒が親が帰宅する前に帰りついて、勉強していたふりをしなければと言うので、早めに解散することになった。駅の改札の前で、麻緒は俯いたまま言う。

「今日はホントに、ありがと」

喋りすぎたことを後悔しているのか、またぼそぼそとした話し方に戻ってしまった。

「俺も楽しかったよ。明日は、朝からいると思うから」

「うん」

「それじゃまた、オンラインで」

手を振って、改札をくぐった。角を曲がる前に一度振り返ると、麻緒はぎこちなく笑った。


 電車に乗り、由芽崎市に戻るまで数十分。少しだけ目を閉じることにした。


× × ×


 くろのすに、朝一時間だけ遊ぼうと誘われてから、気が付けば一週間を過ぎて、一ヶ月が経とうとしていた。フローラ湖のヌシはなかなか現れず、かと思えばログインしていない間に出現したという情報があったりして、長期戦を強いられていた。

「わたしとくろすは仲がいいとよく言われるけれど、『仲良し』ってどういうことなんだろうね」

「はい?」

時々、哲学のようなことを真剣に議論し始めるのがくろのすだった。

「まず、知り合いと友達の差って何だろう。知り合いがより仲良くなると友達になるというわけだけど、ゲームのように明確に数値があるわけでもないじゃない?」

「まあ、そうだね」

「大人同士だと、なおのこと線引きが難しいよ。『友人』と『友達』も別ものさ。しかも、友達の上に更に『仲良しの友達』『親友』なんてカテゴリもある」

こういう小難しいことを言い始めると、彼女は止まらない。

「どれだけ仲が良くても、ちょっとしたことで簡単に壊れてしまうこともある。例えば、同じ相手を好きになったとか」

俺にはよくわからなかったが、くろのすは、「女同士だと特によくある」と苦笑した。

「わたしの話をするとね。中学の頃、仲のいい友達がいたんだ。親友と呼んでいいくらいに。家が近くて、幼い頃からよく遊んでいた子だった。けれど、その子が好きになった男子が、なんとわたしに告白してきた」

「うわ、気まずい」

「だろう。もちろん、わたしは断ったよ。友達の気持ちも知っていたし、その男子のことも、わたしはただの友達と思っていたんだ。そんな感情を持たれているなんて思ってもいなかった」

大げさにため息をついて、首を振るくろのす。

「けれど、結局、どちらとも気まずくなってしまって。いつの間にか、『友達の気持ちを知っていたくせに彼を誘惑した』なんて噂まで流された。……わたしは、周りよりも子供だったからね。男女の友情だって、成立すると思っていたんだ」

と、少し寂しそうに言った。

「その時に、わたしには『仲良しの友達』なんて実はいなかったのではないか?って思ってしまって。疑心暗鬼に憑りつかれてしまった」

「何か、わかる気がする」

そんな修羅場に巻き込まれたことはないが、友達というのは随分曖昧なものだと、常々思っていた。遊ぶ相手はいるし、大人に説明するときには彼らを『友達』と紹介するけれど、二人組を作れと言われて作れるような相手が全く思いつかない。大概、あいつはあいつと組むだろうな、というのが予測できるので、気が付けば炙れているのだ。鈴木が同じく困って三回に一回くらい寄ってくるので、組む率が高いというくらいか。

「きみの場合は……。いや、言わないでおこうか」

「何」

言いかけて、意味深に含み笑いをされた。そんな風に勿体ぶられると、逆に気になる。

「言っていいのかい?……きみ、わざと仲の良い相手を作らないようにしているでしょう」

「うえっ?!そんなことないよ?!」

俺だって、願わくば親友と書いてともと呼べるような相手が欲しい。ところが、一歩踏み込むタイミングやコツが掴めず、仲を進展させるのが下手くそなのだ。恋愛シミュレーションゲームですら、まともに恋愛エンドに持っていけた例しがない。攻略情報を見ても、なぜその選択肢を選ぶと仲が進展するのか理解できなかったので、唯一俺が苦手とするゲームジャンルだったりする。

「本当かい?じゃあ、無自覚なんだね。捉えたと思ったら幻だったような、妙な掴みどころのなさがあるんだよ、きみ」

「……誉めてないよね。それを言うなら、のす姉も似たようなもんでしょ」

「わたしはわざとやっているんだよ。けれどきみのは天然だ。たちが悪い」

随分な言われようだ。俺は少しむっとしながら訊ねた。

「例えば、どういう風に?」

「あまり弱音も吐かないし、突っ込んで聞いてこないし、いつの間にか煙に巻かれて、話しているわたしだけ良い気分になって。まるで、雲でできた鳥みたいだよ」

だから喋りやすいのだけれど、ど彼女は笑った。教養や文学的知識に富んでいるからか、よく珍妙な例えを使ってくる人だった。

「鳥?」

「そう。鳥って、死ぬ直前まで弱っている素振りを見せないんだ。人に飼われている鳥でも。だから、私は不安になる」

「不安って……どんな」

「ある日突然、きみが遊んでくれなくなるんじゃないかって」

牽制するような視線だった。そんなことしてくれるなよ、とでも言いたげな。一瞬彼女の闇が見えた気がして、寒気がした。

「そんなことしないよ。それよりも、のす姉が結婚して、とーすとに来なくなるほうが早そう」

「あっはっは、その時は、式に私の一番大事な友達としてきみを呼んであげるよ。他の出席者たちが思わず見惚れるくらい、思い切りおめかしして来たまえ」

「本当?楽しみにしてるよ」

それから、湖面に垂らした糸の先、オレンジ色の浮きを見ていた顔をこちらに向けて、ふっと優雅に微笑み。

「きみが迎えに来てくれてもいいんだよ」

ぽつりと言った。凛とした瞳に、舞台の上で一度だけ見た、誰かに恋い焦がれ、誘う淑女の妖艶な色が浮かぶ。

「何言ってんの、俺まだ十四だよ?」

演技だとわかっていても、中学生男子には刺激が強すぎて、俺は思わず早口で否定した。

「今年十五でしょう。知ってるかい、日本人の平均寿命は、男女で約七歳の差があるらしいよ。つまり一緒に死にたかったら、七つ八つくらい年下の男性が一番適しているというわけだ」

彼女の冗談は、時々冗談に聴こえなくて怖いことがあった。だから、わざと茶化した。

「じゃあ、もし俺が結婚できる歳になっても、のす姉が結婚してなかったら、迎えに行ってあげるよ。その代わり、ずっと綺麗でいてよ。俺面食いだから」

「花の命は短いんだよ?まあ、善処しよう」

くろのすは、くっくっと喉の奥で笑った。

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