フードコートお悩み相談室
「さっきの、最後何が起きたの?」
筐体の外に出た麻緒が、目頭を揉みながら訊ねた。カメラが回りまくったので少し酔ったらしい。申し訳ないことをした。俺は三半規管が強いようでで、乗り物や3D酔いとは無縁だ。無茶な動きをするから怖いと、同じゲームをやっていた望田に言われていた。
「ほら、敵の弾を盾で逸らしたでしょ。あれが遠くの偵察機に跳弾して戻ってきて、相手に当たったんだよ」
偵察機は一度壊れたら再び仕入れるしかない消耗品な上、一度に載せられるのは三基まで。しかも遠隔操作ができるものほど性能がいいので高い。あと、初めに飛ばしたものは汎用品だが、跳弾戦法はよくやる作戦だったので、二度目に飛ばしたものは、頑丈な機体だった。
「……狙ってやったの?」
「もちろん。まあ、気付かれてもいくつか手はあったけど、ナメてくれてたから成功すると思ってた」
「……」
呆れた顔をされた。
ゲームセンターを出ると、昼食にちょうど良い時間になっていた。フードコートに向かい、ファストフード店で適当にバーガーセットを買い、隅の席を確保して座る。正直、美味しいかと言われると微妙なところだが、値段と量を考えればこんなもんだろう。舌が肥えている自覚はある。
ハンバーガーにかじりつき、しばし無言で食べていた麻緒が、ぽつりと言った。
「……迷惑じゃない?」
「何が?」
突然何を言い出すのか。質問の意図がわからず、ポテトをかじって訊き返す。
「くろすの島に入り浸ってるのとか、ずっとついて回るのとか」
「迷惑だったらそう言ってるよ。俺、そんなに優しくないし」
姦しく喋り立てるわけでもなく、島に入り浸っているといっても、許可したミシンと畑以外触らない。それどころか、代わりに草むしりしてくれたりするので、むしろ助かっている。もはや設置物のひとつになっている気すらしてくるので申し訳ない。
「……なんで、良くしてくれるの」
「良くしてるかな?結構放ったらかしてる気がするけど」
「今日も、遊びに誘ってくれた」
「ああ、それは――」
オレンジジュースを飲んで、はは、と笑った。
「同じようなことをしてもらったことがあるんだ。その真似がしてみたかっただけ」
× × ×
中学の頃は、今のように規則正しい生活をしていなかった。それこそ、両親の帰りが遅いのを良いことにゲームセンターに夜までいて、帰ったらさらに別のゲームをして夜更かし。朝は遅刻ギリギリに起きて、食欲が無いから母が作っていった朝食も残しがち。不良ぶる度胸はないので生活態度は大人しくしていたが、周りの全てを見下している、正しく中二病。それでいて、いつも人に囲まれているような、いわゆる人気者が羨ましくて疎ましくて、教室の一角から聴こえてくる楽しそうな笑い声にも苛立っていた。角の立つ言葉もためらいなく使っていたせいで、今より敵も多かった。
三年になり、とーすとを始めても、夜の外出をしなくなっただけで生活習慣はさして変わらなかった。
その日は確か、湖の上に建つ小さな村、フローラの桟橋で釣りをしながら、くろのすと他愛もない話をしていた。別にダンジョンでもなければ狭くて暗い場所でもないが、暇ならヌシ釣りに付き合えと呼び出されたのだ。ヌシは緊急ボスで、釣ったモンスターを討伐した数の累積値が、出現率に関わる。要は釣り人の数が多いほど出やすい計算になるのだが、辺鄙な場所なので常に過疎状態だ。ある意味、だらだら喋るには持ってこいの場所とも言えた。
「のす姉ってさ、人と仲良くなるの上手いよね」
「ん?……そうかな」
彼女がいつもと違う、困ったような笑い方をしたのを覚えている。
「何か学校であったのかい?お姉さんが聞いてあげるよ。今日はバイトも稽古もなくて、暇だからね」
「別に、大したことじゃないんだけど。人気者とそうじゃない奴の違いって、なんだろうって思って」
「難しい議題だね。まあ、まず一番は、外見だろうね」
難しいと言った割に、くろのすはあっさりと言った。
「身も蓋もないね」
「仕方ないさ、人間は情報の九割を視覚に頼っているんだから」
掛かった反応を釣り上げ、針から小さな魚を外してインベントリに仕舞いながら、くろのすは言った。俺は反論する。
「でもさ、それじゃのす姉がなかなか有名にならないの、おかしくない?美人なのに」
「きみ、誉めるのと貶すのを同時にするのはやめないか。どういう反応をすればいいか分からなくなる。……もちろんそれだけじゃないさ」
今度は俺の竿にヒットした。長靴だった。ゲームでは長靴や空き缶が釣れるというのは定番だが、実際の釣りで長靴が釣れる確率はいかほどなのだろうか。
「表情には性格が出るから、性格も大事だよ。写真になると、特によく滲み出る」
わたしも宣材写真を撮るときは苦労したよ、と、眉間に皺を寄せ、大げさにため息をつくくろのす。彼女の場合は何が滲み出るのだろうか。
「雰囲気イケメン、なんていうタイプがいるだろう。顔のパーツを見るとさほど整っているわけでもないのに格好よく見えたり、いつも人に囲まれて、彼女が途切れないような」
「ああ、いるいる」
それには大いに心当たりがあった。何も、人気者のグループ全員がアイドルになれそうな顔立ちをしているわけではない。
「彼らは、まず清潔感がある」
「清潔感?」
「そう。生活感や汗臭さを感じさせない、というのかな。汗はすぐにタオルで拭うし、シャツには皺がなく、髪だって一度切ったら伸びるまで放ったらかしではなく、きちんと手入れしているような」
該当するクラスメイトを思い浮かべ、ははあ、と納得した。
「それと、さり気ない気遣いが素晴らしいんだよね。さり気ない、というのがポイントだよ?」
くろのすが言うには、気を遣っていることを悟られてはいけないらしい。悟られないからこそ嫌味ではなく、『なぜかモテる』という要因の一つになっているわけだ。
「彼らも努力しているんだよ。さり気なさすぎて何もしていないように見えるから、実際に何もしていない人間から『何故あいつばかり』と僻まれるわけだけど。難儀な世の中だね」
要するにわたしは努力が足りていないのさ、と、最終的には自虐に走るくろのすの言葉は、ぼんやりとしか聴こえていなかった。
「思い当たる人物がいるなら、実際にその辺りに重点を置いて観察してみるといい。きっと、気遣い屋さんの、とてもいい奴だってことがわかるよ」
くっくっと、達観した彼女は喉の奥で笑った。
「それにしても、学生があまり遅くまで夜更かしするものじゃないよ。付き合わせておいて、私が言うのも何だけれど」
「癖になっちゃって。眠くないんだよ」
眠りたくないというのが正しいだろうか。さっさと寝た方がいいことはわかっているのに、今日に未練があるような、まだやり残したことがあるような気がして寝付けないのだ。
「じゃあ、その生活習慣を変える手伝いをしてあげよう。これから一週間、朝六時から一時間だけ、私と遊ぼうじゃないか」
「へっ?」
「眠くて起きられないだとか、起きたはいいが寝落ちしそうだとかいうことのないようにしてくれよ。きみの相槌がないと、喋っていてもつまらない」
くろのすに言われるまま、俺は朝遊ぶために早めに就寝するようになった。朝が早いと時間に余裕ができて、きちんと自分で朝食を作って食べるようになった。夜は翌朝のために寝なければと自制が効くようになった。気が付けば教室の声も気にならなくなっていて、単に寝不足でイライラしていたのと、誰にも構ってもらえず寂しかっただけだったのだと気付くのは、もう少し後のことだ。
× × ×
「駆も、同じようなことがあったの?」
「全く同じ状況、ってわけじゃないけど」
麻緒に比べれば、もっとずっと軽微な状況だ。駅で見かけたような、あからさまなイジメに遭っていたわけではない。両親も、俺が気付かなかっただけでずっと気にかけてくれていた。余談だが、元々くろのすは朝遊ぶことが多かったようで、ある事件が起きるまで、新しい習慣はずっと続くことになる。
「周りが皆上手くやってる気がして、自分だけ特別不器用で、何もできないような気分になってさ」
今でも、他人より上手くやっている自信はない。最低ラインに足並みが揃った、という程度だ。それでも、気分的には随分マシになった。
「駆も、そうだったんだ……?」
「案外、多いんじゃないかなァ。格好つけて顔に出さないだけで」
「……」
今朝のことを思い出したのか、暗い顔でポテトをかじる麻緒。俺はわざと気付かないフリをしながら話を逸らした。
「そういえば、進路ってもう決めてんの?」
「進路……。ちょっと遠くの高校がいいなって、思ってる」
知り合いがいないところがいいのだろう。俺は試しに言ってみた。
「ウチは?由芽崎第一」
「一高?」
麻緒が首を傾げた。神宮市からだと電車で数十分、更にバスで十分ほど掛かるので少々早起きが必要になるが、通えない距離ではない。数は多くないが、実際に通っている者もいる。
「来年、俺三年だし。まったく知り合いがいないよりはマシじゃない?」
ただでさえ人見知りするのだ。誰も知り合いがいない遠くへ行ってデビューに失敗したら、それこそ三年間の地獄が待っている。
「俺は頼りにならないかもしれないけど、俺の友達はすごく頼りになるから。あと、保健の先生がいい人だよ」
「そうなんだ……」
ふらふらと視線を泳がせ、迷っている麻緒に、なるべく軽薄に笑ってみせる。
「候補のひとつってことで。もし来るなら、歓迎するよ」
「……うん。考えとく。ありがとう」
釣られるように、麻緒は少しだけ微笑んだ。




