フレームを選んでね
道中にあった雑貨屋の店頭で、麻緒がらぶぃくん特集コーナーに目移りしていた。あのウサギ、ここのところ本当にあっちこっちで見かける。チョコレート菓子とコラボしたアニメーションCMが始まり、腑抜けた顔をしている割にやたらかっこいい声で喋るらしく、それがまたウケているとのことだった。ぴーすぃーちゃんの声は可愛いらしい。あまりテレビを見ないので、そういった話題に疎い。
その後も、麻緒はパステルカラーの夏用パジャマに気を取られたり、CDショップの店頭に貼られた、もうすぐ円盤が発売されるアニメのポスターを真剣に眺めたりしながら、ようやく本屋に辿り着く。買うものは決まっているようで、一目散にコミックスの新刊コーナーに向かうと、平積みされている単行本を手に取った。
「少年漫画好きなの?」
「うん」
週間連載の少年漫画ばかり三冊ほど抱え、麻緒は満足気にレジに持って行く。少し混んでいるようだったので、俺は出入り口付近の棚の雑誌を立ち読みして待つことにした。
「……」
暫くして、会計を終えた麻緒が戻ってきた。が、何か言いたげに俺を見ている。
「終わった?」
「う、うん」
「どうしたの」
「……駆が、楽しくないんじゃないかと思って……」
一応、気を使ってくれたらしい。
「そんなことないよ。面白がって見てるから」
特定個人に興味を持つことは少ないが、人の挙動を見るのは好きだったりする。不意に見せる表情だとか、本人が気付いていなさそうな小さな癖だとか、そういうものを探すのが楽しい。前髪が長いと、こっそり見ていてもバレないのだ。母には趣味が悪いと窘められた。
『あの男、ヘヴィスモーカーだね』
トルマリの広場で、隣同士で露店をしながら行き交うプレイヤーを眺めていた時に、くろのすがぽつりと言った。視線の先には、少しくたびれた表情の、ハードボイルド系の成人男性アバター。
『なんで?』
『無意識に上着の内側を探った後、手持無沙汰になって頭を掻いたよ。リアルでいつも、内ポケットに煙草を入れているんだろうね』
そうだ、くろのすがやっていたから、一緒になってやるようになったのだ。忘れかけていた割に、行動原理が彼女に基づいていることの、多いことよ。
――いや、忘れようとしていただけか。
「面白がってって……。駆は、買うものとか、行きたいところとか、ないの」
「え?うーん……。ゲーセンくらい?」
染みついた性分というか、初めて来た場所にゲームセンターがあるとわかると、ちょっと立ち寄ってみたいのがゲーマーの心理だった。どうせカップルやファミリー向けの筐体ばかりで、さほど目新しいものはないだろうが。
「! プリ撮る?!」
ぱっと、麻緒が思いついた顔で俺を見上げた。
「うぇ?!」
プリって、あれっすか。写真撮ってデコる、健全な若者の遊びのことっすか。
「しゃ、写真はちょっと……」
「撮りたい、行こう」
急に元気になった麻緒に引きずられ、再び案内板を経由して二階のゲームセンターに向かうことになった。
他のテナントよりも少々薄暗い、そしてやはり電子音のうるさい店内に入り、入り口付近に鎮座する、目の大きなお姉さんが一面にプリントされた巨大な箱の前で麻緒が立ち止まった。いくつも並ぶ機械をひとつひとつ見て回り、機能を確認している。どれも同じに見えるが、美白効果だったりデカ目機能だったり、全身写真での足長加工に強かったり、微妙に差があるらしい。
「美白にする。駆、目でかいからデカ目いらないと思う」
「左様ですか……」
もうこの際何でもいい。早く終われ。一回分の四百円を出したら、半分でいいと頑なに拒まれ割り勘することになった。彼女なりのポリシーなのか、プリントシール機を嗜む者のマナーなのかは知らない。
撮影ブースに入ってコインを入れると、突然大音量のガーリーな音楽と、女性の声が響き渡った。『撮りたいモードを選んでね♪』『分割方法を選んでね♪』と軽やかでフレンドリーな音声に従い、麻緒がどんどん操作する。そして、
「駆、ここ見て!」
「はいはい……」
思い出の一枚が仏頂面なのは可哀想なので、一応慣れない笑顔を作る。
「もう一回、別のポーズがいい!」
「ええ……」
位置を変わってみたり、遠近法を使ってみたりして更に二回撮ると、『落書きブースに移動してね♪』と再び軽やかな女性の声。
「こっち」
撮影ブースを出て、今度は手前の暖簾の中にある、画面の付いた狭いスペースに移動した。
「半分ずつ、落描きするの」
「へー、いろいろあるんだなァ」
こういう文化は全く知らない。
「ふふ、デカ目じゃないのにデカくなってる。ウケる」
やたら目が強調されてパッチリ黒目がちになり、やや気持ちが悪い写真に、慣れた様子でしゅるしゅると描いて行く麻緒。俺もそれに倣い、とりあえず日付のスタンプと、それっぽく『まお』『かける』と書いて、思いつきで麻緒に猫耳を生やした。ついでに、自分の目が気持ちが悪かったのでビームを出している風にして潰す。よく考えたらこれ、大型の液晶タブレットが埋めこんであるのか。それはさておき。
『あと一分だよ♪』
フレンドリーに急かされた。任されたもう一枚は、少し悩んだ末に、二人並んだ間にさっき見たばかりのらぶぃくんを描いて、『in神宮モール』と吹き出しを付けた。制限時間いっぱい使い、麻緒も何かやっていた。最後に表の取り出し口に、印刷されて出てくるのを待つ。カタン、と軽い音がして、小さな写真が出てきた。
「はい」
どうやって分けるのかと思いきや、初めから半分で切れ目が入っていて、二人で分けるだけなら鋏も必要ないらしい。画期的だ。というか、何かラメも載っている。この筐体一台にどれだけの人類の英知が詰まっているというのだ。侮り難し、プリントシール機。などと感動していると、
「駆、絵上手い」
麻緒は俺が即興で描いたらぶぃくんを真剣に見ていた。
「そう?」
普通に気の抜けた顔のウサギを描いただけなのだが、お気に召したらしい。よかった。
プリントシール機で気が済んだらしい麻緒と一緒に、奥のほうまで見て回る。クレーンゲームの区画の向こうに、少し古い体感系ゲームがあり、奥に行くほど薄暗くコアなゲームやメダルで遊ぶゲームの区画になるという、ありふれた配置。
「あれっ」
そのコアな区画に、とても見覚えのある繭のような大型の筐体を見つけた。ゴーグルを着けてコックピットに座り、操縦桿を握って小さな戦闘ロボットを操作する、近未来SFタッチのFPS。VRゲームの走りで、とーすとにハマる前に散々遊び倒した楽しい奴だ。表のポップを見ると、この二年でバージョンアップが進み、機能や装備が充実したらしい。まだサービスが続いていたこと自体が驚きだった。
「知ってるゲーム?」
「うん、前によく遊んでたんだ」
幸い、誰も入っていなかったので久しぶりに乗り込んでみる。二人協力プレイが可能なので、筐体には椅子が二つある。麻緒も、薄暗い筐体の中におそるおそる入ってきた。
「データは、流石にもう残ってないだろうけど」
データを記録するICカードは、引っ越してゲーセンにご無沙汰になった後も、なんとなく財布に入れっぱなしにしていた。使いすぎで表面のプリントが擦り切れボロボロになっている。半ば諦めつつも、試しに読み取り機にかざしてみる。と、
『name:×くろす× Rank:SSS ※旧バージョンのデータです。更新してください。』
予想外に、データが残っていた。となると、昔の血が騒ぐ。
「遊ぶの?」
「一回だけ」
プレイに参加しない同乗者も、ゴーグルを付ければプレイ画面を見ることが出来る。麻緒は大人しくゴーグルを着けた。俺もゴーグルを着け、百円を投入してもう一度カードをかざした。流石に旧バージョンのデータなので名前の更新など訊かれたが、機体や装備は引き継げるらしい。
「二年も前の装備じゃ、勝つのは難しいかもなァ」
次々飛んでくるNPC機体を撃ち落とす数を競う撃墜戦モードと、プレイヤー同士で戦う一機撃ちモードの選択画面が現れた。久しぶりに遊ぶのだから、手慣らしに撃墜戦をすべきかとも思うが、せっかくだから一機撃ちを選ぶ。
あれから二年、どんなアップデートが来たのかも知らない。新機能もあるだろうし、勝てるとは思わない。しかし、やっぱり慣れ親しんだ感覚は、いいものだ。通信が始まり、すぐに対戦申し込みがあった。試合前後に簡単な文字チャットが打てるので、普通はよろしくとかこんにちはとか、無難な定型文で済ませる。たまに煽ってくる奴や、ローカルルールを提示してくる奴もいる。が、
『またくろすの騙りか?』
現れた文面は、妙に殺伐としていた。
『騙りじゃないよ 本物だよ』
「また」というのが気になる。二年前にランカーだった×くろす×のことを言っているなら、俺が本物だ。
『本物かどうかはやってみりゃわかるか』
挑発的な文章と共に、一機撃ち戦が始まった。
降り立ったのは、大岩の転がる荒野だった。岩はただの岩ではなく、重力に逆らって浮いたり、また一定時間後に着地したりする、時間設定は夜、天候は晴天。星が美しい。
初めは、敵の姿は見当たらない。お互い一キロメートル以上離れた場所に配置され、そこからいかに素早く相手を倒すかという単純明快なルールだ。アーケードゲームなので、一戦の制限時間は五分。様子を伺っている場合ではないので、攻めてくるプレイヤーが多い。こちらを騙りだと思っているならなおのこと、向こうからやってくるに違いない。岩を背に索敵を展開しつつ、もう忘れてしまっている当時のままの装備を確認する。と、案の定、すぐに索敵にかかった。
小さな偵察機を出して、上空から様子を伺う。敵の姿を捉えるも、攻撃範囲に入った瞬間撃ち落とされた。まあ、敵の装備は大体分かったので上々だ。背中にウォーハンマーを背負っていたが、手に持っていたのは射程の長いレールガン。偵察機を撃ち落としたのもそれだ。大きな武器はその二つだけ、後は肩にミサイル、脚にジェット噴射機構。他にもギミックは隠しているだろうが、とりあえず一目で見えたのはその程度だった。
対するこちらは、背負っているのはつるりと鏡のような光沢を放つ銀色の盾、腰に差しているのは片刃剣、手に持っているのは敵と同じくレールガン。ただし、性能はおそらく向こうが上。その他細々したギミックはあるが、全て旧バージョンの遺物。劣勢であることは間違いなかった。
「勝てるの?」
「さあ?」
観戦しているだけの同乗者のゴーグルには、俺と同じ視界が映るはずだ。長いこと遊んでいなかったのに、少し触ったら操作方法を体が覚えていて、自然と笑みが零れた。
負けないためにやることは、背後を取られないこと、標的から目を離さないこと、油断しないこと。そして、勝つためにやることは、敵にそれらをさせないこと。単純だからこそ難しい。劣勢から勝つには、正々堂々なんて言っている場合ではない。小細工と不意打ち。
俺は偵察機を二つ、敵がいる場所とは違う方向に飛ばした。相手の索敵に映らないくらい遠くに。その間に敵反応が近づいてきて、射程に入った瞬間撃ってきた。転がり避けて撃ち返す。当てる目的ではない、ただの牽制だ。
「うわわ……」
揺れる視界に麻緒が混乱している。背中の盾を左手に持ち、敵に突っ込む。なおも撃ってくるそれを銀色の盾で防ぎ、弾くのではなく軌道を逸らした。あらぬ方向に飛んでいった光を追うことはなく、敵の機体はウォーハンマーに持ち替え振り被ってきた。恐らく最新型だろう、受けるのは分が悪い。飛び退いた瞬間近くの岩が浮いたのを見逃さず、蹴る反動で敵機に突っ込み、腰の剣を振り抜く。肩から射出されたミサイルは最低限しか避けない。掠っても、気にしない。重量を持って再び振り上げられたハンマーを、速さに任せて腕ごと飛ばした。すぐに残っている手にレールガンに持ち距離を取ろうとするが、既に遅い。
敵機の背後を、突然銃弾が襲った。すぐに表れる『WIN!』の文字と、リザルト。SSランクの相手をランク外で倒したことで、大量の経験値が入ってきた。見たことのない装備が報酬として手に入った。そして、文字チャットも送られてきた。
『本物なのか?』
『だから言ったじゃん』
『そうか』
それ以上は、何も送られてこなかった。




