黒猫の少女
【ドM】×くろす×目撃スレ【マザーグランデ最強?】
105 名前:まる@とーすとうめえ
商店街に混ざってた件以来、くろす見かけなくね?
106 名前:よっぴー@とーすとうめえ
>>105
いや朝見たぞ トルマリの隅で真剣に木工やってた
107 名前:†暗闇†@とーすとうめえ
木工て AreAに対抗かよ
108 名前:オリバー@とーすとうめえ
くろすまでマトリョーシカ爆弾魔になったらマジで誰も勝てなくね
109 名前:マリエル@とーすとうめえ
やだーAreA王子に勝って欲しい
110 名前:スミス@とーすとうめえ
木工やってるくろすの隣になんかカワイコチャンいなかった?
111 名前:よっぴー@とーすとうめえ
>>110
カワイコチャンて笑
そういやいたな オレンジのドレス着たロリっぽい子
112 名前:森@とーすとうめえ
かぐや姫の次はロリかよ!!!!!!
113 名前:まっする@とーすとうめえ
>>112
落ち着けまだ中身もロリと決まったわけじゃない
マザーグランデのネカマ率を信じようぜ
114 名前:森@とーすとうめえ
>>113
そうだった 取り乱して済まない
× × ×
由芽崎市の隣にある神宮市は、海に面した穏やかな港町だ。由芽崎駅の駐輪場にバイクを預け、そこから電車で一本、数十分。俺は先の冬ぶりに隣町に降り立った。よく晴れているが、風があるので涼しい。
海鳥が加入した新・げきま部のグループメッセージには、今朝早くに『用事が出来たから今日は不参加』という旨の連絡を入れている。
『なんや、せっかくうちが入ったのに早速サボりか!』
『いっそお休みにしちゃう?最近ずっと引き籠ってたし』
『さんせーい』
そんなメッセージが並んだので、他のメンバーも各々好きなことをしているはずだった。
神宮市は、由芽崎市よりも若干規模の小さな町だが、それでも皆が待ちに待った連休とあらば、駅前はそれなりに賑わう。さほど広くない駅の構内を見渡し、目的の人物を探した。ちょっと格好つけて前髪を上げているので、視界が広い。
マオマオは、アバターと似たような見た目をしていると言っていた。となると、おそらくかなり小柄だ。見つけられるだろうか、先に連絡して目立つところに出てきてもらおうか、などと考えるも、それはすぐに杞憂になった。
「大代さん、こんなとこで何してんの?」
「誰か待ってんの?もしかしてデート?」
耳障りな嘲笑を含んだ、甲高い女子の声。健康的に脚を出し、似たような服を着た少女三人組が、壁際で誰かを取り囲んでいた。いかにも強そうなパサパサの茶髪と、ストレートパーマが刺々しい黒髪、そして二人に従っているだけな感じのする、栗色の緩いウェーブのショートボブ。この子は地毛っぽい。なんとなく直感し、遠巻きにその中心を覗き込むと、猫背で細身の黒髪の少女が、ショルダーバッグの紐を握り締め、おどおどと視線を泳がせていた。
「ねえ、何か言いなよ」
あんなに威圧感増し増しで取り囲まれたら、委縮して当たり前だ。囲まれている少女の顔立ちと仕草から見て、彼女が俺の尋ね人であることは、間違いなさそうだった。仕方がないので、女子バリケードにどう割って入るか一瞬考えを巡らせる。が、結局、単刀直入に声をかけるしかなさそうだという結論に達した。
「あのー」
やんわりと後ろから話しかける。
「無視?ムカつくんですけど」
「言ってること聴こえてる?」
お嬢さん方に同じことを申したい。空気男は普段、可能な限り気配を薄くしているので、こういう時なかなか気づいてもらえないのだ。すると、マオマオが女子たちの肩越しにこちらに気付いて、一瞬怪訝そうな顔をした。トゥルッターを開いたスマートフォンの画面を見せると、ぱっとその目に光が差した。マオマオの視線で、三人組も振り向く。
「ごめん、その子俺の連れなんだけど」
やっと気づいてもらえたので、なるべく愛想良く見えるよう、慣れない作り笑顔を見せる。と、三人組は急に戸惑い始めた。
「え、マジで彼氏?」
「か、彼氏じゃない……」
マオマオが、援軍を得て少し声が出るようになったのか、辛うじてそう首を振る。
「妹だよ」
今出すべきキャラクターは、空気男の佐藤駆じゃない。飄々と敵を欺き軽薄に笑ってみせる、マザーグランデ最強と謳われるくろすだ。そう、心の中で自分に言い聞かせた。
「何か揉めてた?」
「別に……」
年上の身内を名乗ったことでいよいよ分が悪いと判断したのか、急にしおらしくなる三人組。いっそ卒業するまで大人しくしていろと思いを込めて、
「仲良くしてやってよ」
ぼそりと含み笑いを見せた。ボスと思しき茶髪が、ヤバい、聴かれてた、という顔でストパーに目配せした。性質の悪いガキ大将タイプ。これは、あんまり煽ると後でマオマオ自身に当たりに来る。
「行こう」
「あ、うん……」
牽制は程々にして、さっさと退散したほうがよさそうだ。マオマオに声を掛けると、三人組は大人しく道を開けてくれた。まったく、赤城だったらもっとスマートにやるのだろう。そもそも三人組が勝手に見惚れてくれるに違いない、と一人落ち込んだ。
足早に駅を出て、向かう先は神宮市の駅前に最近できたというショッピングモール。遊びに誘った時に、どこか行きたいところはあるかと訊ねたら、そう返ってきたのだ。まあ、神宮市の近隣で遊べるところというと、由芽崎市に出てくるか、そこしか思いつかないというのが正直なところではある。
「あの、ありがと……」
まだ少しびくつきながら、マオマオが小さな声で言った。最良ではないが暫定勝利ということで、反省は後だ。それよりも、出鼻を挫かれて落ちたテンションを回復せねば。
「いいってことよ」
なはは、といつもくろすがするように笑って見せると、マオマオはほっとした顔でとことこと俺の歩幅に合わせて付いてくる。アバターも小柄だが、それよりもさらに背が低い。黒猫がプリントされた黒いTシャツに灰色のロングカーディガン、レースのフリルが段になった白いミニスカート、黒のニーハイソックスに、太いヒールで爪先が丸い、黒のエナメル靴。案の定、モノトーンファッションだった。見た目はギリギリ中学生か、下手すると背伸びしている小学生だ。俺を一人っ子だと知っている誰かに見られたら、通報されかねない。
「改めて、くろすの中身だよ。本名は佐藤駆」
「えっと……。大代麻緒……」
拾ってきた初日の仔猫を彷彿とさせる、警戒心と挙動不審が抜けない少女は、ぼそぼそと名乗りながら俺の顔をじっと見つめた。
「何?」
何度も言うが、顔を見られるのは慣れていないので恥ずかしい。格好つけずに、前髪長男のままにしておけばよかった。
「思ってたより、ちゃらい……」
初対面の感想がそれか。
「……試しに、どんなの想像してたのか言ってみて」
「……眼鏡掛けた、ちょっとオタクな感じの……」
妥当すぎる。インターネットの向こうに夢を見ない少女だった。
「そんな想像してて、よく会う気になったね」
「家にいるよりいいかなって」
麻緒は、ふふっ、と小さく肩を揺らして笑った。家にいるより見知らぬオタク男と出かけるほうがマシとは、置かれている環境があまりにも切ない。
「ていうか、さっき、妹って」
「後でなんか訊かれたら、普段一人暮らししてるから帰ってこないって言っときなよ」
「うん……」
彼女の家族構成も把握していないような相手だ、本当のことを言ってやる必要もあるまい。話している間に、駅を出た瞬間から見えていた、ショッピングモールの大きな入口に着いた。
建物の中は、本当にどこにでもあるショッピングモールだ。田舎ならではの広大な敷地に、食料品売り場から服飾雑貨、本屋に靴屋に話題の飲食店、映画館まで詰め込まれた、ここに行けばとりあえず何でも揃うという場所である。広い駐車場は満車で、空いているスペースを求めて引っ切りなしに車が行き交い、まだ午前中だと言うのに通路には老若男女が犇めいている。
「多いなー」
「まだ、先月できたばっかりだから」
「どっか、行きたい店あるの?」
「……とりあえず、本屋……。新刊、買わなくちゃ」
別に目ぼしい場所があるわけではなく、普通に買い物するらしい。今日はとことん付き合うつもりなので、彼女の意見に従う。
「本屋はえーっと、一階の奥だって。あっちか」
さすが、まだオープンして一ヶ月。どこに何があるのか地元民も把握していないようで、案内板の前で立ち止まる人が多い。近寄って見ることができないので、人垣が低くなっている子連れの主婦の後ろから遠巻きに確認して麻緒に伝えると、
「便利……!」
おお……!と感動された。百五十センチあるかどうかの体格では、小柄な主婦の後ろからでも覗けまいが、口に出してしまうのはどうかと思った。




