提案
ダイニングの片付けを手伝ってから、少しだけくろすでログインすることにした。
昼間にはさらっと見ただけだった対人戦エリアを、改めて見て回る。人波に紛れてエスカレーターを無駄に三回ほど上り下りし、円形の建物の周りをぐるりと一周散策し、エントランスに入った。売店脇の階段から二階に上がると、外の景色を眺めながらお茶が飲めるカフェがあった。外に出るガラスドアがあり、テラス席もある。と思ったら、
「あれっ!ある美さん」
そのテラス席に、たおやかな後ろ姿を発見した。
「今晩は」
ある美さんは、変わらぬ無表情で軽く会釈した。
「ある美さん、テラス席好きなんだねえ」
「ええ。室内には現実で飽きるほどいますから、ゲームくらい」
事情を知ってしまってからのブラックジョークがえぐい。笑っていいところなのか分からなかったので、誤魔化すように同じテーブルに着いた。
「夕方にもちょっとだけ来たんだけど、二階まで見る暇なくてさ。カフェなんかあったんだね」
「入り浸る人種もいるでしょうから、一階の売店と合わせて空腹度の救済措置でしょう」
「なるほどなァ」
空腹度が100になる度に食料を調達しに外のエリアに行くのは面倒だし、いくら食事に無頓着なプレイヤーでも、売店のちょっとした果物類だけでは飽きが来る。やはり食事スペースは必要だった。みい子さんのたい焼き屋は正解かもしれない。今度俺も露店を出してみようかと考えつつ、店内を徘徊しているウェイトレスを呼び止め、メニューを貰う。
「基本はトルマリのカフェと一緒かァ」
メニューを確認して、ふんふんと頷いた。コーヒー各種、紅茶各種がそれぞれアイスとホットで。加えて抹茶系やチャイ、ソフトドリンクなどが、サイズごとに値段付きで書かれていた。隣のページには、軽食とデザートメニュー。
「そのようです。違うのは、最後のページだけですね」
「最後のページ?」
言われて開くと、『コロセウム限定メニュー』という見出しが躍っていた。
「……また、十回注文でレシピ貰えるパターン?」
「おそらく」
店売りメニューの多くは、注文回数がカウントされていて、規定回数注文することで会計時にレシピがもらえたり、レシピが貰えるクエストが発生するものが多い。カウントされるのは注文回数なので、他人に奢ってもカウントされる。
「……ある美さん、何か食べたいものない?」
「そう言うのではないかと思って、頼まずにいました。四種のフルーツタルトをひとつ」
「さすがある美さん。俺、今日はリアルにお腹いっぱいだから、あんまり食べる気しないんだよねえ」
アップデート初日なら、確実に俺が現れると思っていたのだろう。ある美さんの分のタルトを注文し、自分の分はやめておく。これから常時実装されるエリアなのだ、そう急がずとものんびり制覇すればいい。
「そういえば、いつも美味しそうなものを食べていますね」
思い出したように、ある美さんが顔を上げた。一瞬、Sランク料理人に何を今更、と思ったが、現実で作った料理の写真をトゥルッターに上げていることを思い出す。
「まさかある美さん、俺のトゥルッター見てくれてるの?」
「教えませんよ」
先手を打たれた。しかし、見てくれているとは嬉しい限りだ。後で意地でも探してやろう。
× × ×
ある美さんに別れを告げて、島の様子を見に行くと、昨日作ったばかりの畑の脇に、マオマオが屈んでいた。
「何してんの、そんなところで」
今日はミシンは使っていないようだ。声をかけると、マオマオはびくっと肩を震わせた。
「草、むしってた……」
振り向かず、俯いたまま発された小さな声で畑を見ると、
「げーっ」
昨日、せっかく耕した畑のあちこちから、細い雑草がピンピンと生えていた。
「作物の成長速度、大体現実の十倍なんだって」
「調べたの?」
「うん、暇だったから……」
つまり、ただでさえ成長速度の速い雑草は、毎日のように生えてくるというわけだ。あんまり放置しておくと、養分を吸われて上げた土のランクがまた下がってしまうらしい。そんなリアリティは欲しくなかった。
「さっきまで雨が降ってて、止んだら急に草の育ちが良くなった」
学校から帰って来てから、ずっとここにいたらしい。本当に、マオマオ自身も島を買ってしまえばいいのにと思いつつ、俺も草を引っこ抜くべく隣に屈む。と、
「泣いてんの?」
「な、泣いてない」
言った傍からぐすっと鼻をすすっている。とーすとのアバターは涙は流せるが、その後の目の腫れや鼻水のような細かいところまでは再現されない。それでも、明らかに泣いていたのがわかった。
「随分局地的な雨だったんだなァ」
「……」
からかってみても、何も言い返してこない。相当落ち込んでいるようだ。久しぶりの学校で、何かあったのだろうか。とーすとでは外部ツールを通じてボスへの協力要請やアイテム取引ができるよう、ゲーム中にインターネット上の情報を見たり、SNSに書き込むことができる。こそっとブラウザを開き、トゥルッターを見てみることにした。
『なんで他の人と同じようにできないんだろ』
『普通にしたいのに』
ぽつぽつと、そんな文言が並んでいた。
「んんんんん」
この痛み、覚えがある。俺は開いているウィンドウに額をごんごんぶつけて唸った。
「? 何唸ってるの?」
マオマオに不審がられて、慌ててウィンドウを消した。何か言って解決する悩みではない。前にマオマオ本人にも言った通り、他人はそう簡単に変えられるものではないし、変えてあげたいなどと思うこともおこがましい。故に、俺にできることは一つ。
「マオマオ、明日暇?」
「どうしたの、急に。……勉強する以外は、暇だけど」
「よし、じゃあ俺と遊ぼう。リアルで」
彼女に、夜寝る理由を作ってやることだ。
「……へ?」
マオマオは目尻に涙を残したまま、ぽかんと俺の顔を見た。




