彼女との出会い
トレジャーストーンオンラインの正式サービス開始から、一週間が経った。
ゲームのストーリーは、マザーグランデ崩壊を予知した女神によって、異界から呼び出された『ストレンジア』と呼ばれる存在――いわゆるプレイヤーが、世界を崩壊を食い止めるべく奔走するというものだった。選ばれしたったひとりの勇者というわけではなく、ストレンジアは女神の呼び出しに応えた異世界人の総称で、日々新しいストレンジアが召喚され、複数いることがNPCにも認知されている。
プレイヤーは、MMORPGはやったことがあるが、VR機材を使用したプレイは初めてという者が大半で、まだ皆おそるおそる、操作感に慣れながらチュートリアルから続くメインストーリークエストを攻略している段階だった。モンスターに襲われ腰を抜かして動けなくなる者や、大丈夫とわかっていても、高いところから飛び降りられない者が間々見られる中、ある程度本人視点やVRゴーグルに慣れていた俺は、一人楽しくクエストを進めていた。
「坑道に魔物が出るようになって、困っているんだ。一番奥で魔物を操っている、ボスゴブリンを退治してもらえないだろうか」
「いいよー」
始まりの村カルセドの次、山間の田舎町アパタに住むNPCのヨサクからの頼みを快く引き受けた俺は、さっそく町の近くの坑道ダンジョンへと足を踏み入れた。が、しかし。
「坑道内は、一人では危険です。二人以上のパーティでないと、中には入れられません」
「えーっ!」
首都から派遣されてきたという名もなき兵士に、あっさり入り口で追い返されてしまった。このクエストが終わったら、ヨサクがトルマリの商工会に紹介状を書いてくれて、やっと噂の便利都市トルマリに入ることができるようになるという話なのに。こんなところで、MMORPGお馴染みのぼっちに厳しいパーティクエストトラップに引っかかってしまうとは。
しかしゲームの仕様に文句を言っても仕方がないので、渋々町へ引き返し、中央広場に設けられたパーティ募集掲示板を見ることにする。プログラムではなく人間同士のコミュニケーションが醍醐味のオンラインゲームだが、いかんせんオタク人種には、喋るのが苦手な者が圧倒的に多い。また、オフラインゲームのように黙々とやるのが好きなゲーマーというのもいる。そのためパーティを募集する際には大概、どれくらい喋るのかが明記してあった。俺としては、ある程度情報はネットで拾えるにしても、ボスバトルなら連携が必要かもしれないし、少しは喋るパーティがいい。ところが、募集しているのは無言パーティばかりだった。皆、そんなに喋るのが嫌か。ヘッドセットに付属した、ノイズキャンセラー付き高性能マイクはただの飾りか。
無言パーティの募集が多すぎて、逆にどのパーティに入ろうか迷い、いっそ雑談パーティを自分で募集するかと思い立った時だった。
「ねえきみ、もしかして一人?坑道パーティ探し中だよね?」
ナンパのようなノリで話しかけてきたのが、彼女だった。
「よかったら、わたしと相乗りしない?」
長い黒髪をうなじで結い上げバレッタで簡単に留めた、成人女性アバター。化粧っ気は薄いが顔立ちそのものが整っていて、目を細めて悪戯っぽく笑う表情がよく似合っていた。冒険者の服の上にローブを羽織った旅人スタイルは、これまでのストーリークエストでもらえる装備そのままだ。スロットは二つしかないが、大きなブティックのあるトルマリに着くまでの繋ぎには十分ということで、通りすがるプレイヤーは大体同じ格好をしている。かく言う俺も、例に漏れず。
「お姉さんも、ぼっちトラップに引っかかった人?」
「そうなんだよ。いやあ、参ったねどうも」
やれやれと、頬に手を当て大げさに頭を振る女性に、俺は思わず肩を揺らして笑った。
「笑っているけど、きみも同じじゃないの?」
「まあ、そうだけどさ」
と言っても、見ての通りパーティ募集は大量にあるのに、なぜわざわざ俺に話しかけてきたのだろうか。
「なんでよそのパーティに入らず、自分に話しかけてきたんだろうって顔をしているね」
俺の心中を言い当て、彼女はくっくっと喉の奥で笑った。
「暗くて狭い場所があまり得意ではなくてね。いつものように画面の向こうならまだしも、リアリティが売りのVRでしょう。そこに無言野良なんて、余計気が滅入ってしまうじゃないか」
そこでゲームをしないという考えには至らないところが、ゲーマーらしいというか、なんと言うか。
「というわけで、わたしと喋ってくれそうな――というか、わたしが気を紛らわすために一方的に喋ることに、適当に相槌を打ってくれそうな相手を、先ほどからそこのベンチに座って物色していたというわけだよ」
広場のベンチを指差し、しれっと言う女性だった。
「つまり、俺がめっちゃ適当に相槌を打ちそうな奴に見えたと」
「わたしの御眼鏡に叶ったこと、光栄に思いたまえ」
いちいち身振り手振りと口調が大仰な女性は、にこっと愛嬌のある笑顔を向けると、腰に手を当てて訊ねた。
「ということで、パーティ申請をしたいので、名前を教えてくれない?」
「くろすだよ」
俺が答えると、彼女は綺麗な二重の目をぱちぱちと瞬かせ、面食らった顔で黙った。
「どうしたの?」
「ああ、いや。わたしの名前はくろのすと言うんだよ。似た名前だったから、少し驚いただけさ」
その言葉と同時に、頭上にはXくろのすXという文字が点灯した。
それから、俺とくろのすは事あるごとに一緒に行動するようになった。と言っても、同じ時間に学校と家を往復するだけの俺と違い、社会人の彼女のログイン時間はまちまちだった。早朝に三十分だけだったり、夜遅くだったり、丸一日ログインしなかったりと定まらないので、常に一緒だったわけではない。普段は好きに遊んでいて、くろのすが薄暗い洞窟や小道の続く迷宮系ダンジョンに行きたい時だけ話し相手として都合よく呼び出されるという、いわば使い魔と契約主のような関係だったというのが正しい。が、彼女の傍は居心地がよかったので、断ることもなく付き合っていた。俺も受験生ではあったが、勉強の合間に毎日ログインして細々と遊んでいたので、俺とくろのすのランク差は広がるばかりだった。パーティボーナスが切れないように、適度に怠けて調整していたことは、本人には言っていない。
「バイトと本業の兼ね合いでね。なかなかまとまった時間が取れないんだよね」
「のす姉の本業って何?」
名前が似ていてややこしいということで、徐々に増えた知り合いたちが、くろのすの『のす』部分を強調して『のすのす』とか『のんちゃん』とか呼んでいるのを聞いて、俺も『のす姉』と呼ぶようになっていた。
「そのうち教えるよ」
普段は凛とした大人の顔をしているのに、笑う時だけ小さな子供のような顔になるのが、好きだった。




