思い出のアルバム
父も加わった食卓でも、赤城の勢いは衰えなかった。
「良い食べっぷりだなァ。駆は食が細いからねえ」
「そうよねえ。巧くんくらい食べたらもっと背も伸びるんじゃないの」
「無茶言わないで……」
食が細いと言っても、俺も一人前は普通に食べる。赤城の食欲が旺盛すぎるだけだ。
「ごちそうさまでした!」
皿の中身を綺麗に平らげてしまった一同は、満足気に手を合わせた。
「はーい、お粗末様でした」
母が皿を引こうとすると、
「あ、あの、片付け手伝います」
「うちも」
真青と海鳥が慌てて立ち上がった。
「いいのいいの。言ったでしょう、お客様なんだから」
「でも……」
「よっし、駆の部屋行こうぜ!」
ご馳走になったのに何もしないのが憚られるようで、恐縮している女子陣に対し、赤城は全くブレない。見かけだけでもちょっとこう、遠慮とか誠意とか、何かないのか。別に構わないけれども。
「ほら、二人も一緒に行ってらっしゃいよ」
「別に面白いものはないと思うけどなァ……」
結局どうしても拒否ができず、背中を押されて案内させられる俺だった。
階段を上って、一番手前のドアが俺の部屋だ。
「ホント、何もないからね」
一応念を押して開ける。
「おー、片付いてんじゃん」
「お邪魔しまーす」
「ほんまや、綺麗にしてんねんな」
フローリングにカーペットを敷き、真ん中に黒い座卓、壁際にスチールラックと本棚とベッド。勉強机とPCデスクは隣同士に並べて配置して、一つの椅子で横移動ができるようにしている。そしてテレビとテレビ台。衣類はクローゼットの中なので、殺風景なものだ。綺麗にしているというか、物が少ないので散らからないというだけだったりする。唯一飾りらしい飾りと言えば、ベッドで添い寝してくれる例のぴーすぃーちゃんぬいぐるみくらいだった。
「うわ、画面二つある」
「さすが、パソコンごっついなー!」
赤城が引き、海鳥はPCデスクの脇に置いているタワーPCをまじまじと見る。父に頼んで組んでもらった、ハイスペックな愛機だ。組むのが好きな父と結託して、かかった費用は母には言わないことになっている。
「この分厚いテレビ、久しぶりに見たよ」
今ではほとんどお目にかかれなくなったブラウン管テレビに、真青が目を丸くする。
「ゲーム専用だから、放送は映らないんだけどね」
リビングにあったものを液晶に買い換えた時に運び込んだので、やたらでかい。
「へー」
「つーか、めちゃくちゃゲームあるな」
スチールラックに並んだ機材の数々を眺め、赤城が嘆息した。古き良きカセットの時代から、黒くてスタイリッシュな最新機まで、一通り並べてある。といっても、古いほうから半分は、父と共有財産のようなものだ。
「ソフトもめっちゃあるやん」
本棚の上段を埋めるタイトルに、海鳥のテンションが上がっている。やっぱりゲーム好きのようだ。
「アンタ実はお坊ちゃんか」
嗜好品と贅沢品のオンパレードに、思わず海鳥が突っ込んだ。
「母親がテレビ出てるんだもんなあ」
赤城も呆れている。
「お父さん、何してる人なんだっけ」
「システムエンジニア」
「なんか高そうな職業やーん」
よそと比べてどうなのかとか、親の収入のことは、正直よく知らない。ゲーム機やデジタル機器に関しては、父の趣味と被っているので品揃えが良いということもある。
「漫画も綺麗に数字揃えて並べてあるし、几帳面だなーお前」
「そう?」
並んでいないと、いざ読みたい時に探すのに苦労するではないか。
「巧がずぼらすぎるんだよ。何でもその辺にほったらかすんだから」
また真青に小言を言われ、赤城が煙たそうに眉をしかめた。
「……もう、いいですか……。そんなに面白い部屋じゃないでしょ」
「いや、待て待て。これ卒アルじゃね?」
本棚をつぶさに見ていた赤城が、最下段のケース入りの本に目を付けた。
「わーっ!」
「ええもん見つけたやん赤城!見よ見よ」
奪おうとする俺の顔を赤城が掴み、その間に海鳥と真青が速やかにケースから出して開く。なんだそのチームワークの良さ。クローゼットに仕舞っておくんだった。
「やだ、小学校のじゃん!駆君何組だった?」
「言わないからね」
「ほんなら探すまでや!えーっと、佐藤、佐藤」
座卓にアルバムを広げて三人で額を突き合わせ、真剣に探し始めた。そして、
「あっ!これちゃう?!」
海鳥が、三組に目的のものを発見した。
「既に前髪長え」
なんせ反抗期真っ盛りの頃からなので、この前髪とは長い付き合いだ。
「せやかて、生まれた時からやないやろ?もっとちびっこいの探したら、顔見えてるのあるんと違う?」
「一年生の写真から見よう」
「よう考えたらうち、駆の顔知らんわ」
言い出しっぺの割に、海鳥が早々にリタイアした。
「ちょっと待っててね、絶対一枚くらいあるって……。あ!これじゃない?!」
真青が指差した写真は、体操服を着ておにぎりを頬張っている写真。多分、小一の運動会の時のものだ。
「はあ?!めっちゃ可愛いやん!!女の子みたいやん!!!」
海鳥が今の俺と顔を見比べて、悲しそうに眉を歪めた。とても無礼な表情だ。言いたいことがあるなら言え。
「あ、ここにも写ってるよ」
今度は合唱コンクールの写真だった。他にも、二年の社会科見学、三年の文化祭と、真青は順調に見つけて行く。案外写っていて、自分でもびっくりだ。ドヤ顔でピースサインを決めているものまであったが、全く記憶にない。若かりし頃の俺は、こんなにやんちゃだっただろうか。
四年以降は、カメラを忌避し始めたこともあって、集合写真以外で写っているものはなかった。
「確かに、師匠と似てんな」
上から覗き込んだ赤城が、先ほど見たばかりの母の顔と比べるように、視線を斜め上に逸らして言った。
「うんうん、そっくり」
「今も?」
海鳥が、写真と実物を再び怪訝そうに見比べる。そんなに信じられませんか。
「今も似てるよ。ねっ」
「そうかなァ……」
「ほぉん?」
にやりと笑った海鳥の手が、俺の前髪を狙ってわきわきと動いたので、俺は危険を察して慌てて離れた。
「流石にガード堅い」
獲物を狩る目をしたハンターが、舌打ちした。直視されるのは勘弁願いたい。真青にやられたときなど、本気で心臓が止まるかと思ったのだ。
「しかし、よく置いてたな、卒アルなんか。俺中学卒業した時に捨てたぞ」
「大丈夫、万理ちゃんがこっそり拾ってたからどっかにあるよ」
「は?マジかよ」
思春期の男子あるあるだった。
「元々、写真は取っとく派なんやろ?ほら、あっちにも写真立てあるやん」
俺の前髪を暴くのを諦めた海鳥が、スチールラックの一角を指差した。
「ホントだー」
それは、先ほど優勝盾を飾っていた段だった。真青が立ち上がって、覗きにいく。不自然に空いているのがバレませんようにと、俺はそれだけを祈る。他の写真は、中学の卒業式に家族で撮ったものと、父の実家で飼っていた猫の写真くらいで、見られたところで大したものは――。
「あれ?これは?」
真青が、奥に隠れるように立っていた、埃を被った一枚を手に取った。
「なになに?」
海鳥と赤城も脇から覗き込む。
「なんだっけ、それ」
俺も、置いてある写真の内容などすっかり忘れていて、改めて覗き込み、息が止まった。
「この人、誰?」
「綺麗な人やなあ。てか、コレ駆の素顔か。可愛い顔してるやん」
「ツーショット?彼女……じゃあるまいし、芸能人か何かか?」
三人が口々に、疑問符を並べる。それは、珍しく前髪を上げて笑っている俺と、凛とした空気をまとい微笑む、黒髪の美しい女性の写真だった。




