かにたま
校門前まで戻ってくると、ウサギ先生は改めて全員の顔を見渡した。
「それじゃ、決めてた通り、大会出場はこいつら三人でいいな」
パソコン部と、おそらく誰かの視点越しに見ているだろう鶴崎先生に向けて言う。すると、
「あの、ひとつ相談なんですけど」
コン先輩が、おずおずと挙手した。
「なんだ?」
「そっちのチーム、今三人しかいないんですよね」
「そうだけど……。まさか、入れろって?」
今更混成チームにしろなどと言うわけではあるまいなと、ウサギ先生は警戒心を滲ませる。鶴崎先生との確執は思ったより根深そうだと、俺たちは悟る。
「あ、いや、俺じゃなくて。……かにたまを、連れていきませんか?」
「うえっ?先輩何言ってんの?」
興味なさげにあくびなどしていたかにたまが、急に話題の中心に据えられて狼狽した。コン先輩は何か決心した顔で続ける。
「俺たちは三対五でも負けたけど、本番じゃフルチームでもっと強い学校だってあると思うんです。その時に、数の不利はかなり、響くんじゃないかと思って」
「……それで?」
「自分らに勝ったチームに、簡単に負けてほしくないんで。うちで一番強いのはかにたまです。使えると思います」
確かに、あーさんがいなければもっといいところまで行けたかもしれない人材だ。味方であれば心強いが。それを聞いたウサギ先生は、ふーん、と顎をさすって、
「かにたま自身の意見は?」
狐目の青年を見た。
「そりゃ、出られるなら出たいっすよ。出られる対人大会に出ないなんて、百鬼夜行じゃない」
かにたまは即答する。それから、にやっと口角を上げた。
「何より、その三人と一緒に戦うの、楽しそう」
回答が気に入ったようで、ウサギ先生も鼻を鳴らして笑った。
「お前らは?」
「俺は別にいいぞ。どうせこっちの正体もなんとなくバレてんだろ?強い奴は多い方がいい」
「俺も。やっぱ三人で五人相手にするのきついなって思ったし」
蘇芳と俺はすぐに頷き、一同の視線は自然とルリに向く。
「私は……。二人がいいなら、いいよ」
「ホントか?できれば三人でやりたいんじゃねえの?」
何か思うところがありそうなルリを、蘇芳が茶化す。ルリは困ったように笑った。
「本音言えばそうだけど。でも、それで負けちゃったら、本末転倒だもん。二人がそうしたほうがいいって言うなら、そうすべきだと思う」
ルリの言葉にウサギ先生が、ふっと笑った。
「だそうだ。どうする、かにたま」
「えーっ!待ってよ、大会に出られるなら、もっとかっこいい名前にするんだった!」
懸念が全然違うところにあった。なにしろかにたまだし、星まで入っているし、イマイチ格好が付かない名前ではある。しかし気合の入っていないサブアバターでも、しっかり壁は越えているはずなので、改めて戦闘狂の恐ろしさを知る。
「最初から俺たちが出られないってわかってたような口ぶりだな」
コン先輩が、怪訝そうに訊ねた。
「バレちゃしょうがない。そうだよ、パソコン部は最初から本戦前に負けると思ってました」
かにたまはあっさりと認めた。
「ひっでえ」
「裏切り者ー」
コン先輩とまっするが口々に抗議の声を上げた。
「だって、五人いて、まともに戦えるの先輩とまっすると俺の三人だけでしょ?その中で一番強いのが俺って、普通に絶望っすよ」
普段から対人をやっているが故に、自分の実力を正しく把握しているのだ。自信の有無とは別の、冷静な判断が伺えた。
「なら、彼らなら本戦まで行けると?」
「うん。トルマリで一対一やってた時から、こいつら出てきたら面白そうだなって思ってた」
「観てたの?」
「いや。ギルメンに録画見せてもらったんだ」
「撮られてたのか……」
さすが、対人戦あるところに百鬼夜行ありだ。今後トルマリでのバトルは控えたほうが良さそうだ。この分だと、くろすが絡まれているのも撮られているかもしれない。
「そういうわけだから、俺は仲間に入れてくれるなら超ラッキーって感じ」
「鶴崎先生は何て?」
「やれることはやっとけって」
「つるりんらしいな」
蘇芳がくっくっと肩を揺らして笑った。
「そういうことなら……。まず、顔合わせて話そうか」
ウサギ先生が、そう提案した。中身が誰なのか想像が付かないので、それは俺も賛成だ。蘇芳とルリも、うんうんと頷いた。
「いいよー。どこに行けばいい?」
「十分後に、保健室でどうだ」
「オッケーオッケー」
軽い返事が返ってきて、じゃあログアウトするからまたね、とかにたまは速やかに去っていった。人の多い場所でログアウトすると、次回接続が重くなったりするので、人気のないところで落ちるのだろう。それを合図に、パソコン部は各々挨拶して、好きな場所に散っていった。
× × ×
ログアウトした俺たちを、原田校長がホクホク顔で出迎えた。
「いやあ、いくつになってもこういうのは心が燃えるねえ!」
後半、校長が見ていることを忘れてふざけた会話をしてしまっていたので、実はかなり冷や汗を掻いていたが、楽しんでもらえたようでよかった。
「佐藤君の指の動きも、楽器を弾いているみたいで面白かった」
「えっ、そこですか」
母には気持ちが悪いと不評のタイピングなのだが、そういう意見もあるのか。
「この後用事がなければ、もう一試合くらい見せてもらいたいところだよ。残念だ」
PCを片付けにかかる麻木先生を率先して手伝いながら、校長はあの動きが良かった、あそこはもっとこうしたほうが良かったんじゃないかとしきりに感想を述べる。
「大会、頑張ってねえ。あ、プロジェクターは返しておくから」
そして、来た時と同じようにプロジェクターを抱えて、和やかに微笑みながら去っていった。




