たい焼き占いリターンズ
控室を出てホールに戻ると、
「よう、おつかれ」
ウサギ先生がポケットに手を突っ込んで近付いてきた。
「先生!ナビ、ありがとうございました!すっごく助かりました」
ルリが頭を下げる。
「大したことはしてねえよ。よくやったな」
誉められて嬉しそうに笑うルリの顔は国宝級の眩しさだ。守りたい、この笑顔。
「へっへっへ、後でツルセンの顔見に行ってやろう。絶対不機嫌だぜ」
一方の先生は、今日一番の悪い顔をしていた。一緒に観戦していたサバみりんは先にログアウトしたそうだ。鶴崎先生が、この顔を見なくてよかった。
「ツルセン?」
聞き慣れないニックネームに、蘇芳が首をかしげた。
「あの狸親父、俺が学生の時もウチの学校で教師やってたんだよ。そんときはまだ新任だったけど」
「そうだったんですか」
問題児と新任教師、十数年来の因縁ということか。成績の良い不良には、鶴崎先生も手を焼いたことだろう。情報を流さなかったことも、ちょっとした意趣返しのつもりだったのかもしれない。
「あ、パソコン部も戻ってきたよ」
ルリの声でワープポイントを見ると、疲れた顔の面々がこちらにとぼとぼと歩いてきた。
「いやあ、完敗だよ……。嫌な予感はしてたけど、こんなに強いと思わなかった」
肩を落とすコン先輩。
「『警戒するのは白いのだけ』って話だったのに、全員戦えるんだもんな」
まっするも首を振る。そんな話があっていたとは。凛子がため息をついて頷いた。
「当の白いのは、一番対人慣れしてるかにたまマークして他はアウトオブ眼中だもん。嫌になっちゃう」
「それは結果的にそうなっただけで……」
開始五分は二人に任せるという条件だったので、広場にいるのを見ていただけで、別にマークしていたわけではない。なぜ買い被られてしまうのか。
「そうそう。結局喋りながら手の平で転がされたって感じ」
終いには、かにたま本人までそんなことを言い始めた。
「緊張感なかったよなあ」
「マゾのほうが対人戦上手くなるの?」
「「酷い」」
控室からフィールドの様子を見ていた凛子の発言に、思わず俺とかにたまの声がハモった。
「マゾって、誰が?」
ルリが首をかしげる。
「ルリちゃんは知らなくていいことだよ」
そっと肩に手を置いて、さり気なく俺とかにたまから遠ざけた。ちょっと美人に見下されながら刺されたいって話をしていただけではないか。心外だ。
「なんだ、仲良くなったのか?若いねえ。そろそろ帰るぞー」
ウサギ先生の声に各々が返事をして、一同は来たとき同様にぞろぞろとコロセウムを後にした。
建物の外に出て、ウサギ先生が解散の号令を掛けようとした時だった。
「そこのお兄さんと少年少女諸君!社会科見学のお供にたい焼きはいかがかにゃ?」
一度聴いたら忘れない、甲高いアニメ声と濃い口調に、ウサギ先生の端正な顔が歪んだ。
「……みいちゃん、今は俺、仕事中なの。みいちゃんと遊んでる場合じゃないの」
通路の端に、みい子のたい焼き屋コロセウム支店が開店していた。口に手を当て、みい子さんがにやにやと笑っている。
「にゃにゃー?仕事ならなおのこと、手を抜くべきだにゃん?商店街のよしみでサービスしてやるから、たい焼きでも食べるにゃん。ウサちゃんの好きなつぶあんだにゃん」
「おい、誰だ?」
突然現れたキワモノ系プレイヤーに、蘇芳が少し引きながら俺に訊ねる。
「先生と同じ、商店街のメンバーだよ。たい焼きレシピが好きなみい子さん」
「にゃっはっは!ウサちゃんったら、先生なんて言われてるのにゃ?似合わないにゃ~ん」
「俺もそう思うけど、事実だからな」
結局押し売りに負け、差し出されたたい焼きを受け取る先生だった。
「珍しい、今日は尻尾から食べるんだにゃ。ちょっと慎重になってることがあるにゃん?」
「こいつらにもサービスしろ。俺と店長の後輩だ」
呆気に取られて二人を見ている一同を親指で差すと、みい子さんはそれを大きな猫目で一瞥し、
「そういうことなら、喜んでサービスするにゃん。諸君、食べたい味を言うにゃん」
怒涛のキャラの濃さに追い付けていないパソコン部を差し置いて、
「じゃあ、今日は苺ジャム」
とりあえず、俺が率先して頼む。たい焼きは形が鯛を模しているというだけで、実態は小麦粉生地を焼いたものなので、一見奇抜そうに見える具材でもそうそうおかしな味にはならない。それに、みい子さんのたい焼きは具に合わせて衣の味も変えてあるのだ。どれを選んでも、不味いということはないだろう。――視界の端にわさび味やジンギスカンキャラメル味が見えるのは、気付かないことにする。
「はいよ、苺ジャム!」
「ありがと」
その様子を見て、害はないと判断したのか、蘇芳とルリは露店に並ぶ様々なたい焼きを物色した後、
「じゃあ俺、焼きそば」
「えっと、私は白あんで……」
みい子さんのたい焼き占いの信憑性は定かではないが、なんとなく性格が出るなァと思いつつ、俺は頭からかじり付いた。
「にゃっはっは、誰かと思ったら学ばないにゃんね。ついこの前、カスタードで同じことしたにゃん?」
はみ出たジャムに慌てている俺を見て確信したようで、みい子さんが腹を抱えて大笑いした。人を指差すな。
「だって、まさかジャムもこんなに入ってると思わなかったから」
「でも、美味しいにゃん?」
「うん」
生地が厚めで、ジャムが果肉の形を保っているので食感がいい。それに、甘さが控えめなので量が多くても甘ったるくない。みい子さんと俺が知り合いらしいと気付いた二人が、目配せしながら自分達のたい焼きを食べ始めた。それを見て、みい子さんは更にニタァっと犬歯を見せて笑った。
「赤いイケメン、尻尾を手で千切ってから、千切り口から腹に向かって攻めていくとは面白いことするにゃん。焼きそばなんてジャンクでニッチな具に躊躇いもなく手を出すかと思えば、具の味を確かめて、口直しが必要ないとわかってから尻尾を食べたにゃ。勇気と冷静さを兼ね備えたクールガイだにゃん」
「そらどうも」
突然始まった性格診断に蘇芳は怪訝そうな顔をするも、誉められているので軽く頭を下げる。
「一方で、ちょっと慎重になりすぎて、王道の情熱をどこかに忘れてきてるにゃん?この広いマザーグランデで、何か見つかるかにゃ?」
続く言葉に、むっとした顔で黙った。いつもなら言い返すか怒るかするところなので、ルリと俺は顔を見合わせる。
「青いカワイコチャンは、味のチョイスといい、半分に割ってからバランス良く食べるところといい、優等生って感じにゃん。白あんを選んだその心は、白いのや赤いのみたいに元気に冒険してみたいけど、まだちょっと勇気が出ないってところかにゃん?」
「当たってるんじゃないか?」
ウサギ先生がけらけらと笑い、図星だったのか、ルリが肩を落とす。
「大丈夫にゃん。白あんちゃんは派手さはないけど、確実に堅実に、ちゃんと前進できるタイプにゃん。案外、自分ではできないと思ってることも、できてたりするものにゃ。もっと自分に自信を持つにゃん」
「は、はい」
最後に、にこーっと笑顔を向けたみい子さんに励まされ、ルリが真剣に頷いた。言いたいことを概ね言ってくれたので、俺はほっとする。たい焼きの食べ方だけで人の心を見抜くみい子さんは、一体何者なのだろうか。
「そっちのブレザーの子たちも食べるかにゃん?」
「い、いえ、俺たちは大丈夫です……」
完全に置いてけぼりを喰らってぽかんとしていたコン先輩が、苦笑いで首を振った。占いを恐れたのかもしれない。
「今日はアップデートのお祭りにゃんよ?釣れないことを言うんじゃないにゃ。そこの金髪、選ぶにゃん」
「お、俺っすか」
急に指名されたセイゴが、自分の顔を指差して慌てる。
「ええっと……。じゃあ、チーズ……」
「はい、味わって食べるにゃん」
差し出されたとろけるチーズ味を受け取ったセイゴは、少しためらった後、腹にかじり付いた。
「一見頭のほうより具が多そうに見えて、最初の一撃は微妙に遠い、そんなお腹にかじりついた金髪クン。きみは他人との距離感がわからなくて、よく失敗するタイプと見たにゃん。伸びるチーズみたいにしつこくして、煙たがられたりしたことはないかにゃ?」
「うっ」
「美味しいけど一癖ある変わり種を選びつつも、本当は王道が食べたかったりするんじゃないかにゃん?でも、青い子が白あんを優等生だって言われたせいで、選べなかったにゃ?」
どうやら心当たりがあるようで、セイゴの背中に哀愁が漂い始めた。みい子さんは基本的に、歯に衣を着せるということをしない。
「金髪クンは金髪クンだにゃん。白いのや赤いのにはなれないにゃん。人の意見を気にしすぎず、好きなことを貫けば、きっと楽しいと思うんだけどにゃ」
まるで、カンペでも読んでいるかのようにすらすらと話すみい子さん。もはや具材に関係なさそうな占い結果に、セイゴが目に見えてしょぼくれた。
「こいつの占いなんて、ほとんど誰にでも当たってる気がするようにできてるもんだよ。思い当たる節があるなら、直しゃいい」
三人三様に何か考えている姿を見て、ウサギ先生が盆の窪をさすった。最後の一口を放り込み、行くぞ、と一同を促す。
「若者たちよ、せいぜい悩むがいいにゃ~ん。またのお越しをお待ちしてるにゃんよ」
ひらひらと優雅に手を振るみい子さんに見送られ、俺たちは今度こそ、賑やかな新フィールドを後にした。




