校内戦 中編
迷彩のクールタイムは三分だ。また消えられる前に捕捉しなければならない。セイゴのいる広場に向かって走り出しながら、ルリと蘇芳が訊ねる。
「なんであいつが鈴木なんだ?」
「鈴木君って、とーすとやってないんじゃなかったの?」
「最近始めたんだと思う。多分、俺がげきま部に入ってから」
もっと言うなら、おそらく真青が俺にとーすとの遊び方を訊くふりをして頼み事をしてきた、一週間前に。だから翌日、どうなったのか聞いてきたのだ。
「それならまだ迷彩がFランクでも納得だけど……。本当に?」
「それだけじゃないよ。鈴木の下の名前、成悟っていうんだ」
「……あっ」
言われて、出席簿か何かのことを思い出していたらしいルリが、小さく声を上げた。
「俺もついさっきまで忘れてたけど」
クラスに佐藤が三人いるので、俺は下の名前やフルネームで呼ばれることも多いが、鈴木姓は二年三組に一人しかいない。ほぼ苗字呼びだ。どこかで聞いた名前と思いつつも、試合が始まるまで思い出せなかった。
「じゃあ、ほぼ間違いねえな」
「かにたまが消えたのは、セイゴの時間切れで囮役を入れ替わるためか」
俺たちの話を聞いていた先生が、ふーん、と何か考えている。
「まあ、狙わない手はないよね」
三人目を潰せば、最悪こちらが二人やられても一人逃げ切れば勝ち。一週間ではそもそも操作自体に慣れていないだろうし、次の標的にするにはうってつけだ。
「えぐいなー。友達じゃないのか」
先生がけらけら笑う。
「友達といえば友達かもしれないけど……。一発殴りたい」
関係を問われれば友達と答えるしかないが、さほど深い付き合いではない。それに、正直言って最近のしつこさには辟易している。下手すれば本気でストーカーだ。
「しっかし、面倒くせえな。スキルが育ってねえんなら、鈴木自体はゴリ押せばすぐやれるだろうけど、残り二人が仕掛けてくるよな」
コン先輩は予選最終組に残れるくらいの実力はあるし、かにたまの動きは未知数だ。無策に広場に飛び込むのは危険だった。
「向こうだって、一緒だと思うよ。俺が動かないから、焦れてると思う」
「ていうか、このままタイムアップでも、私たちの勝ちだよね?」
「そら、そうだけどさあ。どうせなら完勝決めたいよな」
「欲張りだなァ」
蘇芳の絶えぬ闘争心に呆れながらも、スッキリした気持ちで学校代表の座を勝ち取りたいというのは、三人共通の本音だった。
「ナル、例えば二人が釣られたとして、援護できるか」
ウサギ先生が訊ねた。俺は頷く。
「距離と位置は問題ないよ」
「わざと当てずに、攪乱するのは?」
「……やってみようか?」
「頼もしいったらないね」
悪い大人の楽しそうな声を俺が了承すると、今度は二人に指示を出した。
「蘇芳、ルリ。セイゴに釣られてみろ」
「はいっ」
「了解」
蘇芳とルリが口々に返事をして、広場に走り出した。先に着いた蘇芳が、
「見つけた。キャスト、真空刃!」
二挺拳銃を構えて辺りを警戒しているセイゴを捉え、威嚇に一発。俺はその様子を、ゴシブラを構えたまま目で追う。
「キャスト、盾」
セイゴは辛うじて防ぐが、一撃で割れた。やはりスキルが育っていない。始めて一週間では、他のメンバーに協力してもらったとしても石も揃わないだろうし、仕方ないことではある。すかさず蘇芳の右手から矢が飛んできて、かにたまが姿を現した。
「キャスト、乱射」
「キャスト、盾四方」
弓の範囲攻撃が降り注ぎ、蘇芳が屈んで盾を展開した。ルリもその範囲に入り、攻撃が止むのを待つ。
「くっそー、リア充め」
息の合った二人を見て、かにたまが悪態をついた。傍から見ればそうとしか見えないし、鈴木からの情報やルリの外見から、中身の見当が付いていてもおかしくない。二人が反論もしないので、いよいよ空気が剣呑になっていく。しかし当の二人は意に介さず、かにたまを蘇芳が、ルリがセイゴを睨みながら、背中合わせでじりじりと間合いを計る。近くにコン先輩が潜んでいる可能性が高いので、迂闊に動くことができない。パソコン部としても、俺がずっと身を潜めているので、動けないのだろう。膠着状態が続く。もうすぐ三分、セイゴの迷彩が再び使えるようになってしまう、という時。
「ナル、やれ」
ウサギ先生が、ぼそりと言った。
「うぃっす」
俺は狙いをセイゴに定め、一発放った。
「うあっ?!」
ゴシブラの一撃はしっかり首筋に当たり――ピンク色のインクが弾けた。
「おっ、ナイスコントロール」
「ペイント弾?!どこからだ!」
即座に、姿の見えないコン先輩の声が飛ぶ。ペイント弾はアイテム分類の特殊弾で、攻撃力はない。
「よそ見してんなよ!」
コン先輩の声で一瞬意識が逸れたかにたまに、蘇芳が突撃する。その背中に向けて発砲したセイゴの攻撃を、ルリが弾いた。蘇芳の一閃を飛び退いてよけながら、かにたまが叫んだ。
「あっ!時計台!」
俺はわざと広場から見えるように時計台の展望室から飛び降り、ゴシブラを構えたまま走る。
「あそこから?!二人とも、あいつを合流させるな!」
「りょ、了解!」
首に当てたのは、いつでも急所を狙えるぞという脅しでもあった。蘇芳とルリのペアを相手にするより、先に俺一人を三人で潰すほうがいいと判断したのだろう。コン先輩がこちらに来るかもとは思っていたが、三人とも動き出したのは結果オーライだ。
「キャスト、転移」
かにたまは即座に蘇芳の前から撤退し、少し離れた屋根の上に出現して、俺目がけて走り出した。一拍遅れて、セイゴも走り出す。ペイントを付けたので、迷彩はもう使えない。
「くっそ!」
出し抜かれた蘇芳の苛立ちが聴こえる。二人もすぐに後を追うが、かにたまが振り返り、弓で足元を狙ってくる。
「キャスト、粘網」
「うわわっ」
ただでさえ傾斜のある屋根の上では思うように速度が出ないというのに、そこに足止めのトラップまで仕掛けてきた。避けようとしたルリが体勢を崩して屋根から落ちそうになり、蘇芳が引っ張り上げる。
「そこのカップル、息合いすぎ」
「羨ましいだろ」
苦い顔をしたかにたまに、蘇芳がニヤッと笑った。否定しないことでイラつかせる作戦らしい。かにたまは苦々しげに口元を歪めながら威嚇を続ける。
「やるな、あの弓」
「うん、やりづらい」
先生の声に頷きながら、俺はゴシブラでかにたまを狙って一発撃った。
「わお!」
間一髪で避けられた。動きがいい。先ほどから楽しそうにしているし、他のメンバーよりも表情に余裕が見られる。
「……対人好きのサブかな」
「可能性はあるな」
俺たちががそうであるように、他のチームにも身バレを危惧して同じことをしているプレイヤーはいるはずだ。対人戦で有名なプレイヤーならなおのこと、情報収集されたり、警戒されるのを嫌ってサブアバターで参加する可能性は高い。
「てことは、コン先輩とまっするのツートップと見せかけて、かにたまが主砲か」
そのうち二人がこちらに向かっている。いずれ蘇芳とルリが追い付くにしても、少々分が悪い。
「キャスト、ブラスイーグル」
かち合う前に装備を入れ替える。スキルも入れ替えつつ、足場を確保すべく俺は屋根を飛び降りた。空中にいる俺を狙ってきたかにたまの矢を、身体を捻って撃ち落とす。
「やるなー」
「そっちこそ」
すると、犬歯を見せて笑ったかにたまが、
「キャスト、鎖鎌」
弓を双剣分類の二本の鎌に持ち替え、屋根から降ってきた。




