ストレンジアズ・コロセウム
新エリア、ストレンジアズ・コロセウムは、ドーム型球場を思わせる、潰れた円柱形の近未来的な建物だった。
「おおー」
蘇芳が手で庇を作り、眩しそうに巨大建造物を見上げる。
建物の前には横幅の広い階段があり、端にはエスカレーターもあったが、そちらはかなり混んでいた。現実と違って上るのに体力を使うわけでもなし、階段を使ったほうが明らかに速いのだが、新しいフィールドギミックがあると一度使ってみたいのがマザーグランデの民だ。案の定、一同全員興味を示していたが、エスカレーター待機列に並ぶのは時間も惜しいので、大人しく階段を上る。
二段ほど上を行くコン先輩に、俺は話しかけた。
「コン先輩、ウヴァロ杯出てましたよね。まっするも」
「二人とも予選落ちだったのに、よく知ってるなあ」
ウヴァロ杯の予選大会は、今回のアップデートで実装されたメーレーの、ベータテストのようなシステムだった。参加プレイヤーは、百人ずつランダムに荒野フィールドに転送され、強制的に奇襲許可HP0設定になる。そこから三十分のバトルロイヤルを行い、最後まで残った一人、または残ったプレイヤーの中で最も他の参加者を倒した数が多い上位一名が次のバトルへ、という感じで、上位三十二人になるまで繰り返された。実際何人参加したのかは知らないが、丁度世間でも知名度が上がってきた頃でもあり、気軽に参加できたことや、初めての対人大会だったこともあって、数万人規模だったと聞く。
ちなみに俺は、一番派手な初動はとりあえず迷彩と盾で隠れ凌ぎ、落ち着いてきた頃に片っ端から弓でヒットアンドアウェイというチキンな戦法を取っていた。後からあーさんがいたブロックの動画を見たが、それはもう、テロリストかくありきと言わんばかりの、マトリョーシカ爆弾とゴーレムによる大量虐殺が行われていた。本選決勝まであーさんと出会わなかったのは、本当に僥倖としか言いようがない。
「でも、二人とも結構いいとこまで行ってませんでした?」
「確かに、最後の三十二試合までは行ったんだけどなあ。くろすに仕留められた」
「俺も」
その節は申し訳なかった。俺が覚えていたのはそういうわけだ。二人とも近接武器使いだったので、弓が有効だったのだ。
「ナル、くろすのファンだもんね」
ルリが言う。いつの間にそんな設定に。しゅがーがくろすの真似をしていると言ったことと、ネタ装備師であることから曲解されたようだった。
「うん、まあ」
かと言って訂正することでもないし、誤解されているほうが都合が良さそうなので、適当に頷いておいた。ウサギ先生が口を押えて顔を背けている。笑うなら笑え。
「そういうきみらこそ、最近トルマリで有名になってるよね?」
「そうなんですか?」
「カエデ装備の三人組ってよく掲示板で見るよ。アルミ板とか、トルマリ通信辺りで。学園杯の参加者かもしれないとは思ってたけど、まさか予選より早く戦うことになるとは思わなかった」
「知らなかった……」
ルリが驚いている。そりゃあ、ただでさえ目立つカエデ装備が三人集まって、しかもある美さんと仲良くしていたら、トルマリ市民はすぐに噂にするだろうとは思っていた。練習試合のときもギャラリーが見ていたし、少し目立ち過ぎたのは否めない。これから気を付けたほうがいいかもしれない。
いくつも並んだガラスドアを押して建物の中に入ると、圧巻の設備だった。
「うわぁー!」
吹き抜けの広いホールは、壁一面を天井までモニターが埋め尽くし、現在行われている試合が引っ切りなしに放映されている。その手前にずらりと並んだ四角いタッチパネル付きの箱で、部屋を立てたり試合を申し込んだりという手続きができるようだ。端には回復アイテムなどを売る売店があり、映画館のようでもある。
「部屋を立てて、チケットを発券してあっちに行くみたいだな」
ウサギ先生が指差す先には、ワープポイントがあった。通常のフィールドにあるものとは色が違い、青みを帯びた光を放っている。コロセウム専用のワープポイントのようだ。チケットを持って乗ると、指定した対戦部屋に移動するらしい。
「で、だ。どっちが部屋立てるかって話だ」
「ですよね。フィールドを話し合いで決めるという方法もありますけど」
コン先輩は公明正大な人柄のようで、何が何でも先制を取って出し抜こうなどという考えはないらしい。
「今更話し合うつっても、そっちだって部屋立てるならどこにするかくらい、決めてるだろう」
「それは、そうですけど」
「じゃあ、コンとナル、せーので言え。食い違ったらジャンケンな。せーの」
「「トルマリ」」
やはり、考えることは同じだった。どう考えたって、対人をやるプレイヤーにはトルマリが一番慣れているフィールドなのだ。お互いに、ですよねーと笑い合った。
「じゃあどっちが立ててもいいな。校内戦の話持ちかけたのもこっちだし、立てていいか?」
「構いませんよ。いいですよね、鶴崎先生」
サバみりんのほうを向いて、コン先輩が訊ねる。
「いいそうです」
すぐに返事が来た。
「レギュレーションは、大会と同じ三十分HP0、課金アイテム使用不可、HP回復アイテムの使用は二回まで、でいいな?」
「はい」
回復アイテムの使用が無制限だと、下手するとひたすら回復し続けて勝敗が付かないという場合も考えられるので、ここぞという時にしか使えない規則が今回のアップデートと共に追加された。
「受付してこい」
「はいっ」
ルリが発券機のタッチパネルを操作し、バトル形式をパーティプレイ、フィールドをトルマリ、レギュレーションを設定すると、チケットが出てきた。
「千百五十一番の部屋だそうです。パスワードも部屋番号と一緒にしました」
「了解です」
入れ替わりにコン先輩が挑戦者チケットを発券し、最後にウサギ先生とサバみりんが観戦者チケットを発行すると、ワープポイントの前に移動した。
「それじゃ、どっちも頑張れよー」
後から観戦席に移動する二人に見送られ、俺たちはワープポイントに乗った。
「すごいねえ。最近のゲームはこんなにリアルなんだねえ」
原田校長が感心している声が聴こえる。
「そっすね。校長先生もやってみます?」
「若い格好ができるのは面白そうだねえ」
校長までとーすと民になるかもしれない可能性を感じながら、俺たちは飛ばされた先の控室を調べていた。
「倒されるとこの部屋に戻ってきて、モニターで残りの試合が見られるみたい」
「両方の準備が整ったら、フィールドに転送される感じだね」
「おっ、このソファ結構座り心地いい」
蘇芳が、観戦モニターの前のソファをモフモフと触っている。緊張というものを知らないのか、どこまでもマイペースな男だ。そのマイペースさが頼もしくもある。
「今調べたら、試合が始まると、ランダムでバラバラの位置に転送されるらしい。鉢合わせたら最悪だな」
「じゃあ、とりあえず試合が始まったら迷彩ですか?」
現実の背後から聴こえる声に、マイクを切って訊ねる真青。
「いや、状況次第だ。数の不利はでかいぞ。蘇芳とルリは合流を最優先しろ。ナルはまあ……好きにやれ」
「りょうかーい」
対人戦のプロとも言うべきウサギ先生の指示だ。従わない理由はない。俺だけ放置なのはどうかと思うが。
「佐藤君は好きにやれというのは?」
校長先生が不思議そうに訊ねた。
「佐藤は三人の中で一番上手いんで。つーか、パソコン部含めても多分一番上手いんで、放っといても一人でなんとかします」
「そうなのかい?てっきり、赤城君が一番上手いのかと思ってたよ」
まあ、誰だってそう思うだろう。赤城は戦闘時以外も、「かっこいいから」という理由でずっと腰に灼鉄剣を差しているので、相手チームからも警戒されているはずだ。何より、元々顔立ちが西洋系なので金髪碧眼が様になっているし、背が高いし、戦隊風に言うならカエデレッドだ。主人公だ。めちゃくちゃ強そうに見える。実際強い。足りないのは経験だけだ。
「向こうの準備ができたみたいです」
ポップアップが出て、ルリが報告した。
「頑張ってね」
原田校長が、穏やかに応援し。
「はいっ」
ルリが確認ボタンを押すと、システム音声が響き渡った。
『フィールドに転送します。転送十秒前、九、八――……』
「行って来い。落ち着いてやれば大丈夫だ」
『ゼロ』
音声と共に、視界が白く染まった。




