畑作りは一日にして成らず
無事にルリの最後のスロットが開き、ナルが七十三、蘇芳が七十四になったところで、今日のげきま部はお開きになった。
「明日は頑張ろうね!絶対勝つんだから!」
「うん、まあ、なんとかなるでしょ」
「明日は部室集合でいいんだよな?」
校内戦は顧問立ち合いの元で行われるので、自宅から参加することはできない。久しぶりの、物置教室での部活になる予定だ。
「対人戦エリアの実装も気になるよねえ。どんな感じなんだろ」
「できれば、昼休みに集まってアップデート内容とか、確認しときたいね」
「だな。勝って駆んちで夕飯食うんだもんな」
赤城は、何よりもそれを楽しみにしているようだった。今も、もぐもぐしている声を聞く限り、多分俺が作ったカレーを食べている。
「巧、食い意地張りすぎじゃない?」
「だってさあ、要するに駆の料理の師匠だろ?ぜってえ美味いに決まっあーっ?!」
話している途中だった赤城が、不意に悲鳴を上げた。
「佐理!それ明日の朝飯にしようと思ってた俺のカレー!」
「いいじゃん、今も食べてんだから。てか超美味いねコレ」
遠くで、女性の声が聴こえる。赤城姉の片割れの声のようだった。ちょうど旅行から帰宅して、話し声のする赤城の部屋を覗きにきたといったところか。
「カレー、まだ残ってたの?」
「巧、休みの日は朝と昼一緒にするから、一食分余ってたんじゃないかな……」
「なるほど」
姉弟喧嘩が聴こえる手前で、真青と喋っていると、
「春ちゃんじゃないよね。誰が作ったの?」
「断定された……」
真青が、真っ先に製作者候補から外されたことに若干のショックを受けていた。
「友達だよ。お前らが金置いて行かなかったから、作りにきてくれたんだよ。食うのを止めろ!」
「まさか彼女?彼女なの?」
「江理も食ってるし……。ちげえよ男だよ」
同じ声だったので佐理さんが喋っているのかと思ったら、もう片割れの姉も現れたようだった。賑やかな家だ。
「男?!マジ?また作りに来てって言っといてよ」
「厚かましいぞお前ら!くっそー俺の朝飯ー!」
赤城も苦労しているようだ。家の場所も分かったことだし、また今度、何か作って持って行ってやろう。慌ただしくログアウトしていった赤城に促される形で、真青と俺もログアウトした。
今日の夕飯は、どうせ手早く済ませたところで機材のクールタイムでログインできないので、時間のある時にしか作れないものを、ということで煮込みハンバーグ。明日の弁当にも入れようと、多めにポテトサラダを作りつつ、ふと思い立って新・げきま部宛にメッセージを送る。
『明日の昼、部室に集まるなら弁当作ってこようか』
『マジで』
『ホントに?!』
いつも返信が遅れがちな赤城から、十数秒で反応があった。何かセンサーが付いているのだろうか。
『今度は具入りがいい』
おむすびの話か。
『厚かましいって、人のこと言えないじゃない』
声が聴こえてきそうな、真青の呆れたコメントが並ぶ。喜び上手は得をすると常々母が言っているが、彼らを見ていると本当にその通りだなと感心する。俺など、実の父から「美味しいもの食べてる時しか考えてることがわからない」と呆れられたというのに。ちなみに、その父も喜び上手だ。母が手の込んだ料理を作るとオーバーリアクションで喜ぶので、より一層手の込んだ料理を作るようになっていった経緯がある。
『あんまり期待されると困るけど、じゃあ、作っていくよ』
『ありがとー!』
『よっしゃー!おかかと梅干しがいい』
『小学生か』
『本当、助けられてばっかりだなー。私にできることあったら言ってね?』
『俺も俺も』
なんだか申し訳なさそうにしている真青と、終始軽いノリの赤城に、オッケー!と脱力系の猫のキャラクターが親指を立てているスタンプを送って会話を終わらせ、明日の弁当の下拵えもしてから、俺はのんびり夕飯を食べた。
× × ×
くろすでログインして島に向かい、まずはヘルプを開いた。まだ上澄みにしか触れていないので、もっと詳しく知る必要があった。ひとまず、第一目標として農業がやりたい。『畑を作る』の項目を探した。
「ええっと?畑に出来るのは、基本的には赤い地面の土地。石畳の土地は不可、芝生の土地は芝を剥がせば可能。……わお……」
剥がせば可能って。確かにちょっとだけ花壇を作りたいようなプレイヤーには一坪の赤土はいらないだろうが、どれだけリアル指向なのだ。このシステムにも変態がいた。
「農耕スキルを装備して、鍬で耕す。(耕す深さや畝の作り方は、作物によって違うため、花屋や本で情報を仕入れてみよう!)」
なるほど、他のスキル同様、ちゃんとゲーム内に育成のヒントが隠されているらしい。当たり前といえば当たり前だが、カエデ装備のような例もあるので安心した。図書館にも行ってみなければ。
「とりあえず、一坪だけ増やして試してみるかー」
いきなり広い範囲を耕してもどうせ管理しきれないので、とりあえず赤い地面の土地を一坪買い、家の前に増やした。鍬は、以前ネタ装備の一種として制作していたものがあるので、それに買ってきた農耕スキルの石を付ける。更にありったけのATK石を載せた。鍬は武器として使った場合、斧分類になるためか、農耕スキルの成功率にもATKが一番関わってくるらしいのだ。まあ、田に力と書いて男と読むくらいだし、力仕事には違いない。
「よっ、と」
何よりまずは、スキルに慣れるところからだ。鍬の先を地面に突き立て、土を掘り起こす。ステータスが高いおかげか、さほど重さは感じない。リアルだったなら、この一坪を耕すだけで全身が筋肉痛及び腰痛になっている自信がある。
他のどのスキルでもそうだが、スキルを使う感覚というのは奇妙なもので、勝手に身体が動いている感覚というか、何かに引っ張られているような感覚がある。熟練度が上がるごとにその引っ張られているような違和感が無くなり、Sランクになると、完全に自分で動かしている感覚になる。と言っても、白刃取は現実でやったら間違いなく刃を止める前に斬り捨てられているだろうし、他のスキルにしたって、重力やら筋肉やらの関係で、同じ動きができるスキルは少ないだろう。もし、とーすと内でできる動きが役に立つとすれば、この、やたらこだわって作られた一連の生産スキルくらいか。料理スキルなんて、ランクの低い頃は引っ張られる動きが邪魔で、現実より下手くそだったくらいだ。
そんな初心に返る気持ちで黙々と地面を耕し続け、一度耕したところも何度も掘り返していると、やがて土の色が少し変わってきたことに気付いた。
「うん?」
始めの赤土よりも、一段濃い茶色になっている気がする。屈んで土を手に取り、ステータスを見ると、一部がEランクの土になっていた。
「……なるほど?」
そういえば、土は柔らかいほうが、根がよく伸びて作物の育ちが良くなると聞いたことがある。つまり初期状態ではろくに作物が育たないFランクの土壌で、手を掛けることで良い土になるということのようだ。
「かといって、まさか同じ場所を耕し続ければいくらでも品質が良くなるってわけじゃ、ないだろうし」
なんせ、こだわりの生産システムが売りのとーすとだ。もちろん肥料を混ぜることも条件の一つだろうが、他にも条件があるかもしれないと、土を観察してみる。よく見ると、結構小石や木の破片のようなものが混ざっている。根が伸びればよく育つのなら、その障害になりそうなものは取り除いた方が良いのでは――。
と、気付く範囲の小石や混ざりものを丁寧に取り除き、また掘り起こしては小石を取り除き、という作業をしている間に、十二時の鐘が鳴った。
「農業怖い!!」
時計を先に設置して正解だった。はっと我に返り、俺は慌ててログアウトした。




