壁突入
昼からのげきま部は、今日も順調だった。
「マジ全然ランク上がんねえ」
蘇芳が愚痴をこぼす。
「駆、なんかもっといい方法ねえの……」
「あったら皆苦労してないよ……」
八十の壁があまりにも高すぎるので、度々運営になんとかしてくれと要望を入れているプレイヤーがいるらしい。が、いつも先方からの返事は、『お客様からのご意見として真摯に受け止めさせていただきます』だそうだ。まあ、あんまりサクサク上がり続けて皆カンストしてしまったらゲームとして面白くないし、最後のスロット開放なので、少々面倒くさいくらいが丁度いいのだろう。
「春果あとどれくらいだ?」
「んー、あと二回くらいクエスト完了したら、八十かなあ……」
「お、頑張ってるじゃん」
八十になれば、エメラドで新しいクエストが受けられるようになるので、不味い報酬とマンネリ化から脱出できる。と言っても、この八十までのクエストというのが、
「浮遊霊の魂四十個で経験値一万って、やっぱり安すぎない……?足元見られてるよねあの司祭に……」
七十五から受けられる、一番経験値報酬のいいクエストは、トルマリからエメラドに行く途中の、ジェイドフォレストという森の中にひっそりと佇む教会の司祭から受けられる。と言っても、そのレベル帯で一番マシというだけで、すこぶる不味い。森に生息しているモンスター、フォレストゴーストからドロップする浮遊霊の魂というアイテムを四十個集めてこいというものなのだが、この浮遊霊の魂が曲者なのだ。三種類落ちるフォレストゴーストのドロップ品の中で、一番ドロップ率が低く、普通にやると十体倒して一つ出るかどうかだ。それを四十個集めさせて、経験値が数パーセントしか上がらないので、クエストを発注してくる司祭はプレイヤー達から鬼畜司祭と呼ばれている。
「一つ、いいことを教えようか」
「? 何?」
「解体スキルがSランクなら、三体に一つくらい出るよ魂」
「えーっ?!」
とーすとに、意味のないスキルは多分ない。きっと、運営はゲーム内メインストーリーが中盤に差し掛かるこの時期くらいから、解体スキルを活用してほしいのだ。
「それでランク上がるのやたら速いのかお前……」
「もっと早く言ってよー!」
「だって……二人ともどうせ使わないだろうと思って……」
解体屋機能を切ると、一人で倒したモンスターはフィールドに残り、インベントリに仕舞うか放置するか選べる。ボスモンスターは長時間残るが、一般モンスターは放置すると十秒ほどで光になって消えてしまうので、俺は片っ端から回収し、石同様に十体ずつしか纏められないモンスターの死骸でインベントリが満了になる頃に一気に解体する工程を繰り返している。おかげ様で、気がつけばナルの解体スキルもSランクだ。
「Cランクくらいまでは、解体屋より成功率低いからさァ」
「なおのこと、早く教えてほしかった……」
「一応攻略サイトには書いてあるんだよ?石合成と同じで生産好き以外には死にスキル扱いだけど……」
「知らなかった……」
とは言え、多少効率が上がると言うだけで、クエストの不味さに変わりはない。コツコツやるしかないのだ。
「とか言ってる間に、ナルも壁突入だぞー」
「マジかよ!速すぎるだろ!」
追いつかれそうな蘇芳が慌てている。
「狩場一緒になるから、ちょっと効率上がるよ」
パーティプレイの利点は、単純に話し相手がいて楽しいという以外にも、同じフィールドで戦っているメンバーがいる場合、メンバーが取得した経験値の二割が自分にも入るというのがある。これを利用して、低レベルのプレイヤーを高レベル帯に連れて行って経験値を吸わせてやるようなプレイもできるのだが、フィールドのモンスターよりもプレイヤーのランクが十以上低い場合、モンスターがこちらを格下と見なしてアクティブモンスターに変化するので注意が必要だ。さらに、吸うプレイヤーと吸わせるプレイヤーのランクが二十以上離れていると、パーティーボーナスも無効になる。そう楽はできない仕様なのだ。
「おっ?マジか。バリバリ吸わせてもらうわ」
「ギブアンドテイクだからね?!サボらないでね?!」
「もうさっさと追い越しちゃいなよ」
七十からのクエストは、トルマリの南に広がる海の浅瀬のモンスターが対象になる。おばけアコヤという巨大な貝のモンスターからひたすら真珠を奪取するクエストなのだが、この真珠がまた、ドロップ率が低い。しかも貝というだけあって、硬いのだ。プレイヤーたちが萎えるのも仕方がない。
索敵しながらフィールドを移動していると、パーティーメンバーのアイコンが点ったので、近寄っていく。
「蘇芳みっけ」
「ん?どこだ?」
俺は、きょろきょろと辺りを探している赤いカエデ装備の剣士目掛けて、飛び降りた。
「やっ」
「うわっ?!」
正面に降り立って手を上げると、蘇芳が驚いて仰け反った。
「鉄天馬じゃねえか。贅沢品持ちやがって」
上空に待機しているごつい自動二輪車を見上げて、蘇芳が呆れた。
鉄天馬とは、クエストの報酬や課金などで手に入る、移動速度が上がるアイテムの一つだ。他にも空飛ぶ箒や魔法の絨毯、幻獣などいくつか種類があり、その中でさらに性能が違うアイテムが数種類ずつある。総じて飛行具と呼ばれる特殊アイテムに分類され、男性陣からの一番人気が鉄天馬だった。いずれも使用するのにプレイヤーのMPを消費するので、長時間使うにはMPポーションが必須になるが、トルマリからこの浅瀬に来るくらいなら余裕だ。
「つーか、グルファクシじゃんか!実物初めて見た!」
きっと気になって調べたのだろう。詳しかった。
「ふっふっふ、いいでしょ」
グルファクシは、生産で作ることが出来る唯一の鉄天馬だ。鍛治と工芸の両方がSランクでないと受けることができないクエストでレシピを手に入れ、各地の上級ダンジョンのボスが落とす素材から専用の部品を作って組み立てることで完成する。そのあまりの面倒くささから、付いた異名は『月刊 鉄天馬を作ろう』。しかし手間が掛かるだけにその性能は折り紙付きで、Sランクともなると、課金飛行具にも引けを取らない速さと燃費の良さを発揮する。蘇芳は初めて見たと言うが、おそらく商店街のメンバーは結構持っていると思う。父のお下がりのバイクに興味を示していたところを見ると、店長は絶対持っているはずだ。
それはさておき。
「いつかお金貯めて、駆君に空飛ぶ箒作ってもらうんだ……」
ルリが、ぼそりと呟いた。
「箒は木工スキルだから、俺もそんなに育ってないよ。Sランク作ってもらうならあーさん……あれあとか、商店街の人に頼まないと」
「あれあって、昨日見た、ウヴァ杯準優勝の?」
薄緑の髪の爆弾魔を、蘇芳が腕を組んで思い出している。
「うん。よく広場で露店してるよ。商店街のメンバーだから、お金さえ払えば作ってくれるはず」
「あの、かっこいい人だよね。話しかけるの緊張するなあ」
なるほど、巷では美青年と称されるあーさんは、真青の中ではかっこいい分類になるようだ。覚えておこう。
「そう簡単に怒らないから大丈夫」
「なんだよ、知り合いか?」
「ちょっとだけね。実際に会ったことはないよ」
いつだったか、キャラクターメイクの話になった時に、「一から弄るの面倒くさかったから自撮り写真をベースにした」と言っていた。世の中は不公平だ。
「対人の必勝法とか、教えて貰えないかなあ」
「あの人の戦い方は特殊すぎるからなァ……」
避ける逃げる相殺するでこちらの攻撃が当たらない、マトリョーシカ爆弾は投げるもよし設置するもよしの固定ダメージ。しかも爆弾だと思って避けたら、吸ったら終わりの状態異常付加だったりモンスターが出てきたりと、そう簡単に真似のできない唯一無二の戦い方。二スロット装備といっても、あーさんも古の死術を極めし者なので、当然石のステータスは+100だ。単純計算で+50の石を四スロットの装備に付けているプレイヤーと同等のステータスを持っているわけなので、そこに奇想天外びっくり箱戦法なのだから、普通の対人に慣れたプレイヤーが苦戦するのは仕方がないことかもしれなかった。くろすが勝てたのは、各種ステータス異常無効を揃えていたためあーさんの戦法が限られていたことと、単純なスロットの多さによるステータス差。それでも危なかったので、あーさんが八スロット装備を揃えてきたら、もはや誰も勝てないのではないかと思う。
「ああでも、アイテムの使い方とかは勉強になるかも」
「そういやお前も、こないだ戦ってた時めちゃくちゃアイテム使ってきたよな」
「うん、あーさんの戦い方見て覚えた」
「そうだったんだ」
実際にあーさんと本気で戦ってみてわかった、アイテムの有用性。スキルのクールタイム中も暇なく攻撃を続けられるというのは、威力はどうあれかなり相手にプレッシャーを与えることができる。なにしろ生産スキルに異常なまでのこだわりを見せる製作陣だ。戦闘でもそれらが役に立つシステムになっている可能性は、大いにあった。
喋りながら、ある美さん謹製のゴシックブラススナイパーライフルを装備し、見える範囲のおばけアコヤに片っ端から当てていく。アコヤは足が遅いので、全武器の中でも最長を誇るゴシブラの射程を生かして、なるべく遠くのアコヤを誘い出す。全てがこちらに向かってくることを確認しつつ、一度にターゲットを付けられる八匹目に弱点属性の電磁砲をぶちかまし、一撃で仕留めた。即座にブラスイーグルに持ち替え、射程に入った貝から風斬砲を当てる。
風斬砲は、威力は低めだがクールタイムと反動が少ないので、二挺拳銃だとリズミカルに撃ち続けることができるのだ。スキルの使い方としては、パッシブスキルの速射を付けて火力と速さを両立するスタイルが基本なのだが、なにしろブラスイーグルは反動を速射で相殺してやっと普通になるので、速さは求めてはいけない。代わりに、硬いアコヤも風斬砲で一撃で仕留められる力強さが魅力だ。仕留めたら回収、そしてゴシブラに持ち替えて再び八匹タゲ付け、を繰り返していると、
「えっぐい」
赤城が、小さな声で呟くのが聴こえた。




