経験と勘
再生が終わり、真っ暗になった画面を、ルリと蘇芳が静かに見つめる。
「よくわかんなかった……」
「だから言ったじゃねえか……」
二人とも、頭の痛い顔をしている。公式動画は選手の動きに合わせてアングルが頻繁に変わるので、少々3D酔いしているのかもしれない。ルリは、わからないと言いながらも、気になった箇所まで映像を戻し、止めながら見直し始めた。
「強いスキルはそんなに使ってないんだね。電磁砲くらい?」
「一撃必殺できない場合、使った後に隙ができる重いスキルより、軽いスキルで小刻みに削っていくほうがやりやすいんだよ」
モンスター相手の場合とは、使うスキルも戦い方もまるで変わってくる。なにしろ、プレイヤーはあらかじめ決められたパターン通りに動くのではなく、状況に応じて考えて動き続けるのだから。
「わざと隙見せたりして、相手の行動を誘導してんだよな」
「そんなことできるの?」
「サッカーでもやるぞ」
視線誘導だったりフェイクの動きを入れたりと、スポーツは奥が深い。
「あれあとくろすは元々知り合いだから。お互いの戦い方も知ってるし、騙し合いみたいになるんだよね」
基本的に俺もあーさんも、対処される前提で動いている。持ちうる限りの手札を仕掛けまくり、どれか一つに引っかかってくれればそこから崩すという、博打のような戦いだった。
「もしかして、反動が大きいのに跳散弾使ったのって、わざとMP使わせるため?」
「立て続けに攻撃し続けて、回復させないのがコツだね」
元々、あーさんの戦い方は防御以外にMPを使わないのだ。だからこそ、二スロット装備でもやっていけている部分がある。逆に、くろすのDEFとHPならハナコの一撃くらいは耐えられる自信があったので、反動で動けない間に喰らうことも想定しての跳散弾だった。いつの間にかばら撒かれていた爆弾は計算外だったので、少々焦ったが。後から考えると、おそらく煙幕入りに混ぜて、遠隔操作式の爆弾もばら撒いたのだろう。まったく、油断ならない男だ。
「前にくろすの他の試合も見たけど、やっぱあの命中率化け物じみてるよな」
「ホント、戦い方がわかっても、真似できないよ……」
風斬砲を当てた位置に寸分違わず千重波を連続でヒットさせて、開通した穴に更に矢を通したことを言っているらしい。
「ねえ、乱射って、範囲内にランダム攻撃じゃないの?」
「オートモードならそうだけど。マニュアルモードにして自分で軌道設定すれば、狙い撃ちもできるよ」
乱射のオートモードはあらかじめ範囲と密度を設定しておくもので、マニュアルモードは使う度にコントロールしなければならない。補足しておくと、本来の使い道ならオートで十分であり、むしろマニュアルだと、設定に時間がかかったり、見立てが甘いと逆に外したりするので、デメリットのほうが大きかったりする。
「駆君もできる?」
「うん。天候とかフィールドの状態にもよるけど」
「できるんだ……」
面倒なスキルほど使いこなせると楽しいので、実はちょっと頑張った。今となっては、暴風雨や水中でもなければ、そう簡単には外さない。
「やってみせようか」
「え、今?」
「弓と銃じゃ、勝手が違うけど」
実演するのが手っ取り早いだろう。俺はアイテムインベントリから鉄板を取り出すと、ルリに渡して距離を取った。
「二人で持ってて。結構衝撃あると思うから」
すると、二人は顔を見合わせてから、言われた通りに鉄板の両端をそれぞれ持った。
「キャスト、乱射」
直後、ガガガガガッと立て続けに音がして、ルリが強く目を瞑り肩をすくめた。音が止むと、おそるおそる目を開けて鉄板を見る。
「すごーい!真ん中だ!」
鉄板の中心が、黒ずんで深く凹んでいた。それ以外に傷はない。
「どうやってるの?コツは?」
「えっ、よくわかんない。勘?」
鉄板を返してもらいながら、俺は首を捻った。
「勘かよ」
なんとなく、こうしたら当たりそうな気がする、という感覚だけで撃っているので、改めて訊かれると自分でも説明できない。風向きや高さ、角度を気にするくらいだろうか。それも、「右からの風が強いからちょっと傾ける」とか、そんな程度だ。
「これも、何事も練習って奴?」
「そうかも?」
言ってしまえば、扱い辛いネタ装備を意地で使っているうちに身につけたスキルだ。ウエイトをつけたまま生活するようなものかもしれない。もちろん実生活で役に立った試しはない。遠くのゴミ箱に空き缶を投げ入れるのが上手くなったくらいだろうか。
「何にせよだ。俺もお前も、まだスロットも開いてねえしスキルも育ってねえし、真似する以前の問題だろ」
蘇芳が呆れた顔で息を吐き、盆の窪をさすった。
「そうだね。早く壁越えなきゃ!」
やる気を出す材料にはなったようで、ルリはふんすと気合いを入れた。
その後は各地に散ってランク上げに勤しみ、途中で夕飯の休憩を挟んで再開する。
「巧、カレー食べた?」
「今食ってる。超美味い。これなら三食でも全然いける」
もぐもぐと、口に物を含んだ声で蘇芳が言う。
「よかった。今度は、行き倒れる前に連絡してよ」
本当なら、レンチンおかずをもう一品くらい作りたいところだった。無念だ。
「そうする。つーか、行き倒れなくてもたかる」
「巧!」
賑やかに、四月最後の夜は更けて行き、九時を回ったところで解散することになった。ナルは六十六、蘇芳は七十二、ルリは七十八。このペースでは、蘇芳が明日中に八つ目のスロットを開けるのは難しそうだ。ルリは、もう少し頑張って、明日には開けてみせると意気込んでいた。




