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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
五章

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44/118

ハナコ

 家に帰ってから、今度はオンラインで集合すると、

「さっきはマジで助かった。この恩は必ず」

「別にいいって……」

蘇芳に、地蔵かなにかのように深々と拝まれた。いつまででも拝まれそうな勢いだったので、俺は話題を逸らす。

「そんなことより、明日から、大会エントリー開始だよね」

「そっか、巧のせいですっかり忘れてた」

「悪かったな」

ルリがちらりと蘇芳を睨み、蘇芳がふて腐れる。

 大会のエントリー期間は六月末までだが、一週間ごとにエントリー校のリストが更新されるそうだ。

「どれくらい参加するのかな」

参加校が多ければ、七月末に予選大会が開かれることになっている。気になるところだ。

「学校名出るからどうかと思ってたけど、案外多そうだよ」

昨日のタクヤ一味や、例の雄正工業など、逆に名前が出ることでやる気を出している学校が多いようなのだ。トルマリでも、対人戦をやっている集団を以前より多く見かけるようになった気がする。

「じゃあ、予選はあると思ったほうがよさそうだな」

腕組みして、真剣な顔で頷いた蘇芳に、ルリが思いついた顔で提案した。

「そうだ。ウヴァロ杯の動画見てみない?戦い方の参考になるかもしれないし」

「ウヴァロ杯?決勝戦の動画見たことあるけど、何やってんのか全然わかんなかったぞアレ」

決勝戦ということは、俺とあーさんの試合だ。まさか隣にその出場者がいるとは思わない二人の暢気な会話に、リアルで手汗が噴き出す。

「駆君に解説してもらおうよ」

「えー……」

自分の試合の動画の解説なんて、どんな罰ゲームだ。しかし、渋っている間に真青はさっさと外部ブラウザを開き、該当の動画を探し始めた。とーすとの録画機能はローカル保存が可能なので、プレイヤーたちが動画を好きにアップしている。通常は各プレイヤーの視点からしか撮ることができないのだが、ウヴァロ杯の試合は、ゲームのプロモーションも兼ねて公式が動画を掲載しているので、やたらアングルが良い。一応、掲載前に載せていいかどうかの打診があり、あーさんと話し合って許可したものの、やめておけばよかったと今になって後悔している。

「あったあった。あっちのベンチで観よう」

断る理由も思いつかず、結局俺は真青の後ろをついていくしかなかった。


× × ×


 「いやあ、まさかくろくんとこんなところで戦う羽目になるとは」

スリバチ状になった広い円形のスタジアムの中心で、あーさんがパドルを携えて頭を掻く。

「本当だよ……」

俺も、安っぽいプラスチック製のような見た目をした、おもちゃの弓を持ってため息をついた。決勝戦の相手が知り合いだなんて、やりづらいことこの上ない。観客席はびっしり埋まっているが、実際にプレイヤーが蠢いているわけではなく、ただのグラフィックだ。こんな人数が一同に会したら、処理落ちしてしまう。本物のプレイヤーたちは、リアルタイムで配信されている映像を見ていることだろう。

「手は抜かないよ。くろくんにそんなことしたら負けちゃうし」

「そりゃお互い様でしょ。恨みっこなしだよ」

試合開始を承諾するウィンドウが表示され、俺とあーさんは準備完了のボタンを押した。

『両者、準備が整ったようです』

決勝戦は、人気の女性声優をアナウンスに起用したらしい。可愛らしい高い声が、場内に響く。

『それでは、ただいまよりウヴァロ王国杯、決勝戦のスタートです!スリー、ツー、ワン、レディー、ファイッ!』

「キャスト、マトリョーシカ」

試合開始と同時に、あーさんの手に現れた大小さまざまなマトリョーシカが瞬く間に増え、一目散に俺を襲ってくる。ちょっとしたホラーだ。どれに何が入っているか見当が付かないので、不用意に叩き落とすわけにもいかない。

「キャスト、乱射ハリセンボン

かくなる上は、こちらに効果が及ばない距離で全て射貫くしかなかった。バックステップで距離を取りながら、人形を次々に射る。

「いつも思うけど、その射撃の腕なんなの?」

乱射撃は、広範囲に矢を浴びせるスキルだ。本来は複数の敵にとにかく当ててHPを削ることを目的とするので、コントロールは二の次。しかし――きちんとコントロールしてやれば、化ける。継ぎ目に垂直に傷が入った不発の人形たちが床に転がり、あーさんが呆れた。

「変態」

「変態じゃないし」

マトリョーシカを射貫くついでに使用者本体を狙った数本を、的確に盾で防ぐあーさんも十分おかしい。

「キャスト、風斬砲ハヤブサ

「キャスト、転移フォックス

「うわっ」

盾では防げない一撃は瞬間移動で回避され、背後からの殴打を俺は転がって避ける。さらに降ってきた追い打ちのマトリョーシカは、割れないようにインベントリから布をキャストして受け止め、包んで遠くに放り投げると、場内の端で爆発した。あーさんが、燃える残骸を見て肩をすくめた。

「また変なことする」

「あーさんにだけは言われたくない」

体勢を立て直しながら、俺は考える。あーさんの装備は二スロット、八スロットはパドルだけ。記憶の通りなら、パドルに付いている石はATKと攻撃スキル。HP、MP、防御はいずれもそう高くない。なぜそんな装備で決勝まで上がってこれたのかというと、あーさんはここまでの試合で一撃も喰らっていないのだ。俺なんぞよりもよほど変態だ。しかし逆に言えば、一撃でも当てれば勝機はあるということだ。

「キャスト、マトリョーシカ」

隙を伺っていると、あーさんは小さなマトリョーシカを、地面にばら撒いた。途端に、辺りに煙が立ち込める。

「キャスト、追尾ハウンド!」

「いやらしいなー!」

煙の中であーさんが言う。通常の矢は直線にしか移動しないが、追尾は当たるまで追い続ける。視認できなくても、対象との間に障害物さえなければきちんと追ってくれるのだ。しかし。

「キャスト、ゴーレム召喚」

「げーっ!」

音しか聴こえないが、大きな雄叫びと共に、追尾が土人形に阻まれたことはわかった。人形使いが使うのは、マトリョーシカだけではないのだ。術者の足りない防御を補う、防御極振りゴーレムである。

「キャスト、薫風」

追尾の攻撃力ごときでは、あーさんの防御ゴーレムは倒せない。煙幕を晴らすのが先決だ。徐々に、巨大なシルエットが見え始める。

「行けっ!ハナコ!」

「それメスなの?!」

ゴーレムに牛のような名前を付けるんじゃない。ツッコミを入れている間に、命令を受けたハナコが地面を揺らしながら突進してくる。よく見ると、頭に小さな花が咲いていた。まさかそれでハナコか。

 ネーミングのことはさておき、ゴーレムを倒す方法は二つ。ゴーレムのHPを0にするか、術者を倒すかだ。しかし、術者が簡単に倒せるなら苦労はしていないので、ゴーレムを倒すしかない。が、防御ゴーレムはその名の通りものすごく硬い。攻撃スキルは持っていないが、ただのパンチも硬い。俺は振り下ろされた拳を飛びのいて避け、地面にめり込んだ腕を駆け上がった。自分の体についた虫のような俺を、ハナコが払い落そうと暴れる。

「キャスト、マトリョーシカ!」

ひゅんひゅんと、爆発する人形が飛んできて、俺が避けるせいでハナコに着弾する。ただの土くれ人形とは言え、自分の味方に容赦なく攻撃してくるとは、名前まで付けて可愛がっておきながら血も涙もない男だ。

「いやらしいのはどっちだよ!キャスト、跳躍ラビット

俺はハナコの頭まで登り切ると、後頭部から斜め上に向かって飛び上がった。そこにあるのは、スタジアムの天井。

「キャスト、跳蹴グラスホッパー!」

天井を蹴って方向転換し、こちらを見上げるハナコの頭目がけてドロップキックをお見舞いすると、その巨体がぐらりと傾いた。あーさんが、倒れるハナコの下敷きにならないように移動するのを見逃さない。

「キャスト、跳散弾フライングフィッシュ!」

足場をなくした俺は、逆さに落ちながら、あーさん目がけてスキルをぶっ放した。

「キャスト、タートル四方ダイス!」

案の定、あーさんは自分の周りを盾で覆った。倒れたハナコはまだ起き上がれないので、今のあーさんにはこれしか方法がないのだ。しかし、あーさんのMDFから作られる盾では、俺の跳散弾には耐えられない。本人もわかっているのだろう。盾が削られ、致命傷にはならない傷を次々に作りながら、にやりと笑った。

 瞬間、跳散弾の反動で動けない俺を、衝撃が襲った。

「っ!」

起き上がったばかりのハナコに殴られたのだと気付くのに、少し時間がかかった。地面を派手に転がっている最中に、散らばった小さなマトリョーシカが次々に爆発する。いつの間にかあちこちに仕掛けていたらしい。爆弾魔の本領発揮だった。結構喰らってしまったので、あーさんを戦闘不能にするしか勝つ道がなくなった。

「キャスト、風斬砲ハヤブサ!」

反動による金縛りが解けると同時に、ハナコではなくあーさん目がけて矢を放つ。もちろんハナコが守りに来るが、これでいい。

「キャスト、千重波ドルフィン!」

ハナコの陰にあーさんが完全に隠れた瞬間、俺は水属性の連射攻撃を仕掛けた。

「あ、しまった」

ハナコの腹に、青く光る矢が次々に突き刺さる。ゴーレムは水に弱い。いくら硬くても、同じポイントに何度も刺されば、貫ける。腹に風穴が開いたハナコが、膝をついた。動かなくなったハナコの腹目がけて、俺は通常攻撃を放つ。開けたばかりの穴を、矢が通り抜けた。

「わっとと」

ゴーレム召喚と、跳散弾を防ぐための盾四方で、あーさんのMPは残り少ない。スキルを使わずに回避して、体勢を崩す。

「キャスト、追尾!」

続けて天井に向けて放った矢が、不自然に軌道を変えてあーさんを襲った。

「おいで、オンディーヌ」

もうハナコは頼れない。MPもない。取れる手段は、自然とアイテムになる。マトリョーシカから現れた美しい女性が、追尾を弾いて消えた。しかし。

「かかったね!キャスト、電磁砲!」

いくらあーさんでも、走り込んできた俺が至近距離から放った電磁砲を、ハナコも盾もなしに防ぐのは不可能だ。調教モンスターは、一匹捕まえるとそのモンスターを帰すまで、次を捕まえられない。つまり、もう弾はない。

「やられたー。まあ、楽しかったよ、くろくん」

潔く胸を貫かれたあーさんは、そう言うと、微笑みながら倒れた。

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