お袋の味
夕飯の分までのつもりで炊いた米が、昼食だけでほぼ赤城の腹に収まってしまったので、再び炊飯器に米をセットしてから、三人で外に出た。
「……私も、料理覚えなくちゃ」
最寄りのスーパーまで歩きながら、真青がため息をついた。米を研いでいるとき、真剣にその様子を見ていたので、もしかすると真青も炊飯器を使ったことがないのかもしれない。最近の炊飯器は、パンも焼けるし便利なのだが。
「別にいいんじゃない、無理に覚えなくても」
「おにぎりくらい握れるようになっとかないと、いけない気がする!」
なにやら、対抗心を燃やされていた。先ほどキッチンで主導権を握ってしまったのを、根に持っているのだろうか。
「おにぎりなら、ラップの上にご飯のせて、好きな具包んで丸めるといいよ。手がベタベタしなくて便利」
「へえー」
今日のように、三合全部握るような大掛かりな場合でなければ、ラップ戦法はとてもいい。時間がない時は、そのまま包んで弁当にもできる。
「でも、すごいよね。ジャガイモも包丁で皮剥いちゃうし、みじん切りもスッゴイ速いし」
「毎日やってるから……」
「やっぱり、何事も練習かあ」
いつか俺が言った言葉を反復し、腕を組んで唸る真青だった。
「うちの姉貴たちにも教えてやってほしい……」
「今度駆君に、料理教室でも開いてもらう?生徒は私と江理ちゃんと佐理ちゃんで」
「えっ!いや、そいういうのはホント無理……」
一人で気ままに作るのと、他人に教えるのは全然勝手が違う。誰かの前に立つような、プレッシャーの掛かることも苦手だ。その点、母はすごいなと、いつも思う。
スーパーに着いて、真っ先に向かったのは野菜売り場だ。
「何買うの?」
「とりあえず、ジャガイモと玉ねぎとニンジン。今日全部使っちゃったし、あっても困らないし」
「りょうかーい」
赤城と真青が散らばり、赤城がジャガイモを、真青が玉ねぎとニンジンを取ってきた。こういう、血縁の為せるチームワークのようなものは強みだと思う。
「あとは?」
「肉。赤城も食べたいでしょ」
「超食べたい」
なんせ昼は全く肉がなかった。その前もカップ麺で済ませていたのなら、圧倒的に足りていないはずだ。
「巧、何肉が食べたい?」
「牛!」
即答だった。予算は多くないので、値段の割に量の多いものを真青が選んで、カゴに入れる。その他、飲み物やちょっとした菓子類も買って、再び赤城家に戻った。
キッチンに買った食材を並べて、真青が訊ねた。
「それで、何を作るんですか、先生」
「そりゃもちろん、カレーっすよ」
三食食べても飽きが来ず、二日目こそ美味しい、国民食代表カレー。育ち盛りの大食漢の胃を明日の夜まで持たせるには、これが一番だ。先ほど漁っていた時、調味料の中にほぼ未使用のカレー粉を見つけたので、使わせてもらうことにする。おそらく他の調味料同様、興味本位で買ってしまったシリーズだろう。
「私も手伝う」
「……俺も手伝うことあるか?」
やらねばという意思に燃えている真青と対照的に、赤城は口で言いつつもちょっと面倒くさそうだ。
「キッチンに三人入ると狭いし、巧はリビング片付けてなよ。着替えもゴミも散らかしっぱなしじゃん」
「へーい……」
真青の指示に赤城はすごすごと引き下がり、二度目の料理が始まった。と言っても、固形ルウが粉になった以外は、普通にカレーを作る手順と変わらない。
「真青さん、炊けたご飯を、ラップに茶碗一杯分くらいずつ小分けにして包んでくれる?」
「おにぎりにするの?」
「いや、そんなにぎゅっと固めない感じで、適当に」
「わかった」
せっせと小分けにしていく真青の横で、なでこんなことになってるんだっけと一瞬我に返りつつ、黙々と材料を切って炒める俺だった。
煮込む段階になった頃、漂い始めた匂いに釣られて赤城がふらふらとキッチンに寄ってきた。
「すげーいい匂いするー」
「夜ご飯だからね!ちゃんと食べるんだよ?」
「むしろ今食べたい」
貴様の胃はブラックホールか。おやつも買っていたではないか。一口だけ、一口だけ、と言い張るが、真青にブロックされて叶わない。
「タッパーとか、あるかな。耐熱だとありがたいんだけど」
「タッパーなら、上の戸棚」
つまみ食いは諦めたものの、若干不貞腐れている赤城の手で出されたタッパーに、三つに分けて、出来たばかりのカレーを詰めた。なんでも、真青家からおかずの融通がよくあるので、タッパーだけは常備しているのだそうだ。
「そっか、これなら温めてすぐ食べられるね」
真青が感心している。すぐにでもメモを取りそうな勢いだった。
気付けば二時を過ぎており、俺と真青はそろそろ帰ることにした。
「今日の夕飯は、鍋に残ってる分で足りると思う。タッパーは明日の分。冷めたら冷蔵庫に仕舞って。明日中に食べなかったら冷凍庫」
「ラップした白米は?」
「同じように、冷ましてから冷凍庫。食べる時に温めて」
「ういーっす」
まだ幼かった頃、両親が揃って出かける日に同じようなやり取りをした気がするなァとデジャヴを感じつつ、俺と真青は赤城家を後にした。
表に出ると、真青が改めて深いため息をついた。
「本当、ごめんね。駆君が来てくれてよかった。情けない」
「こちらこそ、役に立ててよかったよ」
「でも、ふふっ。駆君、お母さんみたいだったね」
「えっ」
なんと、友達から急激なランクアップを経て、おかんの称号を得てしまった。いろいろとすっ飛ばしすぎな気がするが、今日俺がやっていたことは、一人暮らしの息子の様子を見にきた母親と同じだったので、反論ができない。なぜ、人んちの息子の明日のご飯まで世話してしまったのか。だって放っておいたら、真青が貰ってきたお金で三食カップ麺買って済ませそうだったから。最近はカップ麺の種類も豊富だが、どうしても栄養が偏るのは避けられない。煮込み料理は一番まんべんなく栄養が摂れるのだ。
「うん、いや……赤城が健やかに生きてくれることを願うよ……」
急に疲れた気分になり、心に謎のダメージを負いながら、俺は帰宅するのだった。




