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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
四章

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お金で買えないもの

 打たれた頬を抑えてうずくまるミサトに、タクヤが急いで駆け寄る。

「ミサト!大丈夫かい?」

先ほどまでの尊大な態度は形を潜め、本気で心配している顔だった。

「お金で買えないものって、なーんだ?」

パドルを下ろしたあーさんが二人に歩み寄り、なぞなぞのような問い掛けをした。

「愛情ですわ」

ミサトは負けてもなお、あーさんを睨みつけてきっぱりと言い放った。情熱的な答えだ。タクヤは随分と愛されているらしい。

「ところが、愛は案外お金で買えるんだなー。例えば、好きな子にプレゼントを買ってあげたり、一緒に映画を見に行くことで、二人の仲が進展する。これって、お金で育まれた愛だよね」

「屁理屈ですわ」

「……じゃあ、時間かな?」

今度は、タクヤが答えた。しかし、あーさんは首を振る。

「それも違う。オレたち平民は、時間を捧げる対価にお金を貰っているからね。雇用者からすると、労働者の時間を金で買っているってことになるわけだ」

「それじゃあ、一体なんですの?」

困惑した二人は、妖精のような美青年を見上げて訊ねた。

「経験に基づく技術だよ。どんなに良い装備でも、技術が無ければ、こうして安い装備のオレに負けてしまう。技術があれば、装備の差くらい簡単にひっくり返せる」

「あ……」

「経験自体は、ある程度はお金で買えるし、技術を持った他人を雇うこともできるよ。でも、経験した何かを自分の技術にするには、お金以外のものが必要になるんだよ」

「……」

「もちろん、向き不向きもあるけど……。上達する一番の要素は、何かを好きな気持ちだよね。きみはタクヤくんが好きだから、タクヤくんがやっているゲームの操作を覚えた。オレたちは、この世界と生産スキルが好きだから、良い装備や武器やアイテムが作れるようになった」

あーさんは、攻撃を打ち消す以外に攻撃スキルを使っていない。使ったのは実質、不遇と言われながらも彼が誇る木工スキルによって作られた人形と、ただの殴打だ。ミサトは俯いたまま、じっと地面を見つめている。あーさんは、静かに微笑んだ。

「きみだって、許嫁だから、見栄を張って好きだって言ってるだけだろうって言われたら、嫌でしょ?」

「嫌に決まっています!」

「じゃあ、タクヤくんを成金主義のボンボンだって貶す人がいたら?」

「全力を持って、叩き潰しますわ!……あっ」

そこでミサトは、気付いたようだった。自分が店長に言った心ない発言の数々と、その中で、自分の好きな人が好きなものを貶してしまった自分に。あーさんが敢えて、パドルで自分を叩き伏せた理由も。

「約束通り、店長とタクヤくんに謝ってくれる?」

「……ごめんなさい。何もわかっていないくせに、酷いことを言いましたわ」

今度こそ反省したようで、ミサトは三つ指を付いて、深々と頭を下げた。

「わかってくれりゃいいよ。……いつか、いい歳した大人になった時にな。本気になれることがあると、人生楽しいぞ」

歳取ると説教臭くなっていけねえや、と、店長は豪快に笑った。

「タクヤ様も。本当にごめんなさい」

「……少しは、楽しんでくれているかと思っていたんだが……。苦痛だったんなら、ボクも申し訳ないことをした。無理はしなくていい。大会のメンバーは、別の人に頼むことにするよ」

「そんな!無理はしておりませんわ!タクヤ様のお傍に居ることは楽しいですもの!」

悲しそうな顔をさせているのが自分だと分かり、ミサトの目に見る見る涙が溜まって行く。

「はぁーあ、疲れたな。帰るぞー」

「うぃーす」

その一方、若者の恋愛沙汰には興味が無い店長の号令で、団員たちは各々の棲処に散っていった。

「貴方も、強い方だったのだな。本当にボクたちは世間知らずだ。思い知らされた」

タクヤが、泣き始めてしまったミサトを宥めつつ、あーさんを見上げた。

「そりゃあね。ウヴァロ杯準優勝は伊達じゃないよね」

「えっ、準優勝?!」

宝石町商店街のあーさんもとい、踊る爆弾魔AreA。数ヶ月前に、俺と決勝戦で熱い戦いを繰り広げた猛者だ。自作のマトリョーシカに、本人にしか分からないいろんなものが詰まっている。スキルではないので詠唱もMPも必要ない上、爆破でプレイヤーステータスに依存しない固定ダメージを与えてくるという、恐ろしい人形使いだった。

「なんでくろくんが誇らしげなのさ。自分のが強いくせに」

「やだなァ、あれはまぐれだよ。次があったら、十回やって十回負ける自信がある」

「それは自信って言わないよ」

「えっ?自分のほうが強いって……まさか」

着ていたフード付きローブを外すと、胸元に宝石学園帰宅部の文字が現れ、

「あっ!くろす?!」

タクヤが驚愕の声を上げる。泣いていたはずのミサトの涙も引っ込んだ。どうしてあーさんのことは知らないのに俺のことはわかるのだ。

 くろすのトレードマークのジャージのことを、俺はとても気に入っている。細身でスタイリッシュなシルエットに、帰宅部のくせに専用ジャージがあるとはどういうことかというツッコミどころ満載さ。足元も、スリッパなのにすっぽ抜けず歩きやすいところなど、良いところが沢山ある。世界観に合っていないせいか、どこに行っても不和を醸し出す感じが特に良い。

「作務衣だって、大概目立つと思うんだけどなァ」

「だってオレ、普段はこれ着てるからねえ」

あーさんがボロボロローブをインベントリから引っ張り出して羽織ると、即座にいつものスタイルに早変わりする。まさか広場でひっそりと素材やガチャ品を売っている薄汚れた男が、華麗なる爆弾魔だとは誰も思わないというわけだ。

 「く、くろす!頼みがあるのだが!」

三人組そっちのけで立ち話をしていると、タクヤが改まって声を上げた。

「何?装備の販売自粛はしてやんないよ」

そもそも、俺が普段売っているのは料理ばかりだ。料理だけで十分に資金繰りができる程度に稼げているというのに、なぜだか俺が料理人だという噂は広まらない。なぜだ。

「その話は、もういい……。装備を、見せてもらえないだろうか。大会に参加するにあたって、マザーグランデ最強と言われるくろすがどんな石を使っているのか、見てみたいんだ」

「やだよ。ただでさえウヴァ杯の動画が出回ってるせいで殴り込みが多いってのに、見ず知らずの初対面に手の内明かしてたまるか」

最強かどうかはさておき、研究されるのはいい気分ではない。それに、ある美さんよりも戦略に長けた誰かに対策を打たれたら、確実に負ける。それは嫌だ。どうせ負けるなら、ある美さんか真青がいい。

「そこを何とか!他の者には絶対に言わないと誓おう!」

「学生大会は課金禁止ってルールがあんのに、遠回しに金でなんとかしようとした奴の言葉なんか、信用できると思うか?」

「くっ……」

自業自得だと、本人も分かっているのだろう。タクヤは反論せずに項垂れた。流石にいじめすぎかと、俺は小さく息を吐いて、提案する。

「じゃあ、さっきのあーさんに倣って。タクヤくんが俺と勝負して、俺に勝てたら見せていいよ」

「か、勝てるわけがないだろう?!」

「うん?八スロット装備を流通させなければ大会でも勝機があると思えたくらい、強いんじゃないの?」

今度は、あーさんが微笑みながら訊ねる。穏やかでいつもニコニコしており、声を荒げることはないが、涙目の少女を容赦なく殴り飛ばしたことからもわかるように、彼の本質はサディスティックだ。本人に言うと否定されるが。

「それは、学生大会だからであってだな……」

目が泳ぐタクヤ。早くも、先ほどの提案は彼の中ですぐにでも忘れてほしい黒歴史になりつつあるようだった。切り替えと学習能力の高い男だ。

「学園杯なら、オレも出るよ?」

あーさんが、のほほんと挙手した。タクヤの表情が絶望に染まる。

「えっ、マジ?」

うっかり、俺まで驚いてしまった。

「うん、商店街の料理人たちから、副賞のレシピが気になるから獲って来いって言われてね。まあ、ポイント貰えるし、いいかなって」

ウヴァ杯では準優勝も副賞で課金ポイントが貰えたので、味を占めたらしい。そもそも前回も、商店街の中で王宮秘伝レシピを誰か獲りに行けという話になって、ギルド内で一番対人戦が強いあーさんが出ることになったのだそうだ。これだからガチャ廃は。と言うか、優勝する気満々だ。装備のことといい性格といい、俺とはどこまでも正反対の男である。なお、商店街のメンバーからたかられて、王宮レシピは横流し済だ。

「きみたち、どの部門に出るの?もし大学生の部に出るんだったら、ここでオレに負けてるようじゃ、どれだけお金かけたって無駄だよ?」

「こ、高校生の部さ。残念ながら、貴方とは戦わない」

ふふん、と必死に表情を取り繕いながらタクヤが胸を張った。現実の彼はさぞ胸を撫で下ろしていることだろう。そして、俺にとってはライバルチームだった。いよいよ手の内を見せるわけにはいかない。

「そっかー。残念だねえ」

ちらりと、あーさんが俺を見た。あーさんの素性を俺が知っているように、俺もあーさんに素性を話している。昨日の敵は今日の友だ。

「と、とにかく!貴方とバトルする以外で、ボクが装備を見せてもらえる方法は、ないだろうか!」

そこは踏んぞり返る場面ではない。やっぱり、ちょっとずれている気がする。

「いっそ清々しいね」

隣であーさんが呆れる。

「……例えば、袖の下などは」

タクヤは、ちゃりーんと音が鳴りそうな丸を指で作りながら、おそるおそる訊ねた。本当に反省しているのだろうか。

「いいねえ!他人の金で回すガチャは格別だよね!」

「妖怪ガチャ狂いは黙って」

「いてっ」

あーさんが満面の笑みを浮かべて口を出すものだから、俺は思わず後頭部をはたいてしまった。

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