ミサトVSあーさん
店長が、イカす啖呵を切った直後。
「今出て行くタイミング?」
「じゃない?」
こそこそと小物臭を漂わせながら俺とあーさんは話し合い、屋根から飛び降りた。ドヤ顔で店長の後ろに立ってみる。あーさんはいつものボロボロローブを脱いでかっこいい作務衣姿だが、ゲソを咥えているので台無しだ。俺も俺で、社会人じゃないし、ギルドメンバーでもない。今一つ恰好が付かないなァと思ったら――ぞろりと後ろに団員たちが連なった。
いくらかは近くで露店をしていて初めから話を聞いていて、残りはその露店組から店長が喧嘩していると聞いて、駆けつけて迷彩で隠れていたのだろう。ログインしていないメンバーもいるので総勢三十名ほどだが、なかなか壮観だった。生産廃の半数が所属しているとは言いすぎだが、アクティブメンバーの割合と、ギルドマスターの慕われっぷりは、マザーグランデで他の追随を許さない。
ゲームとは言え、中身は人だ。そこら中にいた人々から一斉に敵意を向けられるのは、何不自由なく育ったお嬢様には、さぞ恐ろしい体験だったと思う。ひっと小さく悲鳴を上げ、身を小さくしてタクヤに寄り添った。そしてタクヤは、
「……ボクたちが間違っていた。不愉快な思いをさせて、申し訳ない」
静かに頭を下げた。
「タクヤ様?!」
「ミサトも謝るんだ。ボクたちは、彼らの一番の誇りを傷つけたんだよ」
初めはなんというトンチキ野郎かと思ったが、案外常識人だ。しかし。
「い、嫌ですわ!私は何も悪いことはしておりませんもの!いい大人が、たかがゲームに本気になるなんてみっともない!」
「ミサト!」
アレキス山よりも高いプライドが頭を下げると言うことを許さないのか、ミサトはタクヤに後頭部を押さえつけられても、断固として抵抗した。もはや呆れてぐだぐだムードになりつつある現場で、不意にあーさんが挙手した。
「ミサトちゃんだっけ。……きみ、なんでそんなに自分が遊んでるゲームをコケにするの?」
「ふん!タクヤ様が遊んでいなければ、こんなわけのわからないゲームで時間を浪費したりしていませんわ!」
「……はあ」
つまり、好きな男が遊んでいるから、大して興味はないが遊んでいると。涙ぐましい努力とも言えるが、隣でその好きな男が悲しそうな顔をしていることに、気付いているだろうか。
「よし、それじゃあこういうのはどう?」
人差し指を立てて、あーさんが提案した。
「オレと対戦しよう。もしミサトちゃんが勝ったら、宝石町商店街は向こう三ヶ月間、装備と武器の販売を自粛する。オレが勝ったら、ミサトちゃんは店長とタクヤくんに謝る」
「……どうしてタクヤ様の名前が出ますの?」
「それがわからないようじゃ、タクヤくんの許嫁は辞退したほうがいいねえ」
「んなっ!……そもそも、私はそんな野蛮なことは得意ではありませんの。最初から負けるとわかっている勝負を受けるようなことはしませんわ」
ぷいっと、縦ロールを揺らしてそっぽを向くミサトに、
「ご自慢の八スロット課金装備なんでしょ?オレの装備、二スロットの店売り品だよ?」
「えっ?」
「確認する?ほら」
言うが早いか、作務衣の上衣を脱いで手渡すあーさん。何のためらいもなく上半身裸になった美青年に、ミサトは一瞬顔を赤らめる。が、すぐに顔を逸らして受け取り、ステータスを確認した。正確に言うと、腹にサラシを巻いているのでシステム上は裸ではないが、見た目に肌色が多いことに変わりはない。
「……本当ですわ」
「それに、オレがやってるのは、生産職の中でも不遇と言われてる木工でね。八スロットなのは、武器だけ。どう?勝てそうな気がしてこない?」
作務衣を返してもらいながら、あーさんは爽やかに笑った。そもそも、生産職は戦闘が苦手な者も少なくない。ミサトはしばらく逡巡した末に、
「……わかりましたわ。受けて立ちます」
クイーンスタッフを手に取り、小さく頷いた。
「そうこなくっちゃ。いいよね、てんちょ」
「おう、やってこい。負けたら向こう三ヶ月ガチャ禁止な」
「えーっ!それは厳しいなー!」
課金するなと言っているだけなのに、何故そんな悲痛な顔をしているのだ。圧倒的に不利な条件で、相談なしに勝手にギルドの方針を賭け対象にしたにも関わらず、店長も他の団員も、呆れているだけで怒っていないことに気付いたタクヤが、怪訝な顔をした。
「じゃあ俺が合図するー。タクヤくんと執事の人も、こっちおいでよ」
せっかくなのでしゃしゃり出て手招きすると、タクヤは不安そうな顔で素直に寄ってきた。執事の彼は、静かにタクヤの後ろに侍っている。
「あーさん、レギュレーションは?」
「んー、賭け戦で一番ポピュラーな、三分HP0で行こうか」
「何でもいいですわ。始めましょう」
不機嫌そうに杖を構えるミサトに、ボートのパドルのような武器を携えたあーさんが、対戦申し込みをする。すぐに受理され、
「いくよ?レディー、ファイッ」
俺の掛け声と同時に、
「キャスト、水鉄砲!」
ミサトが水の球を放った。選択は悪くないが、
「キャスト、鯨尾」
あーさんは更に強い攻撃をぶち当てて、一瞬で霧散させた。飛び散った水が上空に虹を掛け、おおーと観客から歓声が上がる。
「キャスト、加速」
「ひっ!キャスト、盾!」
俺がルリにやったのと同じ、交戦する直前で加速する不意打ちを、盾で防いで逃げるミサト。
「キャスト、塵旋風!」
すぐに範囲攻撃を仕掛けた。近寄っていたあーさんが、モロに喰らってHPを一気に削られる。さすがに二スロットの装備では、HPもMDFも満足に付けられない。
「反応は悪くないなァ」
「ああ。頼もしいメンバーさ」
タクヤが、意外に善戦している許嫁を見て、ほっとした顔をする。
「けど、それだけじゃあーさんには勝てないぜ」
「え?」
「キャスト、マトリョーシカ」
パドルを持っていない左手に、マトリョーシカが出現した。木工スキルで作れる民芸品の置物のひとつだ。あーさんは、一番小さなサイズをいくつも手にし、ミサトの足元にばら撒いた。
「? なんだい?」
きょとんとした顔のタクヤ。途端に、バババババッと音を立てて、マトリョーシカが爆ぜた。破片が飛び散り、ミサトの足を掠めて行く。
「きゃあっ?!」
ミサトが足元の爆発に気を取られている間に、あーさんは少し大振りのマトリョーシカを、パドルを野球のバット代わりにして打った。なんとかミサトが盾で弾いた瞬間、二つに割れたマトリョーシカからドン!という爆音と共に、何かの粉が振り撒かれる。
「っ! なんですの、コレ」
「毒だねー」
有害なものだとわかった時には既に遅く、吸ってしまったミサトのHPが、徐々に削れ始める。蜜散弾よりも強力な毒だ。
「キャスト、火炎放射!」
「おいで、オンディーヌ」
今度は、自分の手でマトリョーシカを砕いた。中から現れたのは、美しい女性の姿をした、水属性モンスター。モンスターは調教というスキルで一時的に仲間にすることができ、空き瓶に封印することで持ち運べる。使うと一度だけプレイヤーの代わりに戦い、去っていく。オンディーヌは火炎放射を水の盾で弾いて無効化させると、どこかへ消えていった。立ち込める水蒸気に紛れ、即座に攻めに転じるあーさん。パドルでリズミカルに打ち込む様は、まるで踊っているようだ。突然の猛攻に魔法を詠唱する暇もなく、杖で防ぐのが精いっぱいのミサトは、困惑と共に若干涙目になっていた。
「キャスト、転移」
今度は、突然目の前に居たはずの男が消え、背後から現れて彼女の首を打った。ミサトのHPが一気に削れる。
「キャスト、HPポーショ……」
あーさんは、慌てて回復しようとしたミサトの顔面を容赦なくパドルで打って、吹っ飛ばした。
「鬼畜ー!」
「女の子の顔になんてことすんだー!」
タクヤが思わず顔を覆い、あーさんの味方であるはずの外野から野次が飛ぶ。回復もままならず、再び杖でパドルの攻撃を防ぐしかない少女は、じりじりとHPを削られ、やがて膝を突き。
『対戦終了。勝者、AreA』
最後は毒で、呆気なく敗北した。制限時間を一分以上残した、一方的な試合だった。




