課金兵
自動ドアを抜けると、現実のゲームセンターを越えるうるささが押し寄せてくる。
「てーんちょー!来たよー!」
広い店内のどこにいるのか分からないので、探しながら大声で呼ぶ。
「てんちょー!」
「おー!こっちだこっち!」
声のしたほうに歩いて行くと、何かのゲームでせっせと遊んでいる大柄な男性がいた。
「よっ、俺が店長だよ。朝ぶりだな」
「知ってる通り、くろすだよ。何してんの」
画面から目を離さずに名乗った店長の横から、覗き込む。
「格ゲーだよ。とーすとの隠し要素のミニゲームなんだ」
「そんなのあったんだ?!」
二年遊んでいても、知らないこともまだまだ多い。それにしても店長、仕事でも遊びでもゲーム三昧とは、見上げた大人だ。とりあえず近くの椅子に腰かけて、区切りがつくまで大人しく待つことにした。ゲーム中のゲーマーの邪魔をしたら、肘鉄を喰らっても文句は言えない。
「いやあ、悪い悪い!お前が来るまでの暇つぶしのつもりが、つい」
短く刈った黒髪と黒縁眼鏡、もみあげから繋がった顎ヒゲは現実の店長と変わらないが、筋骨隆々な体格に空手の胴衣を着ていて、格ゲーのキャラのようだ。本人も意識しているに違いない。声が聴こえづらいので、一時的に設定でBGMやSEの音量を下げる。
「噂はかねがね聞いてたけど、すごいね。こんなでかいギルド本部初めて見た」
「だろー?まあ、俺もこんなにでかくなるとは思ってなかったんだけどよ」
店長は、大きな声で豪快に笑う。
「どうだ、お前も入るか?生産やってんだろ?」
「やってるけど、ギルドに入る気はないよ……。それに、俺が入ったら面倒なプレイヤーに絡まれるよ」
「そうかー、面倒な奴はどこにでもいるから、気にしねえんだけどな」
残念そうに、腕を組んで項垂れた。確かにこの商店街なら楽しそうだが、俺は旅する料理人なので、店舗を持つわけにはいかないのだ。
「てんちょぉー、たすけてくださーい」
話し込んでいると、弓を背負った西洋系民族衣装の男性が、よたよたと駆け込んできた。
「どうした」
「外で変なのに絡まれて、店長を出せって引いてくれないんですー」
「なんだそりゃあ」
疲弊しきっている男性に首をかしげつつも、店長は立ち上がった。責任感のある男、かっこいい。
「場所は?」
「トルマリっす……。案内しますっすー」
「俺も行くー」
面白そうなので、野次馬根性で挙手した。知らないアバターだったが、向こうは俺を知っていたようで、驚いている。
「あれっ!くろすさん?」
「お前が来るなら心強い。パーティー作るから入れ」
「ういっす」
すぐにパーティー申請が来て、加入する。呼びに来た男性はろびんというらしい。
「パーティーワープ使うぞ。いいか」
「いいよー」
「お願いするっすー」
店長は、買うと値段の張る錬金術アイテムを惜しげもなく使い、俺たちはひとまず商店街に別れを告げた。
× × ×
一瞬でトルマリに着き、ろびんに案内されて、露店広場を再び訪れると、
「あれ、おかえり。てんちょもこっち来たの?」
俺たちに気付いて、あーさんが声を掛けてきた。
「おう。ついでだ、あれあも来い」
「なになにー?」
店長の要請に応じて、あーさんもパーティーに加わる。宝石町商店街は自由なギルドだが、店長は慕われているので、何かあると気軽に協力してくれるメンバーが多い。歩きながら事情を話し、
「あ、あいつらです」
ろびんが遠巻きに指差した先には、一発でそれと分かる、全身を課金装備に身を包んだ三人組がいた。
「うわ……」
真ん中に立つ、外はねの銀髪の若い男は、真青が欲しがっていた王子様ブラウスに、赤いビロードの布に金の刺繍の入った王様マント、そして人気装備のゴシックパンクパンツ。頭には、イベントでなくガチャで恒常的に手に入る、金色に光り輝く大きな王冠。隣に侍る金色の巻髪の女の子は、フリル地獄と名高い、パフスリーブのブラウスにコルセット、パニエで膨らませたフレアスカートの、ゴシックロリータ装備一式。これ見よがしに課金武器のクイーンスタッフを携えている。そしてもう一人の男は、二人に比べると地味な、黒い短髪。装備は、燕尾のダークスーツに白い手袋とモノクルの、ゴシック執事スタイル。執事衣装は非課金装備にもあるのだが、ゴシック執事は袖や襟元に細かな模様が入っていて、光の加減で見えるのが美しいのだ。丸テーブルと椅子を出し、執事が淹れた紅茶を、他の二人が小指を立てて飲んでいる。
それを見た店長が、
「近寄りたくねえー……」
小さな声で言った。
「逃げる?」
あーさんも言った。
「そうしよっか」
俺も頷く。本能が、あれらに近付くと面倒が起きると警鐘を鳴らしている。
「皆さん……」
全員が逃げの姿勢を見せたことに対し、ろびんが生温かい視線を向けた。
「ろびん、名前知られてるな?ブロックしろブロック」
とーすとのブロック機能は優秀で、これ以上関わり合いたくないプレイヤーをブロックリストに入れると、お互いに姿が見えなくなる。このお互いにというのが非常に重要で、無視されただとか相手にブロックされているということを感づかせずに、ただ単にお互いがいないことになるという機能だ。もし共通の友人がいたら若干気まずいかもしれないが、直接接触する手段がなくなるのでかなり効果的だ。ウヴァ杯など公式の対人戦には適用されないとのことだが、俺は今のところ、そういった相手に当たったことはない。
「おれもやろうとしたっすけど、個人情報突き止めて報復してやるとか言われたっす……」
「普通に恐喝だね?訴えたら勝てるよ」
急にあーさんが真面目な声で言った。中身は法律を学ぶ大学生なのだ。バイト代の大半をガチャに溶かしているが、クレジットや借金に類するものは使ったことがなく、将来は立派な弁護士になる予定、らしい。
「運営に言えば、BANしてくれるんじゃねえか。証拠は撮ったか」
「一応……」
プレイを録画できるので、そういった対処もできる。『怪しいな、と思った時はRECボタン』は初心者向けの標語として広く知られている。
「しかし、大事にするのも面倒だよなァ。どういう要件か訊かなかったの」
「それが、何が言いたいのが全然分からなかったっす……。始めは、おれが露店で売ってた装備を、買ってくれたんすけど……」
ろびんの話に寄ると、ろびんはある美さん同様裁縫Sランクで、時々広場で装備の露店を出しているのだそうだ。そして今日もいつものように露店を広げていたら、彼らがやってきて、八スロット装備と見るなり一通り買い占めたという。
「そこまではただのお客さんだったっすけど、そのあと突然、「これから君の作る装備は全部我々が買い取るから、他の奴に売るな」って言ってきたっす」
「はあ?」
生産をやっているプレイヤーの思想も様々なので、どこかのギルドに所属してギルドメンバーにしか売らない者や、専売契約をしている者もいるし、それ自体は悪いことではない。しかし、宝石町商店街は、『良いものを、適正価格で貴方の元へ』がモットーだ。ある美さんのように極端ではなく、欲しいものがあれば相応の金を支払いさえすれば、誰にでも売ってくれる。あまりにも商人プレイヤーへの影響力が強すぎて、店長の声一つでゲーム内のアイテム相場が大変動したという伝説もあるくらいだが、組織的な釣り上げなどは行わないので、それはただの噂だろう。あくまでも、市民に優しい商店街だ。
「おれは商店街のメンバーだから、そういうことはやっちゃいけない決まりだって言ったっす。そしたら、じゃあギルドマスターと話をするから呼んで来いって……」
「はあ、確かによくわからん奴らだな。あんな課金装備で固めた奴らが、非課金装備に今更何の用だよ」
課金装備は、初めから概ね五つ以上スロットが開いていて、運が良ければ八スロット開いたものも出てくる。他のゲームのガチャで言う、SSレアというわけだ。五スロットしか出なくても、アイテムでスロットを増やせるし、十連ガチャを回すと穴開けアイテムがおまけで付いてくるので、今更わざわざ八スロット装備を買い占める必要など、どこにも見当たらないのだった。
「すっげえ嫌だけど、話だけでも聞いてみるか……。お前ら、ちょっと離れて見守ってて」
「りょうかーい」
のんびりと、あーさんが敬礼した。
「俺変装したほうがいい?」
「そうだな、その格好、有名すぎるからな」
トレードマークのジャージと猫足スリッパだが、おかげで会ったことがないプレイヤーにまでくろすだと認識されてしまう。とりあえずフード付きローブを羽織りつつ、あーさんと二人でこそこそと、彼らが暢気に茶をしばいている場所の傍の建物に上った。




