宝石町商店街
朝ログアウトしたままの、トルマリの片隅からスタートした俺は、街の中でも人の多い露店広場に向かった。広場の中心に建っている、翼の生えたライオンのような像の下で露店を開いている男に話しかける。
「あーさん、中身入ってる?」
「んぁ、なに?」
AreAという名前が頭上に点灯している、薄汚れたローブに身を包んだ青年が、もごもごと反応した。いつもフードを被っているが、淡い緑色の長髪を持つ美青年だ。本人は『あれあ』と読んで欲しいらしいが、周囲からは『えりあ』とか『れーくん』とか、適当に呼ばれている。
「何食べてんの」
「夕飯のぎょにそ」
一応注釈しておくと、魚肉ソーセージのことだ。
「それ、おやつじゃない?」
「誰かさんみたいに、毎日美味しいゴハンが食べられる生活はしてないんだよ……」
トゥルッターを見たらしい。あーさんは独り暮らしかつ、他のスマートフォンアプリやオンラインゲームにも手を出しガチャをぶん回す重課金兵なので、大体いつも困窮している。課金は無理のない範囲でと言っているのに。一度行き倒れて入院した時も、「ログインボーナスが……連続記録が……」と呻いていた。それはさておき。
「あーさん、店長って今どこにいる?」
「てんちょ?くろくん、てんちょと知り合いだったっけ?」
「リアル知り合いだったことが今日発覚した」
「まじ?世間狭いねえ。ちょっと待っててね」
しばし黙る。ギルド会話で訊いてくれているのだろう。あーさんは、物好きの中でも最強に物好きしかやらない木工スキルを極めし趣味人で、宝石町商店街のメンバーなのだ。
「てんちょ、今ギルド本部に居るって。通行許可出しとくね」
「助かるー。肉食べる?」
「食べるー。これで現実の腹も膨れたら最高なんだけどねえ」
Sランク骨付き肉をプレゼントすると、あーさんはわーいと低いテンションで喜んで、さっそくかじりついた。とーすとのアバターには空腹度という数値があり、一定時間何も食べていないと徐々に増えていく。百パーセントになるとステータスにマイナス補正がかかるという、恐怖の数値だ。
運営的にはこだわりまくりの料理スキルシステムを活かしてほしかったのだろうが、プレイヤーとしては何かしら食べていればいいので、皆適当にNPC売りの果物などかじっている。人生何事も、狙い通りにはいかないものだ。
「合言葉はミナゴロシだよ」
「物騒な……。じゃ、本部行ってくる。またね、あーさん。倒れないようにね」
「またねー」
あーさんと別れ、ワープポイントからエメラドを選択する。周囲が光に包まれて、数秒の間とエレベーターのような浮遊感の後、目の前に巨大な石造りの城壁が現れた。
首都エメラドは、石造りの古い街だ。首都というだけあって、フィールドの広さはトルマリの三倍ほどもある。街の中央には巨大な王宮がそびえているが、プレイヤーはイベントや一部クエストの最中しか入れない。そもそも、その辺のダンジョンよりも複雑な、曲がりくねった迷路のような城の中は迷子が続出するので、入れたとしても誰も入りたがらない。いつだったか、依頼主が王宮最深部の謁見の間にいる国王で、クエストの残り時間に応じて報酬が変わるというタイムアタックイベントが行われた時は、かなり不評だった。
そうでなくても、街自体が細い小道が多く、トルマリというわかりやすい街があるので、すれ違うプレイヤーの数はそう多くない。大通りに出て、立ち並ぶ建物の中でも一際大きな建物の前に辿り着き、扉の傍らに立つNPCに声をかけた。
「すみません、宝石町商店街の本部に行きたいんですけど」
「かしこまりました。通行許可は受けておられますか?」
「はい、×くろす×です。許可者はAreA」
「確認が取れました。通行パスを入力してください」
この通行パスは、許可を出した団員が任意で決められるものだ。先ほどあーさんが言っていた、合言葉のことである。現れた入力ウインドウに、37564と数字を入力すると、がちゃん、と扉の鍵の開く音がした。
× × ×
扉の向こうは、商店街だった。
「おお、すごい」
宝石町商店街の文字と、ギルド紋章の描かれたアーチをくぐると、アーケードに覆われ完全雨天対策された広い通りが続いていた。両側に、定食屋や甘味処などの食べ物屋から、文具屋、本屋、金物屋、服屋と、あらゆるジャンルの店が隙間なく立ち並んでいる。ギルド本部はアイランドと同じシステムが採用されているため、団員たちの話し合いの元、好きなようにカスタムできるのだ。ただし島同様金と手間がかかり、しかもその金は個人の財布ではなくギルドに寄付された金から賄われる。寄付額がプレイヤーに寄ってまちまちになりがちなギルドでは、不平不満が起きないよう、ギルドマスターや有志数人で一つ集会所を建てる程度。こんなに大規模なフィールドを作るギルドは他にない。
「あ、くろすだ」
「くろす?」
「ほんとだ、くろすだ」
「どうもー」
俺の姿を見つけて、にょきにょきとあちらこちらからプレイヤーが出てくる。彼ら全員、商店街の住民であり生産廃だというのだから、ここは楽しい場所だ。許可制なので変な奴は入ってこないし、入ってきたところで追い出せるので、初めて会うプレイヤーも穏やかなものだった。
「にゃっはは、れーくんから話は聞いてるにゃん。ウチに来るの、初めてだよにゃ」
たい焼き屋のカウンターの奥から、黒い猫耳を付けた、紫色の内巻きショートカットの女性アバターが顔を出した。彼女も顔見知りで、名前を猫之島みい子さんという。料理スキルを極めんとする同志だが、なぜかたい焼きの具ばかり研究しているというキワモノだ。いかなる時も猫娘キャラを貫き通し、露店をやっている時は必ず『みいこのたい焼き屋 ナントカ支店』という看板を立てるなど、そのキャラ付けは完璧だ。
「うん。すごいな、本当に商店街なのか。ここがたい焼き屋の本店?」
「そうだにゃ。ウチはにゃ、店が欲しかったらその金額自分で寄付する決まりだからにゃ。何の諍いも起きないにゃ~ん」
比較的資金繰りに長けている、生産廃ばかりが集まっているからこそ機能する決まりだった。
「なるほどなァ。せっかくだし、カスタードたい焼きひとつください」
貼られたメニューには、スタンダードなこしあんつぶあん、白あんから、焼きそば入りやハムタマゴなど、サンドイッチのようなラインナップも並んでいた。みい子さんによると、たい焼きシリーズは料理レシピの中でも種類が多く、アップデートの度に味が追加されるので、研究し甲斐があるらしい。開発も、なぜそこにこだわるのか。
「ありがとにゃん。ひゃくにじゅうまんえんだにゃーん」
駄菓子屋のおじちゃんのようなことを言うみい子さんに120Sを手渡すと、
「はい、味わって食べるがいいにゃん」
ご丁寧に、油紙に包まれたたい焼きが差し出された。油紙はたい焼きレシピには入っていないので、完全におまけだ。もちろんSランク。現実世界と違って、インベントリに入っている間は時間が経っても冷めないので、作り置きしておけば取り出すだけでいつでも熱々のたい焼きだ。
「ありがと。……適正価格で売ってくれていいのに」
「ウチのメンバーは大概自分で料理ができるから、ここで売るのはおままごとみたいなもんだにゃん。支店で売るときはゼロがいっこ多いにゃ」
露店で売る際にあまり安い値段で売ると、市場価格が下落して、恨まれるし原価割れするし、誰も得をしない。プログラムを組んで、様々なアイテムの露店平均価格を教えてくれるサイトまであるほどだ。
「くろすもウチに入ればいいにゃ。ウヴァ杯の王宮レシピで高級レストランでもやるにゃん」
「商店街に合わなさすぎるでしょ」
たい焼きをはふはふしながらかじりつつ、突っ込みを入れる。王宮レシピは、Sランク素材でないと失敗するフレンチのフルコースだった。やっぱりスタッフに変態がいると思う。そんなもの、普通にPvPを楽しんでいるプレイヤーが貰ってどうするんだ。
「具の多い頭から食べるくろすは、欲しいものややりたいことがあると後先考えないタイプだにゃん。勢いよくかじりついて具がはみ出て慌てる様から見るに、失言やうっかり発言が多くて、嘘が苦手だにゃ?」
なんと、たい焼きの食べ方で性格診断が始まった。
「カスタードを選ぶのは、ちょっと変わったことがしたい、でも無茶な冒険はしたくない、そんな思春期を心に秘めた慎重派だにゃ。総合すると、自分の中に矛盾が多い、苦労する性格にゃ~ん」
「当たってる気がする……」
真剣に反省してしまった。にゃっはっはと楽しそうに笑うみい子さんだった。
「時には思いきった冒険も必要にゃんよ、少年」
にやりと犬歯を見せ、金色の猫目を細められると、全てを見透かされている気分になる。
「みい子さんにはかなわないなァ」
「店長はこの先のゲームセンターにいるにゃん。何か頼みたいことがあるって言ってたにゃん」
「頼みたいこと?なんだろ」
みい子さんと別れ、示された方を見ると、GAMEと太いゴシック体で書かれた一際派手な看板の店が見えた。
「もしかして店長、ゲームの中でまで店長やってるのか……」
「にゃっははは。現実と同じことするなんて、物好きな男だにゃん」
みい子さんは、釣り目を細めて笑った。




