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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
四章

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穏やかな休日

 買い出しに行くべく身支度をして、母からの買い物リストを見直していると、食料品や消耗品に混ざって、『菜切り包丁』というのがあった。それも、十本。(領収書貰っといて)とあるので、料理教室で使う生徒用のものだろう。

「……息子に買わせるものじゃなくない?」

つい、突っ込む。母御用達の包丁は、駅向こうの刃物屋に売っている。それを買ってこいと言っているのか、汎用品でいいのかわからなかったので、メッセージを送ると、

『普通のでいいです!』

と即座に返事が返ってきた。どちらにしろ数が多いので、駅前のホームセンターにでも行かねば揃うまい。買い物ルートを頭に描き、父に貰った、丸いフォルムのスクーターで出かけることにした。


 駅前に着いたのは十時を回る少し前で、どの店もまだ、開店準備中だった。と言っても、市外に遊びに行く若者で、既に道の往来は多い。

 駐輪場に向かって歩道を押していると、例のゲームセンターの前に人影があった。

「あれ、店長」

「ん?」

俺の声に振り返ったのは、ゲームセンターの制服のポロシャツを着た、三十代後半くらいに見える、ガタイのいい男性。PC作業の多い人間特有の猫背に、四角い黒縁の眼鏡、もみあげから繋がった顎ヒゲ。二年前とあまりにも変わらなさすぎて、思わず声をかけてしまった。

「おおー!駆!久しぶりだなあ!」

ヘルメットを被る際に前髪を上げていたので、すぐ気付いてもらえた。

「こないだモッチーが、駆が来たって言ってたからよお、また来ないかと思ってたところだったんだよ。元気か?!」

店長は声がでかい。ゲームセンターの喧騒の中でも聴こえる声で喋らねばならないからだろうが、朝の商店街にはちょっと響きすぎる気がする。喋っている俺に、ちらちらと視線が刺さってくる。

「元気元気。店長も元気そうだね」

「おう、元気が取り柄だからな。……いいの乗ってんじゃねえか」

「そうなの?父さんのお下がりなんだけど」

ちょっと年季の入ったスクーターだが、形が良いので気に入っている。と思ったら、何やら良いものらしい。バイクにはあまり詳しくないので、調べてみなければ。

「お前、今まで何してたんだ」

突然店に来なくなり、その後二年もの間音信不通だった息子のような歳の常連のことを、店長はずっと気に掛けてくれていたようだ。なお、店のメダル会員登録証に名前が書いてあるので、当時の店員の皆さんは俺の本名を知っていた。初めて潜入した日に、店長に「甘そうな名前だなあ」と笑われたことは、今でも覚えている。

「オンラインゲームにハマって、ゲーセンどころじゃなくなって……」

「だっはっは、そんなことだろうと思った」

体調不良などではないと知って安心したのか、一際大きな声で笑い飛ばされた。

「ちなみに、タイトルは?」

と思ったら、耳元でこそっと訊ねる。小さい声も出せるじゃないですか。

「トレジャーストーンって奴」

「とーすとかよ!俺もやってるぞ」

「え、本当?」

それは知らなかった。流石、爆発的に流行っているというだけあって、案外プレイヤーが近くにいるものだ。

「宝石町商店街ってギルド知ってるか、あれのマスターやってんだ」

「うっそ、生産廃の巣窟じゃん」

宝石町商店街は、とーすと内でもかなり人数の多い、生産を重点的に行うプレイヤーばかり集まったギルドだ。人口の少ない物好きの半数が所属していると言われ、とーすと三大ギルドに数えられている。

「店があるから、イン時間は休みの日か夜中だけどよ」

なんということだ、顔を出していれば良かった。そういえば、ギルドマスターの名前が『店長』だった気がする。そういうことか。

「そんで、お前は――まさかとは思うが、×くろす×じゃねえだろうな」

「バレてるなら話は早い」

「マジで言ってる?」

アーケードゲームをプレイしている時のプレイヤー名もくろすだったので、店長は薄々感づいていたらしい。

「そら、FPSのランカーには、とーすとのPvPは持ってこいだろうよ……」

「いやー、はは……」

とーすとにハマる前に主に遊んでいたのは、繭のような形の筐体に入って操作し、オンライン全国対戦のできるシューティングゲームだった。他にも格ゲーやら音ゲーやら、あらゆるものに手を出したが、FPSは凝り性が祟ってランキング常連になっていた。昔の話だ。

「店長、そろそろ開店ですよ」

うっかり話し込んでいると、店員が呼びに来た。

「じゃあな、今度はオンラインで会おうぜ」

「うん、またね」

店に戻っていく店長に別れを告げ、俺は今度こそ、駐輪場に向かった。


× × ×


 昼からの集まりは、ほとんどをランク上げと熟練度上げに費やした。ルリも蘇芳も、昨日の俺との戦いで思うところがあったようで、ランク上げの傍ら新しい石を取り入れに、マザーグランデ中を大移動していた。

 もはやどこにいるのかもわからない蘇芳が、パーティ会話でぽつりと言う。

「戦闘中にスキル入れ替えっての、普通に無理じゃね?」

試してみたらしい。

「足が遅くて攻撃が単調なモンスター相手だったらなんとかなるけど、対人ではできないよ……」

ルリも、同じくげんなりした声で言う。二人とも、チャレンジ精神旺盛だ。

「そんなに難しく考えること、ないと思うけどなァ……」

要は、使う弾の種類を状況に応じて都度替えているだけで、言われるほど珍妙なことをしているわけではない。というか、蘇芳のように通常弾だけで乗り切れるなら、それが一番良いのだ。俺は小賢しい弾を使わないと勝てないのでやっているだけなのだから。

「石の熟練度も必要になるし、あんまりおススメしないよ」

昨日のバトルで通用したのは、お互いまだ熟練度が低かったからだ。既に、蘇芳の抜刀と刺突には全く歯が立たなかったので、次はやりたくない。

 途中休憩を挟みつつも、強制ログアウト直前までランク上げに勤しんで、蘇芳はとうとう壁に突入し、七つ目のスロットが開いた。ルリは七十六になり、あと少しで壁を抜ける。

「こっからが面倒くせえんだよなー」

「私も、ちょっとダレてきたよ……」

「二人とも、がんばってー」

最初から二日までに壁越えは不可能と踏み、余裕ぶっこいている俺は暢気に応援する。それでも、クエストをこなして回り、六つ目のスロットが開いた。まあ、七つ目まではなんとか行けるだろう。

「流石に疲れちゃった。今日は終わりかな……」

「俺も。こんな長時間ぶっ続けでやったの、初めてだわ……」

疲弊している二人に合わせ、七時に今日のげきま部は終了した。

 連続六時間プレイした後は、一時間以上間を空けないと再ログインできない。サラダと味噌汁と生姜焼きを作って食べてから、リビングのソファでだらだらしつつ、スマートフォンでトゥルッターを見る。

『生姜焼きうめえ』

夕飯の写真と、他愛もない呟きを立て続けに送信すると、『食わせろ』『誰の手作りだ カーチャンか』『飯テロやめてください!食べられない人もいるんですよ!』などと、よく絡んでくる面子からコメントが来た。そして、

『くろす、私、マオマオです。朝はありがとう』

見知らぬアカウントから、ぽつりとそんなコメントが来た。

『いいってことよ。よく眠れたかね』

と返す。

『うん』

朝と同じ、短い返事。猫猫という名前で、自分で描いたと思しき黒髪の少女のイラストをアイコンにしたアカウントだった。前後の呟きを見ると、

『学校行きたくない』

『なんで構ってくるんだろ 嫌いなら放っておけばいいのに』

『親もうるさい。どうせ私の成績にしか興味ないくせに』

『眠いのに眠れないから朝までとーすと』

などと、なかなか凄惨な呟きが並んでいて、俺と別れた午前九時過ぎに、

『寝れそう おやすみ』

という呟きがあった。適当に喋っていただけだが、眠れたならよかった。確か、マオは猫の中国語読みだったなァと考えながら、見ていない間に来ていた他のコメントを見る。ウヴァロ杯以降増えた煽りや誹謗中傷を軽やかにスルーしていると、

『おっすおっす、店長です』

と、宝石町商店街のギルド紋章をアイコンにしたアカウントから、コメントが来た。いつの間にかフォローされていたようだ。

『おっすおっす 今日いるんすか』

『いるいる 居場所はその辺にいる団員にきいて』

『りょ』

そろそろ、機材のクールタイムが終わる頃だ。俺は飲み物を持って、自室に戻った。

「りょ」は了解のりょです。念のため。

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