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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
四章

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33/118

マオマオ

 四月二十九日。今日からいよいよ三連休が始まる。

 赤城が寝坊する気満々だったので、昼から集まることになった。と言っても、俺は朝食を作るためにいつも通りの時間に起きる。母は帰ってこないと言っていたので二人分の朝食を作り、のんびり食べた。昨日寝る前、母から買い出しのリストがメッセージで来ていたので、午前中に買い出しもしなければならない。スーパーが開く十時まで、少し時間があったので、くろすでログインすることにした。


 この時間帯はまだ、プレイヤーの数が少ない。ナルからくろす宛に送っていた素材を受け取り、中身のいない露店を巡っていると、

「あっ!くろす!」

聞き覚えのあるようなないような、若い女の子の声がした。振り向くと、艶のない黒髪の少女が、口を押えていた。

「えーっと……。あ、思い出した。ある美さん親衛隊の子」

記憶を手繰り、先日斬りかかってきたクナイ使いの少女だと気付く。

「今日は随分可愛い服だなァ。イメチェン?」

先日は味も素っ気もない黒コートだった彼女だが、今日はフレッシュなオレンジのカクテルドレスだ。肩を出し、膝丈のスカートから伸びる白い足に、赤いフリルのあしらわれたレースアップサンダル。頭には、花のコサージュ。親戚の結婚式に呼ばれて、レンタルドレスでおめかしした中学生といった風体だった。

「あ、明るい服を着ろって、言われたから……」

下を向いて、もじもじと小さな声で言う。そういえば、バトル中にそんなことを言った気がする。まさか真に受けて装備を変えたのか。

「うん、似合う似合う」

迂闊に口に出すもんじゃないなと思いながらも、確かに似合っているので誉める。全身真っ黒よりずっと良い。ちょっと極端過ぎる気もするが。

「マオマオ……」

「へ?」

「私の、名前……」

にへっ、と、笑い慣れていない顔で少女がはにかむと、頭上にmaomaoという名前が点灯した。

「俺、くろす。知ってると思うけど」

とーすとのシステムでは、お互いに名乗らないと頭上に名前が点灯しない。そして名前が点灯しないと、パーティやフレンド、トレードの申請ができない仕組みだ。

「……」

マオマオは、下を向いて黙ってしまった。何か変なことを言っただろうか。いつかの威勢の良さはどこへやら、今日は随分しおらしい。

「じゃあ俺、もう行くよ?」

時間は有限だ。くろすでログインできるうちに、やらねばならぬことがある。NPCの店で木工セットを購入し、鍛治と工芸で作った自作のSランク木工セットに、付いている石を移す。予め用意したDEXステータスの石を付ければ、店売りよりも性能の良い、俺専用木工セットの完成だ。

「……何か用かな」

トルマリの隅でそんなことをしている俺の隣に、マオマオはじっと立っていた。何故かずっと、無言で付いてくるのだ。

「喋るなら、座りなよ。見下ろされるとちょっと怖い」

「あっ、うん……」

びくっとして、何か言いたげに口を動かした後、大人しく隣に座って自分の膝を抱いた。俺は木材を取り出し、木工の基本レシピから『モアイ像の置物』を選んで、カービングナイフで黙々と彫り始める。Fランクでも成功しやすい、練習レシピだ。

「……」

マオマオはそわそわと落ち着かない様子で、視線を泳がせている。このまま黙っていてもいいが、どうせ手元以外は暇なので、適当に話しかけてみる。

「今日は、天気がいいなァ」

島同様、空が見えるフィールドには、天気が設定されている。トルマリの場合は、季節にもよるが、雨と曇りの確率は大体二十パーセントくらいで、それ以外はほぼ晴れ。夏は一パーセントの確率で台風、冬は五パーセントくらいの確率で雪になる。日替わりではなく時間で変わるので、割と頻繁に雨が降っている印象がある。

「外も、いい天気だよね。ああいや、俺の住んでる地域はだけど」

今日は一日快晴だと、天気予報で言っていた。それを聞いて、マオマオが訊ねる。

「……どこに住んでるの」

「マオマオが教えてくれたら教えるよ」

「……神宮市……」

都道府県の話から始まるかと思いきや、いきなりローカルか。しかし、聞き覚えのある街の名前だった。

「なんだ、もしかしてご近所さん?俺、由芽崎市」

「! そうなの?」

ぱっと、マオマオの顔が明るくなった。神宮市は、由芽崎市の隣町だ。ウェブの世界は広いので、相手が知っている町に住んでいるというだけでも、親近感が湧くものだ。

「魚介が美味しいよね、神宮市。釣りに行ったことある」

「釣り……」

「そう、バイクの免許取りたての頃に、父親と二人で」

確か、去年の冬休みだ。父に常々、十六になったらバイクの免許取ってツーリングに行こうと言われていたので、冬に免許を取ったのだ。俺の誕生日が十一月でなければ、もっと早く取れたのだが。

「風強くて、めちゃくちゃ寒くてさあ。結構釣れたし楽しかったけど、次の日風邪引いて寝込んだ」

なはは、と笑うと、マオマオも小さく笑った。喋っている間に一つ目のモアイが完成したが、微妙に歪でステータスはEランク。なかなか難しい。インベントリに仕舞い、二つ目の木材を取り出した。

「バイク……くろす、何歳?」

「マオマオは?」

「十四歳……」

俺が丁度とーすとを始めた頃だ。難しいお年頃である。

「今十四ってことは、中三?」

「うん」

ゲームでこの調子では、リアルはもっと口数が少ないだろうし、華やかな格好もしていないだろう。どんな学校生活を送っているかは――推して知るべし、というところか。

「俺、十六。高二。……あ、人には言わないでね」

あまり個人情報は漏らしたくない。ある美さんにも学生だとバレていたのでその程度だが、噂や推測と本人が言うとでは、大違いなのだ。

「高校生?」

マオマオは目を丸くして、俺の顔を見上げた。何をそんなに驚いているのかと思い、首をかしげると、

「もう、働いてるかと思った……。廃人だし……」

失礼な。廃人ではない。ちゃんと学校にも行っているし、休日もこんなに朝早くから起きて、規則正しい生活をしているではないか。しかし、休日のこの時間にログインしている学生は大概の場合、

「もしかしてマオマオ、貫徹?」

「……ばれたか」

やっぱりだった。なんだかちょっと頭がふらついているし、目をしばしばさせていると思っていたのだ。

「ダメだよー、ちゃんと寝ないと」

「くろすは、違うの」

「違うよ。ちゃんと早起きして、朝ご飯も食べてからログインしたところ」

こんなに健康的なゲーマーも、なかなかいないのではないかと自負しているところだ。するとマオマオは、

「……寝たら、明日になっちゃうから」

ぽつりと、押し殺すような声で呟いた。まるで、明日が来てはいけないような言い方だ。

「……大丈夫、明日も休みだよ」

俺が言うと、

「うん」

少女は抱えた膝を強めに抱き直して目を閉じ、頷いた。

「この前は、急に飛びかかって、ごめん」

「いいよ別に、よくあることだから」

それが許せないのなら、最初から奇襲許可設定などしていない。素直に謝る良い子だ。

「今日は、何時までいるの」

「用事があるから、九時半にログアウトするよ。その後は、わかんないなァ」

昼食後にナルでログインして、それから最長六時間。夕食後は二人次第だ。もしかすると疲れて早めに終わるかもしれないが、正確に何時に戻って来るかは分からない。

「そっか……」

マオマオはちらりと、遠くに見えるトルマリのシンボルの時計台を見た。この時計はリアル時間と同期していて、トルマリの中にいると毎時三十分に一回と、一時間ごとに数字の数だけ鐘が鳴る。音が煩わしいプレイヤーのために、個人設定で鳴らないようにもできるが、便利なので俺は鳴らす。今は、九時を過ぎたところだった。

「明日は、午前中は用事がないから、八時過ぎから十二時頃までいるよ。多分だけど」

やることは相変わらず、木工の熟練度上げだ。話し相手くらいになら、なってやっていい。

「じゃあ、またここに来る?」

「うん、多分ね」

「……分かった」

「寝れそう?」

「うん」

マオマオは立ち上がると、

「おやすみなさい」

「なはは、おやすみ」

にへっと不器用に笑って、ログアウトした。

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