ハーフタイム
「うわー!負けたー!」
倒れこんだルリが、ごろごろと転がりながら叫んだ。ハンデを貰っておきながら負けたのが、悔しくて仕方ないらしい。
「お前、最後なんで盾使わなかったんだ?」
蘇芳が手を貸し、腕を掴んで引っ張り起こしながら訊ねた。そう、トドメの一撃となった加速攻撃は、盾を使っていれば防げたはずだった。
「MP切れだよ」
歩み寄りながら、俺が代わりに答える。
「ああ……」
蘇芳が呆れた顔をする。ルリもとい、真青がよくやらかすミスだった。八スロット装備になり、最大値が増えたことが、逆に慢心になってしまったということもあるだろう。もちろん、回復アイテムを使うとその分タイムラグが発生するので、使うタイミングは難しくもあるのだが。
「逆に言えば、MPさえ足りてれば、俺が負けてたよ。チーターは加速するだけだし、スキルぶつけられたら当たりに行ってるようなもんだから」
すると、ないしょ話モードに切り替えた蘇芳がぼそりと言った。
『狙ってやったろ?』
『まあね。真青さんの一番の弱点だから』
初めから、俺はルリのMP切れを狙っていた。本人は気付いていないようだが、案の定、赤城にはバレていた。
『その上で、わざと接戦に持って行って、春果に自信付けてやろうって?よくやるぜ』
『いや、結構本気で危なかったんだよ?』
『そういうことにしといてやるよ』
くくくっと、悪そうに笑う声がした。
「なるほどなー……。攻撃に攻撃で返すって手もあるのかあ」
「相手より攻撃力が高くないと、押し負けるけどね」
「やっぱ、熟練度も上げなくちゃだね」
彼女は勉強家だ。きっと、すぐに弱点も克服するだろう。次があれば、もっといい勝負ができるはずだ。
「じゃあ、次は俺だな」
難しい顔をして考え込んでいるルリの横で、蘇芳は腰の刀に手を掛け、にやりと笑った。
「えーっ!ちょっと休憩させてよ」
戦る気満々の蘇芳に、俺は不服を申し立てた。アバターなので身体の疲労はないとは言え、神経が磨り減るので連戦はきつい。石畳に座り、休息を要求する。
「じゃあ五分な」
「鬼か」
× × ×
なんとか十分の休憩をもぎ取り、トイレに行ってから飲み物を取りにキッチンへ行くと、帰ってきていた父が、ナポリタンを食べているところだった。
「おかえり」
「ただいま。美味しいよ」
「そりゃよかった」
母は溌剌として気が強いが、対照的に父は温和な性格だ。声を荒げて怒るようなことはしないし、何をするにも、口元に穏やかな微笑みを浮かべている。ロシアンブルーという猫がいるが、あんな感じで、常に口角が上がっているのだ。
母曰く、俺の性格は父似だという。コツコツと何かをするのが好きだし、変なところでのんびりしているらしいので。
部屋に戻ろうとして、俺はふと思い出して振り返った。
「五月二日の夕方、友達が遊びに来るから」
「二日?わかった。……珍しいね」
やっぱりそう言われるか。それもそうだ、この家に引っ越してから、俺の友達が遊びに来た事などない。以前はマンションだったので、同じマンションに住む同級生と遊んだりもしていた。しかし彼らとは学校が分かれてしまったし、駅向こうなので、行動範囲も被らなくなってしまった。
「母さんが、夕飯作りに帰って来るって言ってたから、豪華かも」
「それは楽しみだなァ。最近、駆の料理しか食べてないからねえ」
それが嫌なわけじゃないけど、とのんびり付け加えつつも、父は嬉しそうだった。
なにしろ二人の馴れ初めは、学生時代に共通の友人が開いたホームパーティーで、母が作った料理を一際美味しそうに食べていた父に、母が一目惚れしたことから始まる。父も父で、『毎日僕のためにごはんを作ってくれませんか』とプロポーズしたくらいの、胃袋で繋がった夫婦なのだ。
なぜ生まれていない俺が知っているかというと、佐藤さんちの夕ごはんがいい夫婦の日特集だった回で、父にコメント取材が来て、本人が暴露していたからだ。あんなに恥ずかしそうにしている母は、後にも先にもあの時しか見ていない。
とは言え、母は自分の仕事が忙しくなる以前は、父のためにせっせと考えた献立を冷蔵庫に毎週貼り出し、プロポーズの言葉通り毎日料理を作っていた。父の誕生日には父の好きな物尽くしだし、結婚記念日には休みを取って二人で遊びに行くし、二十年連れ添っても、未だラブラブである。
「駆の料理も、楓さんの料理と同じ味だもんね。親子だよねえ」
そんなところに血縁を感じていたとは。というか惚気か。
「僕も、たまには早く帰って来られるように、会社に言ってみようかな。駆の友達にも挨拶したいし」
「それは良いけど……」
俺の信用の無さが切ない。友達がいないんじゃないかと心配されていたことは知っているが、そんなパンダを見に来る客のように集合しなくても。
しかし、赤城と真青のお陰で、久しぶりに家族が揃いそうだ。感謝しておこう。
× × ×
とーすとに戻ると、早速蘇芳に怒られた。
「おせーよ!」
「ぴったり十分じゃん、遅くないよ」
「五分前行動だろー?」
「トメセンみたいなこと言わないでよ」
トメセンとは、留田というあまり生徒に好かれていない体育教師だ。着替えで休み時間が潰れるのに、やたらと集合を急かしてくる中年薄毛筋肉は毛根ごと滅びればいいと思う。いつもヒョロいと言われるので、俺は個人的に恨んでいる。
「トメセンと一緒は嫌だな。よし許す」
なぜか偉そうな蘇芳にあっさりと許されたところで、俺はレギュレーションの設定ウィンドウを開いた。
「蘇芳はハンデなしHP0でいいよね?ある美さんの刀なんだから」
「マジかよ。刀はアルミさんのでも、ステータスは俺だぞ」
それが怖いのだ。他人の行動の理由と裏を読む人心察知能力と、おそらく無意識でやっている瞬間的な空間把握能力という、石で補えない天性のスキル。そこにある美さんカスタムの刀が加わったら、鬼に金棒どころではない。もはや災害だ。
「俺のほうこそ、まだスロット五つしか開いてないんだから、むしろハンデが欲しいよ」
「スロット開いてなくても、一スロットあたりのステータスの桁が違うだろ?」
真剣に交渉を試みるが、譲ってくれない。仕方ない、諦めよう。
「俺の武器の種類、選んでいいよ。戦ってみたい武器言って」
「お?弘法筆を選ばずってか」
練習試合なので、本人が戦ってみたい武器とやるのが一番だろう。ネタ装備の究明に心血を注ぐ者として、一通りの装備は扱えるつもりだ。しかし余裕の表れと取られたようで、蘇芳は面白そうに笑った。
「そんなんじゃないって。なら、普通に銃使うよ?」
正直、蘇芳の間合いに近寄りたくない。銃か魔法か、いっそ観衆の誰かに中身を察知される覚悟で、一番慣れている弓を使いたいくらいだ。
「いや、待て待て。お前も刀で。何か使えそうな技あったら盗む」
「盗めるような技術、あるかなァ」
ぶつぶつと文句を言いつつ、俺はインベントリから刀を取り出した。
「……なんだそれ」
俺の手に握られたのは、朱色で骨の多い、大きな蛇の目傘だった。いや、傘にしか見えない刀である。
「仕込絡繰・刺傘だよ」
ネタ装備の中でもファンの多い、スタイリッシュさと実用性を持ち合わせたスペシャルウェポンだ。名前の通り仕込みが多く、トリッキーな動きが出来ることが売りの、俺のお気に入り武器である。ただし、通常の武器は攻撃力が依存するステータスが一つなのに対し、この刺傘だけはギミックごとにあらゆるステータスに割り振ってあるので、ファン数の割に使いこなせるプレイヤーはほとんどいないらしい。
「スゲー怪しいんだけど」
「見た目はこんなだけど、刀は刀だよ」
さっそく、ものすごく訝しがられている。下手に探られる前に、俺は試合を申し込んだ。試合時間三分、敗北条件はHP0または降参。もし試合時間終了までに決着がつかなかった場合は、よりHPが残っていたほうが勝ちになる。加えて、埒が明かないので、HP回復ポーションの使用は無し。しっかり警戒しながらも、蘇芳はその申請を受けた。




