VSルリ
俺の突然の提案に、一瞬、二人とも沈黙した。それから、
「無理だよ!勝てるわけないじゃん!」
酷く慌てた声で、返事がきた。予想していた通りの反応だったが、ふーん、と何かを察した赤城が、言葉を引き継いだ。
「いいじゃん、いっぺんやってみろよ。駆に勝てたら大概の奴には勝てるだろ」
「そこまで買い被られるのも困るけど……」
何を根拠にそこまで信頼されているのか。森の中で、クエスト品の木の実を落とす気味の悪い樹木モンスターを、拳銃で木っ端にしながら苦笑いする。ちなみに、使っているのはブラスイーグルという、実在する拳銃によく似た形の銃だ。真鍮色をしていて、装備すると手首に鷲の翼のエフェクトが入るのがかっこいい。威力計算が他の銃と少し違い、攻撃力が高めな代わりに、スキルを撃った時の反動が一秒加算されるという、クセのある品だった。その弱点を、パッシブスキルの速射で相殺している。本来、速射は普通の銃に使って反動を減らすのがまともな使い方だが、まあ、いいじゃないか。
「春果の次俺とやれよ、駆」
聴こえてくる赤城の声が、なんだか楽しそうだ。俺のように斜に構えず、勝負事にまっすぐに燃える性質は好ましく思う。
「じゃあ、キリのいいところで、トルマリに集合しよう」
インベントリを確認すると、そこそこの数のモンスターが集まっていた。とーすとには『解体屋』というシステムがあり、設定すると倒した端から素材にしてくれる。が、質が落ちるので、俺は解体スキルを使う。くろすとしゅがーは解体スキルもSランクだが、ナルはまだ育成中なのでCランクだ。とは言え、使わないと育たないので、雑魚も全て手動で解体している次第だった。
同じように、他のスキルも使わねば育たないので、片っ端からスキルで倒しているし、常時索敵を発動している。MPなら、錬金術で作った回復アイテムを大量に持ってきたので問題ない。二人にもなるべくスキルを使うように言ったが、回復アイテムを渡そうとしたら遠慮されたので、どこまで育っているかは分からない。
解体スキルで手に入った木材をくろす宛に送り、最寄りの街まで飛ぶワープアイテムでトルマリに移動する。買うとちょっといい値段するのだが、これも錬金術で作ったので、費用は素材代だけだ。便利なのに、なぜ皆使わないのだろう、生産スキル。
まだ二人の姿は見当たらなかったので、索敵を発動したまま露店を見て回り、めぼしいものを買う。それから、大通りの端のほうを陣取り素材をせっせと錬金術で生産品にしていると、索敵ウィンドウにパーティーメンバーのアイコンが点った。二人のどちらかが帰ってきたようだ。こちらに気付いて寄ってきたのは、ルリだった。
「……何してるの?」
「マナハーブを粉にしてるの」
大きなスリバチを、足でホールドする形で胡坐の中心に据え、乾燥して灰色になった葉っぱをごりごりとすり潰している俺に、ルリが怪訝な顔をした。錬金術は台所から生まれたとまで言われるほどだし、想像より地道な作業が多いのだ。これが案外楽しい。
「へえ……」
隣に座ったルリと話しながら、今度は鍋とコンロを取り出して水を注ぎ、沸騰したところでマナハーブの粉を投入して蓋をする。
「わあ、すごーい」
時間を計ること三十秒、火を止めて鍋の蓋を開けると、湯が深い青色に染まっていた。目の細かい茶漉しを使って別の鍋に湯だけを移し、更にその青い湯を小振りな瓶に小分けにしていく。一度に作れるのは十本までだ。瓶は工芸で作ることが出来るが、使い切りなのでこれだけはいくら作っても足らず、露店で売っているのを見るととりあえず買い占める。
「何してんだお前ら」
そんなことをしている間に、蘇芳が戻ってきた。
「錬金術スキルでマナポーション作ってるんだって」
「へー」
「まだナルはランクが低いから、失敗するんだけどね」
最後に、エンチャントスクロールという魔法陣の描かれた敷物の上に瓶を並べて、所定の位置に手を置くと、魔法陣が輝き、俺のMPが吸い取られた。
「うわっ」
直後、瓶の中身が蛍光色に光り、ドン!と大き目の爆発音がして、煙が上がった。
「あー、やっぱり十本全部は無理かー」
煙が薄れたところにあったのは、成功した鮮やかな青色のものが七本。残り三本は瓶ごと爆発して粉々になり、中身は蒸発していた。仕様とはいえ、瓶くらい使い回しさせてくれてもいいじゃないかと思う。
「最後だけ錬金術っぽかった!」
ルリが手を叩いて喜んでいる。最後だけって。
「大会用アバターなのに、なんで錬金術スキルなんか上げてんだ」
「便利だからね。いちいちアバター替えるのも面倒でしょ」
ステータスを確認すると、七本中二本がDランク、三本がCランク、残り二本がBランク。安定してSランクが作れるようになるには、まだまだだった。栓をして、全てインベントリに仕舞う。
「なるほど、自分で作れれば買わなくていいのかー」
ルリは感心している。
「売ることも出来るから、結構稼げるよ」
「私も、錬金術覚えようかな」
「その前に戦闘スキルな」
蘇芳が茶化すと、対照的にルリのテンションが落ちた。
俺が錬金術の道具を片づけると、ルリは渋々武器を出した。ある美さんから貰った、マリンブルーソルジャー。
「……ホントにやるの?」
「うん、何事も練習が一番だよ」
対して俺は、ナイフとフォーク。
「あれ?銃じゃないの?」
「とーすとの人口的に、双剣使いが一番多いからさ」
これは、優劣を付けるための試合ではない。ただの練習試合だ。俺の戦い方に順応するより、双剣同士の戦い方に慣れる方がいい。
「じゃあ、俺が合図するわ。レギュレーションは?」
「試合時間三分、一発当てたほうが勝ち、でどう?」
「ワンショットかあ、それならなんとかなるかも?」
まだ自信がなさそうなルリを見て、蘇芳が胡坐に頬杖をついた行儀の悪いポーズで、俺に言う。
「もう一声」
「うーん、じゃあ、俺は攻撃スキルを使わない」
「甘すぎじゃね?」
「何か怖がられてるからなァ」
なんと言うか、いつものぐいぐい来る強さがないのだ。これでは、できることもできなくなってしまう。今の装備の石はまだ熟練度もあまり上がっていないし、ナイフとフォークもしゅがーのハリセンには劣る。何より本人に使わせたことがあるので、何のスキルが付いているかもわかっている。ハンデとしては申し分ないだろう。
「それでいいか、ルリ」
「うん、やってみる」
ルリにも希望が戻ってきたようで、気合いを入れて武器を構えた。言った通りのレギュレーションで試合を申し込むと、受理された。距離を取って、俺も構える。
「よーし、いいか?行くぞ?レディー、ファイッ」
「キャスト、真空刃!」
蘇芳の手が下りると同時に、ルリが先手必勝とばかりにスキルを放ってきた。
「キャスト、盾」
「せいっ」
防いでいる間に距離を詰めたルリに、立て続けに攻撃を喰らって盾が割られる。ナイフで受け止め弾き返し、フォークを大振りして攻撃すると、ルリは飛び退いて距離を取り、すぐに構え直した。自信なさそうだった割に、良い反応じゃないですか。蘇芳も楽しそうにニヤニヤと笑っている。これは本当に、油断すると負ける。
ルリは不意打ちが失敗したので、じりじりと距離を取って様子を伺っている。向こうが掛かって来なければ、攻撃スキルの使えない俺は飛び込んでいくしかない。走り出した俺にルリが構えた瞬間、
「加速」
「えっ?!」
あと一歩で交戦というところで急に加速した俺に、ルリが驚いて隙が生まれた。加速はただ足が速くなるだけではなく、速度が攻撃にも乗る。スキル攻撃にはならないが、通常攻撃より重い一撃を加えられるという、ちょっと卑怯な手だった。また、タイミングがずれるので、プログラムで動いているモンスターよりも、人間が相手のほうが効果がある。システムの都合で、同時に複数のスキルが使えないので他のスキルと組み合わせるのは難しいが、ワンショットなら十分に通用する手だった。
「ひゃあっ」
ルリが悲鳴を上げ、派手に吹っ飛ばされた。が、攻撃自体は剣で受け止められ、当たっていないのでまだ戦闘は続いている。すかさず飛び込む俺に、蘇芳が暢気に野次を飛ばし、何やら面白いことをやっているようだと、ギャラリーが数人集まってきていた。
「盾!」
ルリは俺の追撃を盾で防いでいる間に体勢を立て直し、
「二連真空刃!」
またしても中距離の斬撃スキル。
「身躱」
回避率に依存して、確率で攻撃スキルを避けるという博打スキルで躱すと、
「なんでー?!」
ルリが避けられたことに不満を漏らした。身躱は連発すると外すが、ここぞという時には役に立つ奴なのだ。
「キャスト、転移」
今度は見える範囲に瞬間移動するという、割とボス戦で役に立つスキル。回避率に応じて移動できる半径が広がる。
「うわわっ」
しかし、背後からの不意打ちは受け身で避けられた。咄嗟の反応が素早い。やっぱり双剣を勧めて正解だった。
「ねえ、使えるスキル多くない?!まだ五十くらいだよね?!なんでコストオーバーしないの?!」
「やだなァ、最初から攻撃スキル使わないって決めてるのに、攻撃スキルにコスト振ってるわけないじゃないですかー」
「やだー!」
ナイフとフォークを双剣で受けつつ、ルリがまた悲鳴を上げる。
「いいぞ変態ー!もっとやれー!」
蘇芳の野次が飛んでくる。
「変態じゃないし!戦略だし!」
一応抗議しながら、半ばヤケにでなりながら連撃を入れてくるルリの剣を受ける。時々スキルも交えてくるのでスリル満点だ。
『対戦残り時間、一分です』
システム音声と同時に、視界の端でカウントダウンが始まった。ルリの顔に焦りが見えたのを、見逃さない。
「盾」
武器で受けていた攻撃を盾に任せ、屈んで足払いを掛けると、やはり慌てながらも飛びのいた。この反射の良さ、なんなんだ。しかし、そろそろ終わらせたい。
「捕縛」
飛びのいた先の着地点に、フォークの先から光る縄がひゅっと伸びた。攻撃力がないのでワンショットにはカウントされない、拘束スキルだ。
「わああっ?!」
足を取られ、転倒するルリ。双剣を杖代わりに立ち上がろうとするが、足に絡まった縄のせいで上手く立ち上がれない。
「マジかよ、縄まで持ってるとか、いよいよ変態じゃねえか」
「蘇芳黙って!」
どちらかというと縛られたい。じゃなかった、趣味ではないが攻撃スキルが使えないのだから、使えるものは使って行かねば。いつの間にかギャラリーも増えていて、女の子の足に縄を巻き付けているこの状況が、なんだか気まずい。早々に決着を付ける必要があった。
蘇芳に抗議を入れている間に、一定の攻撃を受けると拘束が解除されることに気付いたルリが、慌てて縄にスキル攻撃を加えて逃げ出した。が、引き換えに、俺に対する防御が遅れた。
「キャスト、加速!」
加速した勢いのまま、ルリの胸元を狙って銀のナイフを突き出す。その刃は胸の中心を真っすぐに貫通し――
『対戦終了。勝者、×null×』
システム音声と共に、眼前に『YOU WIN!』の文字が浮かんだ。




