追跡と夕飯
パソコン部との試合の条件はこうだった。
一、メンバーは大会に申請する予定のメンバーで戦うこと。
二、試合形式や規則は公式ルールに従うこと。
三、正々堂々と勝負し、負けても相手チームを恨まないこと。
鶴崎先生は特に、三つ目を強調して言った。俺はある美さんからの依頼以外に気負うようなことはないし、赤城も勝負慣れしているのでさっぱりしたものだが、もし負けたら、真青はひとしきり暴れるだろう。そしてパソコン部にしてみても、宝石学園杯を今野部長の華やかな引退試合にする予定だったのに、いらぬ邪魔が入ったわけで、こちらが勝ってしまったら確実に恨まれる。
「公式ルール通りにやるってことは、試合時間三十分、全滅か降参かタイムアップで終了ってことだよね」
「あと、課金使用不可な」
「情報が全然ないのが困るなァ。四人以上いたら、結構厳しいと思う」
「作戦会議はよそでやれ。ここは怪我人と病人の来るところだ」
輪になって一斉にわいわい言い始めた俺たちに、麻木先生がうるさそうに言う。鶴崎先生は、その光景をしばし微笑ましげに見ていたが、
「それじゃあ、僕はパソコン部に戻るよ。顧問だから、おおっぴらに君たちを応援は出来ないけど、頑張って。当日にまた、打ち合わせをしよう」
「はい。ありがとうございます!」
頭を下げる真青ににこやかに手を振って、保健室を出て行った。カツカツと規則正しい足音が遠ざかり、聞こえなくなったところで、
「猫被り」
「うるさいなー!」
ぽつっと赤城が言い、真青にはたかれた。
「お前らも、そろそろ帰れ。何かあったら連絡してやるから」
「はぁーい」
麻木先生に促され、保健室を後にする。
昇降口を出て、無言で歩くこと数百メートル。
「な?」
赤城が、一言だけ発した。
「ホントだ……」
真青も呆れた顔で小さく呟く。
五メートルほど後方から、俺たち三人をつけてきている人影があった。鈴木ではないが、なんとなく見覚えのある顔の、同じ二年の男子。初めは帰る方向が一緒なだけかと思ったのだが、歩きスマホをしているフリをしながらも、ちらちらとこちらの様子を伺っている。
「今日どっか行く?」
「いやあ、昨日遊んだからやめとこうかな」
こちらがわざと立ち止まって立ち話を始めると、彼もまた、止まってスマートフォンを弄るフリをする。
「尾行下手くそすぎるだろ」
「聞こえるよ」
「鈴木も、人選ミスだなァ……」
こそこそと話しながら、赤城の歩幅に合わせて速足で歩くと、やはりその男子も速足で一定の距離を保ちつつ、ついてくる。
「こりゃ、会議はインしてからだな」
「そうだね……」
真青が口を尖らせつつも同意すると、
「昨日のパフェ美味かったなあ」
赤城が普通の大きさの声で、突然切り出した。
「うん、パンケーキも美味しそうだったよね。また今度食べに行こうよ」
真青もすぐに追随する。昨日鈴木に話したことが嘘ではないことを強調しているのだ。二人とも役者だ。
「俺ナポリタンがいい」
赤城は、メニュー表を見た時からずっと言っていた。
「家で作ればいいじゃん」
モノクロのナポリタンは、昔ながらのナポリタンなので、美味しいは美味しいが家で作ってもさほど変わらない味になる。材料とフライパンがあれば作れるので、そう提案すると、
「家で?作れんの?冷凍じゃなくて?」
きょとんと、首をかしげた。
「赤城、普段何食べてんの……」
思い返せば、昼休みに集合したときは毎回コンビニの惣菜パンを食べていたり、何でもないハンバーグをやたら美味しそうに食べていたし、普段ちゃんとしたものを食べていないのではと心配になった。育ち盛りなのに栄養が偏るのは良くない。いや、もう十分に育っているが。
「ウチの親、食い物超テキトーなんだよ」
「ああ、イギリスで暮らしてたから?」
「イギリス?!」
「巧のパパ、ハーフなんだよー」
道理で、髪の色が明るいと思っていた。茶髪だが、染めた色ではない自然な栗色なのだ。どこまでハイスペックなんだ、赤城巧。少女漫画の住人か。
詳しい話を聞くと、赤城の父方の祖父がイギリス人なのだそうだ。両親と共にイギリスで暮らしていた赤城父が、当時留学していた赤城母に一目惚れ。必死に口説いて付き合い始めるも、赤城母は日本で暮らしたいと断固譲らなかったので、赤城父が移住を決意。赤城母もその気合いと根性に負けて、プロポーズを受けたらしい。
「赤城のお母さんと、真青さんのお母さんが姉妹なんだっけ?」
「そうそう。うちのお母さんの旧姓が赤城なの」
「へー……」
だんだん混乱してきて、頭の中で家系図を描きつつ相槌を打つ。
「しかし、毎日三食手作りの料理とか、羨ましすぎるだろ。俺駆んちの子になるわー」
「でっかい弟だなァ」
「オニーチャン、晩ご飯オムライスがいいー」
「「気持ち悪い」」
猫撫で声を出す赤城に、思わず真青と声が重なった。
「でも、母さんに二人のこと話したら、連れて来いって言ってたから……。先に来る日伝えといたら、何か作ってくれるかも」
「ホント?『佐藤さんちの夕ごはん』の本物が食べられるの?」
「よし、じゃあ二日は駆んちで打ち上げだな」
にわかに二人のテンションが上がった。俺は慌てて宥める。
「まだ勝てるかどうか、分かんないでしょ」
「負けたら打ち上げが反省会になるだけだろ」
「うんうん。あ、でも無理だったら無理って言ってね?押しかけるの悪いし」
おそらく母は断らない。もはや我が家に集まるのは決定事項になってしまった。気がつくと、つけてきていた男子はいなくなっていた。
「ってことなんだけど」
「いいよー!二日の夕方ね。空けとく空けとく!」
家に着き、今日は帰ってこないという母に電話すると、二つ返事で了解された。
「ばっちり作って待っててあげる!勝ったか負けたかも連絡よろしくね」
ということは、勝敗にメニューが左右されるということだ。これは赤城に伝えたら燃えるだろう。何を作るつもりなのかは、敢えて聞かないでおいた。
電話を切った後、晩ご飯にはナポリタンを作った。赤城がナポリタンに執着するものだから、俺まで食べたくなったのだ。二人分作り、片方は蓋をしてレンジの中へ。スープは鍋に入れたまま、カップを隣に出して置いておく。
冷蔵庫に貼られたホワイトボードに、いつもしているように父宛にその旨を書き記してから、自分の分を部屋に持っていき、ヘッドセットを被った。
「よっ」
「さっきぶり。今トルマリだけど、今日はアルミさんはいないみたい」
ログインすると、すぐに二人が声をかけてきた。一度パーティーを組むと、解散するか自分で抜けるかリーダーに蹴られるまで、同じパーティーが維持されるのだ。
「ふぁーい」
行儀悪く、現実でナポリタンを食べながら返事をする。脳波プレイの良いところは、手が塞がっていても操作ができるところだ。もぐもぐしている俺の声を聴いて、赤城が怪訝そうに訊ねた。
「何食ってんだ」
「ナポリタン」
「くっそー」
時間が惜しいので、合流せずに各地に散ってランク上げをしながら喋る。
「どうする?三連休でなんとかしないといけないよ」
「ナルはあれから、ランク上がったか?」
「今四十六」
「はえーよ」
七十から八十が上がりにくいということは、裏を返せば七十までは、サクサク上がるのだ。アバターも三人目だし、時には人の手伝いもしていたので、どのクエストをどの順番で受ければいいかは把握している。
「でも、さすがに三連休で八十の壁は無理だよ。スキルの熟練度も全部上げるのは難しい」
八スロット装備とは言え、ステータスが万全でなければ、その力は半減する。
「ホント、気合い入れて掛からないと負けるかもしれないよ。……多分パソコン部チームは、四人以上いる」
「どうしてそう思うの?」
「大会に申請する予定のメンバーで戦うことって条件出されたでしょ。多分、鶴崎先生は俺らが三人から増えないことを、パソコン部に伝えたんだ」
顧問をしているからには、その部が大会に出ることが望ましいに決まっている。だからこそ、恨むなという条件も付け加えた。
「なるほど、勝機があるから受けたってことか」
「人数以外のことは全く知られてないはずだよね?単純に、私たちが強ければいいってことじゃない?」
「そう。ということで提案なんだけど」
そして、俺は言った。
「ルリ、俺と勝負しない?」




