懸念
「なんか、すごいこと頼まれちゃったねえ」
翌日の昼休み。真青は弁当をつつきながら、本日何度目かのため息をついた。
「勝つ理由が増えただけだろ。あんまり気負うなよ」
赤城がパンをかじりながら宥める。
「そうそう。ある美さんも、精一杯やってくれればいいって言ってたし」
俺も、自作弁当を片手に追随した。
今日集まっている場所は、保健室だ。なんでも、話すことがあるから集合するようにと、麻木先生からお達しがあったのだ。ドアには外出中の札がかかっているので、他に入ってくる生徒はいない。
「それより、麻ぽん何の用だろうな」
「学校に話つけてくれたんじゃない?」
「だったら、OK出たって連絡するだけでいいだろ。なんでわざわざ集めるんだ」
赤城がオフィスチェアに逆向きに座り、怪訝な顔でくるくると回っていると、出入り口のドアが開いた。
「おう、揃ってるな」
入ってきたのは、相変わらずくたびれた格好の麻木先生と、
「鶴崎先生?」
眼鏡をかけてスーツをきちっと着こなした中年教師だった。
「なんでつるりんまで?」
「赤城、先生をあだ名で呼ぶのはやめないかい?」
つるりんと呼ばれた鶴崎先生は、おっとりと嗜めた。
「大丈夫だって。つるりんがハゲてたら、つるりんって呼んでねえから」
「そういう問題じゃない」
いくらか白いものが混ざってはいるが、フサフサの髪を綺麗に整えたナイスミドルは、苦笑する。情報教科を担当している鶴崎先生は、常に左の薬指の指輪を外さず、職員室の机に奥さんの写真を飾っている愛妻家としても知られている。
「実は、大会の件でちょっとした問題が発生した」
面倒くさそうに、麻木先生がわしわしと寝癖頭を掻いた。
「問題?」
ある美さんに続き今度はなんだと、赤城が不満そうに訊き返す。真青は座っていた診療椅子を鶴崎先生に譲り、ベッドの端に座り直した。
「うちのパソコン部からも、同じ大会に出たいって申請があってるんだよ」
「ええっ?!」
そうだ、鶴崎先生はパソコン部の顧問だった。一年の始め、部活見学に行った際にとーすとをプレイしている部員が数名いたことも、同時に思い出す。
「出場すること自体は問題なく許可されたのによ。大会の規定に引っかかるとはなあ」
今回の大会は、学校名の出る学生大会を銘打っている都合なのか、大会規定の一つに『一学校一チームのみ』という規定があるのだ。腕を組んで頭の痛そうな顔をしている麻木先生は、赤城をオフィスチェアから追い払い、どかっと座った。場所を取られた赤城は、口を尖らせながら真青の隣に移動した。
「どっちかが辞退しなくちゃいけないってことですか?」
俺が訊ねると、麻木先生が鼻で笑った。
「お前ら、絶対引かないだろ?」
「そりゃそうだろ。こっちは活動意義がそれ一本なんだから」
真青に至っては、優勝したら部費を増やしてもらえるかも!などと宣っていたくらいだ。無邪気かと思えば、ちゃっかりしている。
「と言っても、パソコン部の子もね、楽しみにしてるんだよ。どうしたもんかねえ」
柔和な顔に困った表情を浮かべて、鶴崎先生は盆の窪をさすった。生徒思いの良い先生だ、どちらにも出場させてやりたいというのが本音なのだろう。うーん、と全員で一様に唸る。そして鶴崎先生が、物は試しと提案した。
「両方から上手い子を二人ずつ出して、混成チームなんていう妥協はできないかい?」
すると、真青が顔を上げた。
「そしたら、私があぶれちゃう!」
「だな。真っ先にお前が候補から落ちるな」
「自分で言ったけど、巧から言われるとムカつくなあ」
むー、と口を尖らせるが、粗の目立つ真青よりも赤城のほうが戦い方が上手いのは明らかだった。俺は二人にくろす以外で対人戦を見せたことはないが、アイオラドラゴンの件で妙な信頼を得ている。
「それに、こっちは部活の存在自体隠してるから、混成チーム作ったとしても、パソコン部に吸収される形になるよね」
俺が口を出すと、真青が一層難色を示した。彼女には、げきま部の名前を遠くにいる藍原に知らしめるという目的もあるのだ。
「そもそもお前、ゲームなんかしませんよーみたいな顔して猫被ってんだから、他の奴と組むの無理じゃね?」
「うっ」
「やっぱり無理かあ」
最初から受け入れられるとは思っていなかったようで、だよねえ、と鶴崎先生は肩を落とした。
「つるりん、パソコン部って、誰が出んの?」
「まだ申請が出ているだけだから、正式なメンバーはわからないなあ。とりあえず、部長の今野は出るんじゃないかな」
今野部長は三年だ。受験に専念せねばならないので、大会をもって部活を引退するという話だった。
「……鈴木君は、出ませんよね?」
「鈴木?ああ、きみたちと同じクラスの?VR機材を使っているところは、あまり見ないねえ。部活自体、積極的なほうでもないし」
その言葉に、真青が少しだけホッとする。
「運動部の大会なら、強いほうが出るよな」
ぽつっと、赤城が言った。
「確かに、そうだけど……。どうやって決めるんだい?」
「私たちのほうが強いよ!だって駆君がいるし!」
「おっ、信用されてんな新入り」
麻木先生が茶化す。
「いやー、はは……。チーム戦はしたことないからわかんないよ、真青さん」
「お前が足引っ張って、駆が負けるかもしんないだろ」
「むー」
否定はできないのか、口を尖らせつつも真青は黙った。真青の挙動は置いておいても、チームワークで三人同時にかかってこられたりしたら、勝ち目は薄い。
「僕はそのゲームに詳しくないんだけど、実際に試合をすることはできないのかな」
鶴崎先生が訊ねた。わだかまりを残さない方法としては、きちんと勝敗を決めてしまうのが一番手っ取り早い。真青が答える。
「対人戦システムはありますけど、一対一でしか……」
現状のシステムでは、奇襲バトルを許可していても、一人ずつとしか戦うことができない。先日の親衛隊のように、間髪入れずに二人目三人目が斬り込んでくれば似たようなことはできるが、乱戦は不可能――。と、そこまで考えて、俺はあることを思い出した。
「五月になれば、できるんじゃない?」
「え?」
一同の視線が集まる。
「五月二日のアップデート、対人戦エリアの実装だったよね?大会と同じレギュレーションで試合ができるようになるんじゃなかったっけ」
この時期に実装するということは、大会までの調整やバグ取りも兼ねているのだろう。
「じゃあ、二日になれば、チーム同士で試合ができるんだね?」
「まだ詳しい情報は公開されてませんけど、多分」
俺が頷くと、鶴崎先生はなるほど、と頷き、顎に手を添えて考え事をし始めた。しばしの沈黙の後、
「よし、わかった。パソコン部に話してみよう。もし彼らが案に乗るなら、五月二日に試合をして、勝ったチームがエントリーする。いいかい?」
その言葉に、三人で顔を見合わせた。赤城が小さく頷き、真青が俺の顔を見た。俺も、頷く。真青は鶴崎先生のほうに向き直り、
「それでいいです!よろしくお願いします!」
決意の瞳で、しっかりと頷いた。
「あ、でも、私たちのことは……」
「わかってるよ。他にも出たがってるチームがあるってことだけ伝えよう」
「ありがとうございますっ」
真青がはにかむ。この笑顔を見せられたら、大概の人間は言うことを聞いてしまうのではないだろうか。同じ年頃の娘がいるという鶴崎先生は、目尻を下げて微笑んだ。
「じゃあ、放課後すぐに話してみるよ。連絡は、麻木先生にすればいいかな?」
「はい」
そして放課後。案の定、真青が麻木先生からの連絡が待ちきれないと言うので、俺と赤城も保健室に集まった。そわそわと落ち着きのない真青を宥めながら、麻木先生に邪険に扱われていると、
「やっぱり集まってたね」
現れた鶴崎先生は、目を細めて微笑む。
「さっそく報告すると、パソコン部は勝負を受けるそうだよ」
その言葉に、真青は緊張した面持ちで息を呑んだ。赤城は対照的に、
「いいじゃん、楽しみだな」
犬歯を見せて、獰猛に笑った。




