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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
三章

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彼女の島と事情

 扉をくぐると、そこは森だった。

 妖精でも棲んでいそうな、と言ったらいいだろうか。木が生い茂っている割に陰鬱な感じはせず、地面に落ちて絶えず姿を変える木漏れ日が美しい。後ろに続いて降り立ったルリが、わぁ、と控えめな歓声を上げた。どこからか鳥のさえずりや川のせせらぎも聴こえ、蘇芳が眩しそうに空を見上げた。

「この先です」

空間の主は、いつもと変わらぬ無表情で道の先を示した。

「これが、アイランド?」

ルリがひそひそと訊ねる。

「うん。けど、こんなに作り込んである島に来たのは初めてだな……」

何人か、生産廃のアイランドに招待されたことはあるが、どちらかというと皆効率重視で、飾り気が無く、生産に必要な畑や牧場が家から最短距離で配置してあるだけの、殺風景な場所ばかりだった。一応、植えてある木々からは木材が採れるし、川があれば淡水魚も釣れるのでただの飾りというわけではないが、それにしたって、こんなに大掛かりな森を作る必要はない。

 森を少し歩くと、視界が急に開けた。右手には家畜が草を食む広大な草原、左手には綺麗に整備された畑。

「誰かいるぞ」

蘇芳が手で庇を作って、目を細めた。畑の中に、水をやったり草むしりをしたりしている人影が見える。

「NPCのアルバイトだよ」

ひたすら広大な農場を経営したいプレイヤーのために、ゲーム内通貨を使って専用NPCを時間契約で雇うことができるのだ。

 そして、農業地帯を越えた向こうに、

「わぁー!」

三角屋根の、小さなログハウスが建っていた。テラスがついていて、木製の丸テーブルと椅子が置いてある。ある美さんはテラスが好きなのかもしれない。その向こうには崖があり、石組みの階段を下りた先には白い砂浜が広がっていた。

「どうぞ」

ドアを開けて家の中にいざなわれ、なんとなく、口々におじゃまします、と言いながら入る。

「うわー!中もカワイイ!」

「ありがとうございます」

小ぢんまりとした外観とは裏腹に、中は天井も高く、広々としていた。入ってすぐの場所にあるリビングダイニングキッチンは、チョコレートカラーで統一され、壁には暖炉。随所に可愛らしい小物があしらわれたファンシーな空間に、ルリが感激している。これはもしや、

「私もアイランド欲しい!」

「「言うと思った」」

俺と蘇芳の声が、思わずハモった。アイランド自体はすぐに作れるが、ここまでになるには、相当な手間と時間が必要だろう。

「倉庫はこちらです」

ある美さんは、キッチンの奥にある、一見すると勝手口のように見える目立たない扉を開けた。

 中には、ウォークインクローゼットを巨大にしたような空間が広がっていた。この時点で家の外観と中の容量が合っていないが、ゲームなのでそういうこともできる、という話だ。

「こちらが、マリンブルーソルジャーと灼鉄剣です」

「ありがとうございます!」

「どもっす」

棚の一角から取り出した剣を携え、戻ってきたある美さんから二人が新しい獲物を受け取った。灼鉄剣に至っては、十六スロット全てにATK+50台のステータスと、スキル付きだ。

「棚にあるものは自由に試着できます。欲しいものがあったら言ってください」

なんだか、ある美さんがNPCに見えてきた。実はここも、友好度とクエスト遂行で解禁する高級ブティックなんて言い出すのではないだろうな。

 ルリはさっそく、棚に並べられたあらゆる装備を、きゃあきゃあ言いながら試着し始めた。

「ねえ、これどう?」

「超似合う」

黒い猫耳を被って振り向いたルリに、俺は全力で両親指を立て、グッジョブの意を示した。ルリのキャラメイクは真青ににているので、真青がつけているような錯覚に見舞われるのだ。うっかり真青さんと呼んでしまわないように気をつけている。横目でそれを見ながら、蘇芳が訊ねた。

「アルミニウムさん、いっこ訊いていっすか」

「アルミで構いませんよ。長いですから」

「はあ。……なんでアルミさん、雄正工業を潰したいんすか?」

率直な問いに、ルリが棚に置いてあった天使の輪を持ったまま、固まった。人一倍空気を読むことに長けているくせに、あえて空気読まない男。それが赤城だ、ある意味、彼にしかできない役回りでもある。

 俺はある美さんが俺に対してそうするように、話してくれるときに話してくれればいいと思っていたので訊かなかったが、やはり二人とも気になっていたらしい。室内を沈黙が覆った。

「いずれ訊かれるだろうとは思っていましたから、そう深刻な顔をなさらなくて大丈夫ですよ」

ある美さんは、一度目を閉じて、息を吐いた。

「実は、わたくしも雄正工業の出身なのです。というより、現在も籍を置いています」

「え?!ある美さん、未成年だったの?!」

「そこかよ」

俺の素っ頓狂な驚きに、赤城が突っこんだ。なんだか、回を重ねるごとに、俺に対する突っこみの速度が上がっている気がする。

「今年十八になります。……と言っても、現在は通学していませんが」

年上だった。よかった、これで高校一年生ですとか言われたら、新たな扉が開くところだった。

「通学してないって?」

「ご存知かどうかわかりませんが、雄正工業は以前から、情報技術、とりわけVR技術を教育分野に取り入れることに積極的です」

「ああ、そういや言ってた。サッカーゲーム作った会社と共同で、身体を休めてるときもVRで練習ができるシステム作ってるって」

「ご存知でしたか。同時に、家にいながらにして授業が受けられるシステムの開発にも取り組んでいて、わたくしはそのシステムのモニターなのです」

「へぇー」

時代は思ったより進んでいるらしい。確かに、仮想現実システムで授業が受けられれば、家から出ずに様々は体験ができる。医療分野では、体の不自由な人の精神ケアや、幻肢痛の治療などにも使われていると聞くので、その延長とも言える。

「システム自体は画期的なものですが……。わたくしが学校に通えなくなった原因も、そのシステムにあるのです」

「と言うと?」

「モニターと言えば聞こえがいいですが、言ってしまえば被検体です。わたくしは、学費の全額免除と引き換えに、不安定なシステムの実験台になり、結果的に脳の障害を起こして、足の自由を奪われました」

「えっ!」

ルリが、口を押える。ここまで森を一緒に歩き、目の前で静かに佇んでいる女性が、現実では足が不自由だというのだ。蘇芳も、予想外のヘビーな話に面食らった顔をしている。

「とーすとも、一定時間のプレイで自動的にログアウトするようになっているでしょう。脳への負担が大きいという話も聞いたことがあるかと思います」

 再三、メディアでも取り沙汰されている話題だった。現在流通している仮想現実システムの家庭用機材は、最長六時間連続使用すると強制シャットアウトを行うようになっており、更にそれから一時間以上の間を置かないと再起動出来ない。安全装置を外した違法な機材を使用して、重篤な障害を負ったという話も、都市伝説のように語り継がれている。

「……まあ、わたくしの場合は、自業自得なのです。危険があると予め伝えられていたにも関わらず、自ら飛び込んで無理をしただけですから。ただ……」

そう言って、ある美さんは少しだけ眉をひそめた。

「雄正工業チームに、わたくしの妹がいるのです」

「妹さん、ですか?」

身内が参加するのに、応援するどころか潰せとはどういうことだろうか。ルリが首をかしげた。

「正義感の強い妹で、わたくしがこうなった原因は学校にある、問い正すのだと乗り込んで……。今は、結果を出さなければ退学になってしまうからと、毎日疲れ切った顔で、学校に通っています。あれは……洗脳、でしょうね」

その表現に、蘇芳が顔をしかめた。彼をスカウトしに来たという学校関係者の、異様な表情を思い出したのだろう。

「とーすとは娯楽ゲームとは言え、全方向に様々なアプローチを仕掛けてくるシステムですから、学校としても興味があるようで。アバターを使いこなせる生徒、システムとの親和性の高い生徒を集めて、大会に出場させることにしたようです」

「めちゃくちゃキナくさいじゃん……」

「優勝することで関係者と縁を作って、新たなビジネスを持ちかけるつもりなのでしょう」

この楽しいゲームに、そんな大人の事情を持ち込んで、学生たちを利用するだなんて、許しがたい悪行だ。二人も、不愉快そうな顔で話を聞いている。

「案の定、わたくしも誘われましたが、断りました。そうしたら、当て付けのように妹を」

元からプレイヤーで、貴重な裁縫師なので装備の供給も任せられ、その上第一回大会で本選出場した成績を持つある美さんを、学校が放っておくわけがない。妹を参加させることで、間接的にでも協力させようとしているのだ。

「妹にも、協力してくれとすがられます。ですが、これはいい機会です」

そして、冷ややかな瞳にほんの少し熱をたたえて、ある美さんは俺たちを見据えた。

「お願いします。雄正工業高校を徹底的に潰して、あの子の目を覚ましてあげてください」

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