全面協力
寄り道のせいで、少々遅いログインとなった夜。トルマリで二人と合流すると、
「うわー!かっこいい!」
フル装備のナルを見て、ルリがはしゃいだ。別に中身が褒められているわけではないが、なんとなく嬉しい。本来は素材そのままの色合いをしているカエデ装備を、錬金術の一部である染色システムでモノトーンに染めてある。そして頭には、クラシカルブラスゴーグルという真鍮のゴーグル。
「なんだその腕。すげえな」
「かっこいいでしょ」
俺の左腕は、金属でできた義手になっていた。カラクリハンドというアクセサリー分類の装備で、外見が変わるだけで動きに違いはない。むしろ、SランクなのでHPが五パーセントアップする。
「背中にも何かついてる!」
回り込んだルリが歓声を上げた。
「ギアウィングっていうアクセサリーだよ」
カラクリハンドと同じく金属製の翼で、生えているのではなく背負う形になっている。腕と同じく、まったく動きに影響はないが無駄に羽を閉じたり広げたりできる。こちらはMP五パーセントアップだ。
「ネタ装備大好きじゃなかったのかよ。ガッチガチじゃねえか」
「だって、カエデ装備に猫耳似合わなかったんだもん」
「候補にはあったんだ……?」
これはこれで、『ぼくのかんがえた最強のかっこいいそうび』という枠のネタ装備のような気もする。クラシカルブラスゴーグルとカラクリハンド、ギアウィングは、高ランクの鍛治スキルがないと作れないので、人気の割に供給が少なく、フルセットはそう見かけない。案の定、通りかかるプレイヤーが二度見していく。
「狐耳のがまだ似合った」
「どう違うんだよ」
「失礼な、全然違うよ!」
獣耳や獣脚をすべて一緒にされては困る。それぞれに、機能美の備わった個性があるというのに。しかしここで議論していたらまた脱線するので、俺は一旦引き下がった。
「まあいいや。二人にも渡すね」
まずルリにトレードを申請し、シックな青に染めたカエデ装備をスロットに並べていく。
「あと、これはある美さんからのプレゼント」
「えっ!ホントに?!」
瑠璃色のピアスを渡すと、歓声が上がった。
続けて、蘇芳にも申請する。こっちの装備は、暗めの赤で統一した。
「このマフラーもある美さんから」
「ありがてえなあ」
蘇芳は金髪なので、赤色がよく似合う。さっそく装備した二人は、お互いにくるくると回って見せ合った後、ウィンドウを開いてステータスを確認しはじめた。
「マジで八スロット開いてる」
「すごーい!」
喜ぶルリと、感心半分、呆れ半分の蘇芳。座り込んで、手持ちの石を真剣にセットし始めた二人に訊ねた。
「ヘッドはどうする?希望があるなら、作ってくるけど」
「私、カエデ装備のミニハット好きだなあ」
「帽子ならあるよ」
カエデ装備のヘッドは、男性用はゴーグルの載ったカジュアルなシルクハットで、女性用は歯車を飾りにあしらったミニハットだ。マサオに着せている服のセンスから見て、好きそうだと思っていたので予め濃紺に染めておいた。インベントリから取り出して渡すと、ルリは嬉しそうに礼を言って受け取って被った。
「蘇芳は?」
「お前らほどこだわりないからなあ」
「男性用のシルクハットも一応あるけど」
試しに被ってみれば、と渡すと、
「あ、似合うね!柄じゃないけど」
蘇芳も赤城本人に顔立ちが似ているので、かっこいいものは大体なんでも似合う。俺の周りはハイスペックばっかりだ。
「悪かったな」
苦い顔をするも、気に入ったようだ。元々服と合わせてデザインされているだけあって、フルセットは映える。満場一致で決まり、ルリが一刻も早くある美さんに俺を言わねばと急かすので、連れ立ってカフェに向かった。すると、
「なんか、ざわついてる?」
カフェの周りにいるプレイヤーの視線が、テラス席のほうに向いている。と思ったら、俺たち三人に気付いた途端、ざわめきが大きくなった。
「なんだろ?」
「珍しい装備なんだろ?それでじゃねえの?」
蘇芳は特に気にした様子もなく、俺もそうだろうと思って、ある美さんの指定席を見た。
相変わらず、ある美さんは静かにそこに座っていた。ただし、
「うわー!女性用もカワイイ!」
ルリが歓声を上げた。そう、ある美さんの装備は、いつもの紫色の着物ではなく、カエデ装備の女性用フルセットだった。濃い紫に染められたボレロと、黒いコルセット、そして腰から広がるスカート。目元にはモノクル、カップを傾ける指には真鍮のリング。ある美さんの知的な雰囲気を一層引き立てる、完璧なコーディネートだった。
「……洋装も似合うなァ」
「おい、脳みそ漏れてんぞ」
「はっ」
思わず呟いてしまった言葉に蘇芳が突っ込み、俺は慌てて口を押えた。
どうやら観衆は、ある美さんの変貌に驚いていたらしい。裁縫Sランクのある美さんが店売り装備など着るわけがないので、着ているカエデ装備は生産品ということになる。幻のレシピをどうやって手に入れたのかという点も含めて、注目の的になっていた。そこに、同じくカエデ装備を着た三人組が現れたものだから、何か関係があるに違いないと思われたようだ。
「今晩は」
「ちらりと向けられた涼やかな視線と音色に、蘇芳の背筋が伸びる。
「こんばんは、ある美さん」
意を決して、テラスに上っていく。カエデ装備ばかり四人も集まった空間は、秘密結社の集会か何かのようだった。
「こ、こんばんは」
「どうも……」
ルリと蘇芳もそれぞれに挨拶し、俺がある美さんと同じテーブルに着いて促すと、ぎこちなく隣に座った。まるでステージにいるかのように視線を浴び、居心地が悪い。レシピの出処が知りたいのか、果敢に盗み聞きしようとするプレイヤーがテラス席の隅に現れたので、三人で組んだパーティにある美さんを誘った。パーティ会話モードにすれば、話している内容は周りには聞こえない。
「さっそく作ってみたんだね、それ」
「ええ、気に入りました。カエデさんとどういうご関係か存じませんが、よろしくお伝えください」
「うん」
深く聞いてこないのが、彼女の良いところだ。すると、隣でそわそわしていたルリが、辛抱しきれず身を乗り出した。
「あのっ、アクセサリー、ありがとうございました!」
「あ、俺も。すげー嬉しいっす」
慌てて蘇芳も追随する。すると、ある美さんは少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「それは良かったです。……依頼のことは、お二人には?」
「話したよ。どうせ通り道だし、協力していいって」
「ありがとうございます。それでは、不肖Aluminum*、皆さんが優勝できるよう、できる限りのお手伝いをいたしましょう」
「ホントにいいんですか?」
「はい。まずは、武器ともう一つのアクセサリーの調達でしょうか。貴方はご自分でお好きなものをご用意なさっているでしょうが、お二人の分をこれから揃えるのは負担でしょう。わたくしが引き受けます」
引き受けてもよろしいですか、ではなく、引き受けます、だ。お前は楽しく他人の装備まで作ってないで、強化に専念しろという脅迫めいた空気を感じる。
「必要な石も言っていただければ、すぐにお持ちしましょう。ご希望はございますか?」
「え、ええと……」
淡々と話を進めるある美さんに、ルリがたじろいでいる。蘇芳は蘇芳で、
『お前こういう押しの強いタイプ好きな』
一対一会話モードで、こそこそと話しかけてきた。これはないしょ話モードとも呼ばれ、表面は黙っているように見える、テレパシー会話のようなモードだ。
『素敵でしょ?真青さんのお願いとまた違った、有無を言わさない感じが』
『こえーよ』
ルリが助けを求めて視線を送ってくるので、蘇芳との会話を切って、俺は口を挟んだ。
「ルリ、何か検討してた武器はある?」
「えっ!えーっと、……マリンブルーソルジャーとか、かっこいいなって思ってたけど……」
言い辛そうに、おそるおそる口に出した。上級ダンジョン海中遺跡アクアマリンの緊急ボス、マリンブルードラゴンのヒレから作る、激レア武器。大振りの片手剣だ。青くてゴツいので確かに似合いそうだが、まだ会って二回目の相手に頼むのは、いくらなんでも厚顔すぎるのではと思ったらしい。
「ありますよ、マリンブルーソルジャー」
「へ?」
「偶然素材が手に入ったときに作ったものが。左右二振りとも、マリンブルーソルジャーでよろしいですか?」
実は、俺がある美さんと知り合ってすぐの頃、でれでれと付きまとっていたら『そんなに暇なら海龍のヒレでも持ってきてくださいよ』と言われて貢いだものだとは、死んでも言えない。ヒレだけと言わず、同じドラゴンから採れる限りの素材をざっと三セットくらい献上したところ、それから何も持ってこいと言われなくなった。少し寂しかった。
「貰っときなよ。くれるって言ってるんだから」
素材の出処もわかっているのだ。遠慮することはない。
「でも、あの……。本当に、そのチームに勝てるかどうかも、わからないし」
「勝てなくても、文句なんて言いませんよ。それよりも、わたくしに遠慮したばっかりに、準備不足を後悔されるほうが困ります」
言動がストレートで、表情も乏しいので誤解されやすいが、ある美さんは怖い人ではない。一部ではツンデレなどと言われているようだが、きちんと口に出して気遣ってくれるし、悪いと思ったら謝るし、どちらかというと素直クールという奴ではないかと思っている。
「楽しく大会に参加するはずだった貴方がたを、こちらのきな臭い事情に巻き込んでいるのです。これくらいのことは何でもありません。貰っていただけますね?」
静かに見据えるある美さん。それでも、まだ遠慮しているルリを見かねて、蘇芳が挙手した。
「それなら俺、灼鉄剣が欲しいっす」
灼鉄剣は、刀分類の武器だ。刀身が赤く光り、龍の彫り模様が美しい、とーすと内でも人気の武器の一つだ。広く出回っているものの、例によって刀は鍛治スキルの上位ランクでしか作れないので、高ランク多スロットはそこらの課金装備よりも高値がつく。なお、刀分類の武器は少し特殊で、鞘と刀身が別装備としてカウントされ、十六スロット付けられる代わりに空いているほうの手にはアクセサリーしか装備できない。
「貴方は、大剣を使うと言っていませんでしたか?」
「そのつもりだったけど、刀のほうがかっこいいじゃないっすか」
「それには同意します。……よろしければ、わたくしが使っていた石付きのものを差しあげましょうか」
「いいんすか」
ある美さんも、ソロで緊急ボスを狩る腕前の持ち主だ。くろすと違って対人戦機能はオフにしているので、経験は少ない。にも関わらず、ウヴァロ王国杯で本選二回戦まで勝ち抜いた。単純な戦闘力で言えば、くろすより上だ。そんな彼女が考えた石の配置なのだから、下手に自分たちで石を付けるより、間違いなくバランスが良い。
「構いませんよ。大半は、そちらの澄ました顔をしている方が持ってきた石ですし」
「何してんだお前」
「なんでバラすのある美さん」
食材探し中にいらない石を拾ったら、とりあえずある美さんに見せて譲ってから、余ったものを売っているのだ。使っていただけていたとはありがたい。
「そういえば、ある美さんウヴァ杯のとき灼鉄剣使ってなかった?」
「ええ、対人戦用に組んだものですから、それなりに扱いやすいかと思います」
「すげー、チューニング済とか、最強じゃん」
蘇芳が関心しきりだ。
「では、マリンブルーソルジャーと灼鉄剣ですね。アクセサリーはどうしますか?」
「まだ、決めてないんです。迷ってて」
「でしたら、わたくしの手持ちから選ぶ形はどうですか?」
そう言って、ある美さんは腰を浮かせた。
「倉庫に置いてありますから、一緒に来てください」
彼女が指差した先に、アイランドに繋がる扉が現れ、俺たちは顔を見合わせた。




