カフェ・モノクロ
盛大な寄り道を経て、ようやく本来の目的だったパフェを食べに、一行は駅前の大通りから一本路地に入った場所にある喫茶店を訪れた。
「カフェ・モノクロ?」
足元の看板を、真青が読む。白い木枠に黒板をはめ込み、白のペンキで手書きされた、趣のある看板だ。
「おしゃれなお店!」
看板同様に、木目に白と黒を基調としたカラーリングの小ぢんまりした外観を真青はきょろきょろと見渡す。
「前に、親と来たことがあって」
「俺ら場違いじゃね?」
赤城は入り口横のショーケースに並ぶ食品サンプルを、興味深そうに眺めながら、赤城が怖気づく。なにしろ、背中には三人揃ってウサギの顔の飛び出たゲームセンターの袋を背負っているのだ。
「結構家族連れとか多かったから、大丈夫だよ」
「そう?」
「ただ、さすがに男一人で入る勇気はなくて……」
「ああ、わかる。その上パフェとか頼みづらいよな」
神妙な面持ちで赤城が同意した。スイーツバイキングなどは、女性同伴でないと入れない店まであるし、人数がいないと甘いものは敷居が高い。故に、ここぞとばかりに提案した。
黒い扉を開くと、涼やかなドアベルの音が鳴った。テーブルを拭いていた女性店員が、いらっしゃいませ、と会釈する。賑わう店内に同じような学生服のグループもいるのを見て、真青が安堵の表情を浮かべた。
案内された窓際の席に、赤城と真青が当然のように横に並んで座り、俺は向かいに座った。二人はいそいそとメニューを広げて額を寄せ合い、
「どうしよ、パンケーキも美味しそうじゃん」
「俺、普通にナポリタン食べたい」
全力で目移りしていた。言われてみれば、夕飯でも問題ない時間帯だ。自覚すると空腹が加速するのは何故なのだろう。
「チーズケーキも気になる。また来なきゃ」
「駆は何にすんの」
「ストロベリーパフェ」
「即決かよ」
ここに来ると決まったときから決めていた。旬の苺をふんだんに使ったストロベリーパフェが、絶品なのだ。幼い頃、母と買い物帰りに寄るのが楽しみで仕方なかった。当時は一人で食べるには多すぎて、俺が残した分を母が食べていたが、今なら一人で食べられる。
「ほんとだ、春季限定って書いてある。私もストロベリーにしようかな」
「じゃあ俺チョコバナナサンデー」
限定品に弱い真青と、どこまでもマイペースな赤城。性格が出るなと思いながら、それぞれが店員に注文する。店員が下がってから、真青が切り出した。
「ねえ、鈴木君のことなんだけど。もしかして、部活のことバレてるのかな」
「今のところ、それはないと思う」
「けどさあ、多分あいつ、明日追けてくるぜ」
「さすがにそこまでするかなァ」
赤城の、鈴木に対する信用が地の底だ。一年のときに、何をやらかしたのだろうか。
「一応、麻木先生にも言ってみるよ」
「任せた」
会議の結果、鈴木への対策としては、方針を変えて三人で普段からつるんでいるところを見せて、一緒に行動していても怪しまれないようにすること。しばらく部室へ近寄らず、話し合いは別の場所で。大型連休中は家から接続する、ということになった。
「そうそう。麻木先生がね、大会のこと、学校に話してくれるって」
学校名を出して参加するので、一応、学校に申請を出さねばならない。と言っても、大会自体が大人からしてみれば遊びのようなものだ。普段から二人とも悪目立ちはしていないし、俺もおとなしくしているので、問題なく許可が出るだろうとのことだった。
「許可が出次第、エントリーの手続きしてくれるって言ってたよ」
「麻ぽんそういう仕事速いよな」
「そもそも、なんで麻木先生が顧問なの?」
「俺が足やったときに、テーピングの仕方とか習いに行っててさあ。ついてきてた春果がゴリ押したら引き受けてくれた」
なんだかんだ言いながらも、高校の養護教諭などやっているくらいだ。麻木先生は元来面倒見のいい性格をしているのだろう。
「部室探しも、機材の予算確保もやってくれたんだよね。どうやったのか知らないけど」
百パーセント遊びの弱小引きこもり部に、ゲーミングPCとVR機材を三人分確保するなど、並大抵のことではない。何者だろうかと邪推したくなるが、ひとまず、心強い味方であることは確かだった。
「お待たせいたしました。ストロベリーパフェと、チョコバナナサンデーです」
「すごーい!ワッフル刺さってる!」
真剣な話をしていたはずだったが、運ばれてきたパフェのせいで、話題は遥か彼方へ飛んでいった。
細長いガラス容器の中に、コーンフレークと苺と生クリームが何層も重なり、その上には縦半分に切られた苺が絶妙なバランスで花をかたどる。真ん中には、ジャムの掛かった半球のバニラアイス。さらに、それを押しのけるように斜めにワッフルが突き刺さっていた。華やかなハイボリュームのパフェに、真青のテンションが急上昇する。女性店員が微笑ましげに去っていった。
「こっちもなんかすげえ」
赤城が注文したチョコバナナサンデーのほうは、丸い容器の中に輪切りのバナナとチョコソース、生クリームの地層が重なり、上には斜め切りにしたバナナが並べられていた。センターに構えるソフトクリームにはアメリカンチェリーが添えられ、やはりワッフルが刺さっている。それらすべてにチョコソースが網状にかかっている様は、もはや芸術の域に達していた。
「こんなの食べたら、ファミレスでパフェ頼めなくなっちゃうね」
食べる前に、スマートフォンで写真を撮るところが女子だ。と思ったら、赤城もやっていた。すかさずトゥルッターを見ると、案の定マサオとタクミのアカウントで、それぞれ写真が上がっていた。俺も、アカウントの名義がくろすでなければ、と悔やんだ。
「いただきます!」
丁寧に手を合わせてから、小さめにすくって口に運んだ真青が目を見開き、頭上に『!』マークが出た。気がした。
「あ、美味い」
赤城も、一言だけ発してから、静かに食べ始めた。人間、本当に美味しいものを食べると、長々と感想を言っている場合ではなくなるのだ。突然喋らなくなり、黙々とパフェを崩し始めた高校生のグループは、不気味だったのではないだろうか。
半分ほど食べすすめたところで、やっと真青が口を開いた。
「めちゃくちゃ美味しいね?」
「でしょう」
甘すぎない生クリームと、完熟の苺の甘酸っぱさが病みつきになる。一つ一つ店で焼いているワッフルとの相性も最高だ。
「すげー真剣に食ってた」
他の二人が喋り始めたことで、はっと我に返った赤城のサンデーは、すでに八割方削られていた。
「しまった、会議してないじゃん!」
真青が改めて気付いた。していないどころか、音を立てて脱線したまま、二駅くらい過ぎている。
「春果、駆に何か訊きたいことあるつってなかったか」
「そう!」
しかし食べる手は止めない。苺を飲みこんでから、真青は訊ねた。
「駆君、結局武器は何にするの?」
「ああ、そういえば言ってなかった」
今日、カエデ装備を渡すときに話そうと思っていたのだ。鈴木騒動で遅くなってしまった。
「基本は銃でいこうと思う。昨日、ある美さんからライフル貰ったんだよね」
「えっ!アルミニウムさんって、誰にも装備プレゼントしないんじゃないの?」
昨日会った後、噂を調べたらしい。どこにも属さず、誰にも媚びず、頼み事をすると無理難題を吹っかけてくるかぐや姫。しかし、それはたまたま、一般的なプレイヤーにとって彼女の依頼が無理難題であることが多いだけで、成功すれば報酬があるのだ。
「今回はある美さんからお願いされたから、例外」
「お願い?なんの?」
とうとう、サンデーの容器を空にした赤城が訊ねた。
「なんか、大会で倒してほしいチームがあるんだって」
「それであの時、大会に出るのか聞いてきたのか」
「雄正工業高校って言ってたけど……。知ってる?」
「雄正?聞いたことないなあ」
斜め上を見ながら記憶をたぐる真青だったが、思い当たらないようだった。すると、
「知ってる。情報系の学科に力入れてるとこだろ」
意外にも、赤城が口を開いた。なぜ、と首をかしげた真青と俺に答える。
「中三のとき、スポーツ推薦のスカウト来たことあんだよ」
その際にパンフレットに目を通したので、概要は知っているらしい。スポーツ推薦なんて、俺には縁のない単語すぎる。
「遠かったし、話しにきた担当者がなんか変な感じだったから、断ったんだよな」
「変な感じ?」
真青が、生クリームをつつきながら訊き返す。
「なんか、疲れた顔してんのに目だけギラついててさ。最新の機材とデータに基づいた効率的なトレーニングがどうとか言ってたけど、食い気味だしすげー不気味だった」
まるで宗教の勧誘のようではないか。赤城がそんなところに行かなくてよかった。
「確か、元男子校で、五年くらい前に共学になったばっかとか言ってた気がする」
「へえー」
「アルミニウムさん、もしかして卒業生とか?」
「卒業生だったら、応援するんじゃねえの?八百長して負けろじゃなくて、武器まで渡して潰せって、だいぶ恨みこもってんぞ」
ある美さんの年齢は知らないが、もし共学になってすぐの生徒だったなら、可能性は十分にある。が、普段まったくリアルの事情を挟んでこないある美さんだけに、余計に言動が不思議だった。
「どっちにしても、優勝目指すんだったら、どこかで戦わなきゃいけないし。やることは一緒だよね」
「だな」
「やってくれるなら協力するって言ってたから、どうしても手に入らない装備とか石とかあったら、聞いてみたらいいよ」
「本当?ちゃんと挨拶しに行かなきゃ」
「俺も」
「いつもトルマリのカフェテラスにいるから、帰ったら行ってみる?」
「うん!」
頷いた真青がパフェを食べ終えたところで、俺たちはいそいそと喫茶店を後にした。




