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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
三章

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23/118

らぶぃくん

 「大丈夫だった?」

そわそわと昇降口で待っていた真青が、俺たちの姿を見つけて駆けよってきた。

「おう、問題ない」

少々問題はあった気もするが、真青に無駄な心配をかけることもない。俺は赤城に合わせた。

「じゃあ、家に着いたら連絡して、再集合でいい?」

「そうだね。……ねえ、いっそホントにパフェ食べに行かない?」

「お前はまたそういう」

どうやら、パフェを食べに行くという嘘は、真青の発案だったらしい。

「いいじゃん、作戦会議くらいならできるし、嘘つかなければ堂々としてられるでしょ?」

時間がないと言っているかと思えば、無邪気なものだ。

「どこ行くんだよ。駅まで出ねえとパフェ食える店なくない?」

二人があそこはどうだ、あっちのが良くないかと話し合っているのを聞きながら、俺もパフェか、と考え込んだ。そして、試しに挙手してみる。

「はい」

「なんですか、駆くん」

「行きたい店があるんですけど」

「いいよ!どこ?」

「え、いいの?」

詳細も訊かずに承諾されて、挙動不審になる俺だった。


 夕方の由芽崎駅前は、大いに賑わっていた。都会と呼ぶには芋臭く、かと言ってド田舎というほどでもない、どこにでもある中途半端な繁華街を三人で歩く。

「あっ、あの服カワイイー」

「お前、いつも可愛いつって買わねえじゃんよ」

「カワイイの中から一番カワイイのを厳選するんだよ。わかってないなあ」

見事にカップルにしか見えない二人のやや後ろを歩く俺の姿は、傍からどう見えているのだろうかと考えていると、真青が振り向いた。

「ねえ、駆君って、他のゲームもするの?」

しなやかな指で差しているのは、ゲームセンターだった。

「最近はあんまりだけど、中学の頃は来てたよ」

校則では出入り禁止だったが、私服で前髪を上げてマスクをしていたら、案外バレなかったのだ。

「ちょっと寄っていこうよ」

言うが早いか、真青はさっさと店内に入っていった。

「お前なあ」

赤城が呆れている。まあ、わざわざ家の前を素通りして駅前まで来て、パフェだけ食べて帰るというのも味気ない。寄り道は放課後の醍醐味だ。真青を追って店内に足を踏み入れると、途端にあらゆる電子音に囲まれる。昔は暗い・汚い・怖いという印象が強かったゲームセンターも、近年は騒音が苦手な層に配慮して随分静かになったそうだが、それでも数メートル向こうから呼ぶ真青の声がよく聞き取れない。

「これカワイイ!」

やっと声の聞こえる距離まで寄ると、一台のクレーンゲームの前で興奮していた。入っているのは一抱えほどもあるビッグサイズのぬいぐるみだった。『らぶぃくん』とかいう名前の、胴の長いウサギのキャラクターだ。なんとも形容しがたい気の抜けた顔をしている。最近若者の間で密かに人気が出ているらしい。タオル地で、枕にも最適というポップが付いていた。

「やだー!めちゃくちゃ抱き心地いい!」

台の外側には、触ってみてください、と見本がぞんざいに吊るされていた。真青はひと触りした後、変形するほど強く抱きしめた。横から赤城が手を伸ばし顔を鷲づかみして、おお、と感動している。感触が気に入ったようだ。

「ねっ、いいよね、これ」

「いいけど……無理じゃね?」

「えー、とれないかなあ」

二本のアームで持ち上げるオーソドックスなタイプだが、始点が遠く、しかもものがでかいのでワンプレイ二百円。少々勇気がいる設定だった。

 台の前で真青が悩んでいるところを見ると、この『らぶぃくんくたくたぬいぐるみ』は、手に入れたいカワイイに分類されるらしい。ただのぬいぐるみではなく、実用性があるところもポイントが高いのかもしれない。

「雑貨屋に似たような感触の枕あるんじゃねえの」

「あるかもしれないけど、らぶぃくんがいい」

二人が真剣に挑戦するか否かを会議している後ろで財布の中を確認する。五百円玉と、百円玉が数枚入っていた。少し悩んでから、ええいままよ、と五百円玉を投入した。二人が驚いた顔をしている。

「いきなり五百円とか、リッチなことするな……」

「どうせ一回でとれる設定じゃないから、こっちのがお得なんだよ」

たまに勘違いしている人も見かけるが、クレーンゲームは一回でとれるかどうかを競うゲームではない。景品の形状と重心と置き方、ツメの形、更には台ごとに微妙に異なるアームの癖まで把握して、どれだけ少ない手数で穴に落とすかというゲームだ。結構面白くて、いらないのに景品を取ってきては両親に呆れられていた日々を思い出した。ちなみに、佐藤家の趣味でないものは、地域のバザーに提供したら喜ばれたらしい。最終的に、高く売れそうなものに絞って取ってきて、フリーマーケットアプリで売って小遣いを稼ぐことも覚えたが、それもとーすとを始める前の話だ。

「この辺かな……」

なぜか俺よりも真剣な顔をしている二人に見守られて、若干緊張しながらボタンを押した。触り心地が気に入ったのか、今度は赤城が見本のらぶぃくんを抱きしめている。

「おおっ?!」

持ち上がり、にわかに二人が湧いた。が、やや穴に近付いたところで落ち、

「ああー」

二人のテンションも同時に落ちる。反応が面白い。一度目でアームの癖もわかったので、今度はらぶぃくんの腋の下辺りを狙うと、上手いこと両脇にはまってくれた。ずりずりと引きずる形で穴に近付き、頭が出口のほうを向いた。二回目もとれなかった二人がいよいよ息をのんでいる。

「とれなかったらごめん」

三度目のアームを下ろすと、片方のツメが腋の下に入り、もう片方は肩にかかった。再度引きずられたパステルブルーのウサギは、アームから離れると、一拍置いてゆっくり、取り出し口に頭から滑り落ちた。

「あ、とれた」

あと数回やる羽目になるかと思いきや、存外あっさりとした勝利だった。取り出してみると、なるほど癖になるもちっとした感触をしている。ポップに書いてあるとおり、枕にしたら寝心地がよさそうだ。

「えーっ!すごーい!!」

「マジでとれるんだな?」

呆気に取られていた二人のテンションがだだ上がりし、真青など手を叩いて飛び跳ね喜んでいる。俺は、その真青にらぶぃくんを差し出した。

「はい、どうぞ」

安眠のお共に良さそうなので未練がないわけではないが、真青の笑顔はプライスレスだ。

「いいの?」

「うん、欲しかったんでしょ?」

「なんか申し訳ないな、ただでさえ駆君にはいろいろ迷惑かけてるのに」

ウサギをしっかり抱きしめつつも、真青は少し困った顔をしている。入部のこともカエデ装備のことも、俺の負担が大きすぎることを気にしているようだった。鈴木に追求されたりSNSのアカウントを隠したり面倒なこともあるが、最終的に入部は自分で決めたことだ。カエデ装備に関しても、面白がってやっている。何より、誰かとこうしてゲーセンで遊んでいるというのが、何物にも代えがたい体験だ。

「別に気にしてないから」

らぶぃくんの代金を払おうと財布を取り出した真青を、慌てて制止する。俺がとったらぶぃくんを気に入って抱きしめてくれているというだけで、俺は天にも昇る気持ちだ。

「代わりにパフェ奢れば」

「あ、そうだね」

格好つけたので金銭は受け取りたくないという俺の些細なプライドを汲んで、赤城がさりげなくフォローすると、真青は素直に頷いた。気の利く男だなァと、感動すら覚える。正直に言うとパフェを奢られるのも気が引けたが、先日遠慮しすぎと言われたばかりだ。断ったらお互いに引っ込みがつかなくなりそうなので、甘んじることにした。

「俺にもとれるかな。駆、コツ教えろ」

自分でとろうとする辺りが赤城らしい。

「ていうか、景品補充してもらわなきゃ。すみませーん」

通りかかった店員を真青が呼び止める。染めた茶髪の男性店員が、にこやかに寄ってきた。

「紫の奴出してもらっていっすか」

赤城が後方のディスプレイ兼ストックから、パステルパープルのウサギを指定する。らぶぃくんにまつ毛を足した甘めの顔をしており、ポスターによると、らぶぃくんのガールフレンドのぴーすぃーちゃんらしい。これですね、と確認してから置き直している店員の横顔を見て、俺はどこかで見たことがある顔、と記憶を手繰っていた。

「あ!モッチー?!」

「へ?」

不意に口を突いた名前に、胸元に望田と名札をつけた店員がきょとんとした顔で振り向いた。慌てて口を押えた俺の顔をじっと見て、

「ん?んん?」

前髪を思い切りめくられた。

「うっは!もしかして、く――」

今度は自分の口でなく、望田の口を塞ぐ番だった。

「駆!佐藤駆!恥ずかしいからプレイヤー名で呼ばないで!」

危ない、アーケードゲームをやっていた頃から、プレイヤー名はくろすなのだ。ゲームセンターとは不思議なもので、本名を知らない顔見知りという連中がたくさんいる。少しインターネット世界に似たところがある。

「本名もネタみたいな名前じゃんかよ!ウケるー!」

「そっちこそ、なんで客やってた店で働いてんすか。ウケるんですけど」

「むしろ天職だろ?毎日好きなもんに囲まれて、最新情報が手に入る上、金までもらえんだぞ?」

そう、この望田という男、二年前はこのゲームセンターの常連客だった。主に奥の薄暗いマニアックな区画に通い詰め、毎日飽きずにバーチャルカードゲームやオンラインの対戦ゲームをしていた。当時は大学生で、プレイヤー名はモッチー。俺が通っていた頃は黒髪だったので、しばらく気が付かなかった。

「なになに、知り合い?」

「あ、うん」

事情を説明すると、二人はへえー、と口を揃えて感心した。紹介され、どうもー、と愛想良く二人に会釈する望田。

「しばらく見てなかったけど、今何してんの。つか、今高校生って、あの頃いくつだよ」

「中、二?」

「クソガキ様じゃんか。十六歳未満のくせに、夜まで遊んでたんだー。いけないんだー」

「大学サボってゲーセンに通い詰めて、留年しかけた人に言われたくないなァ」

「うっせ」

「うっせ」

お互いにど突き合ったところで、望田は他の客の目を気にして少し距離を取った。

「じゃ、あんまり喋ってると店長に叱られてるから、行くわ」

「店長ってあのヒゲの?」

「そうヒゲ。お前が急に来なくなったとき、心配してたんだぞ。暇あったら顔出せよ。それではごゆっくりどうぞー、またお越しくださいませー」

最後は営業スマイルで会釈して、業務に戻っていく望田に軽く手を振る。「またお越しくださいませ」は、「今度話聞かせろ」だ。

 機械の陰に望田の姿が見えなくなると、真青が口を開いた。

「駆君、いろんな知り合いがいるんだね」

「お前、不良だったのか」

「ちっがうよ、中学まで駅向こうのマンションに住んでて、近かったからよく来てただけ!」

決して、非行に走っていたわけではない。

 週に三回は来ていたのに、とーすとを始めてから一度も来ていないので、そりゃあ店長も不思議に思ったことだろう。俺の中学卒業と同時に、両親が戸建てを買おうと言い出して、学校からほど近い住宅街の一軒家に引っ越したのだ。駅から遠くなったことで、ゲーセンからも余計に足が遠退いていた。

 「ふーん。ま、いいや。これどこ狙うんだ?」

くの字になっているアームの角を真っすぐ下ろした位置が全開になった時のツメの位置だとか、頭のほうが重いとか、この台はアームが降りる時に少し右に回る癖があるから気を付けるとか、ゲームセンターの住人たちから習ったコツをそのまま教える。と、赤城は本当に、俺と同じように三回でとってしまった。

「おおお!自力でとれたの初めてかも!」

ぴーすぃーちゃんを高い高いしながら、赤城は感動する。スポーツができる奴ってどうしてこう、覚えが早いと言うか、勘が良いのだろうか。

「よし、じゃあコレお前のな」

「えっ」

自分用に取ったのかと思いきや、ぴーすぃーちゃんを俺に押し付けて、

「面白かったからもう一回やる」

再び望田が呼ばれ、赤城は今度はキリッとした顔の赤いウサギを指定した。らぶぃくんの親友のはーてぃくんだ。案の定単価が高いようで、あっさりとっていく赤城に、望田の笑顔が少し引きつっていた。

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