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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
三章

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22/118

詮索

 久しぶりに母に見送られて登校し、いつも通りの授業が終わった放課後。

 部室に向かおうとした俺の元に、またしても鈴木が寄ってきた。

「駆、駆」

真青がこちらをちらりと見て、去っていく。教室を出ていく頃に、俺のスマートフォンが震えた。

『先に行ってるね』

という、真青からの絵文字付きメッセージにスタンプ画像を返しながら、鈴木を見る。

「何」

不満を隠さずに声のトーンに乗せると、鈴木は何やら深刻そうな顔をして、小声で訊ねてきた。

「昨日、真青さんと赤城と一緒に帰ったって、マジか」

「は?」

「見た奴がいるんだよ、どういうことだ?」

どういうことも何も、その通りだ。あの物置教室を出入りしているところを見られたのなら危なかったが、三人で帰ったというだけでは、特に問題はあるまい。あれか、貴様もある美さん親衛隊のように、真青に気安く近づくなとでもいうつもりか。

「たまたま昇降口で会って、真青さんが誘ってくれたから途中まで一緒に帰っただけだよ」

「じゃあ、七時まで何してたんだよ。真青さんもお前も、終礼終わってすぐどっか行ったじゃん」

基本的にクラス内部にしか付き合いのない俺と違い、鈴木の情報網は広い。地味男子同盟も鈴木が発足したようなものだ。きっと、俺が顔も知らない誰かからのタレコミなのだろう。

「眠すぎて帰りながら寝そうだったから、人のいないところで仮眠してたんだよ」

一日中舟を漕いでいたことは鈴木も知るところだし、実際に三十分ほど部室で居眠りをしてしまったので、まったく嘘というわけではない。

「真青さんは?」

「知らないよ。先生の手伝いでもしてたんじゃないの」

真青は優等生で通っているので、教師からの信頼も厚い。げきま部は正式な部活として認められているのだから、教師たちが存在を知らないわけはない。なのに、生徒に活動が一切知られていないということは、意図的に伏せてくれているのだろう。真青と赤城の人望のなせる業だ。

「ふーん……?」

しかし、鈴木はまだ納得していなかった。腕組みして、大げさに首をかしげてみせる。元々しつこいところがあるが、今回はいつになくしつこい。早くカエデ装備を二人に渡したいし、どうやってこの場を切り抜けようかと考えあぐねていると、再びスマートフォンが震えた。

『遅くなる系?』

今度は、赤城からだった。俺はすぐに返信する。

『ちょっと困ってる』

『昨日二人と帰ってるの見られてた』

短文で続けて送ると、

『わかったまってろ』

と、漢字変換もそこそこの返事が来た。俺がスマートフォンをいじりながら鈴木の話に相槌を打つのはいつものことなので、メッセージのやり取りには気付かれていないようだった。待ってろ、ということは、おそらくこちらに来てくれるのだろう。来て、なにをするつもりなのかはわからないが。

「もしかして、真青さんがゲーム教えてって言ってたことと関係あんのか」

「それが無きゃ一緒に帰ってなかっただろうから、まったく関係なくはないね」

赤城に関しては、真青と二人で遅くまで学校に残っていたところで、真青に引っ張られて仕事を手伝わされていたか、待っていただけだろうと周りが勝手に勘違いする。便利な関係だ。

 実際、二人は従兄妹と言われても仲が良すぎるくらいに仲が良い。親戚と言えど年頃の男女なのに、普通に顔を寄せ合って小さい画面を見たりする。俺に気を遣っているだけで、やはり付き合っているのではないかと疑い直したくらいだ。

 鈴木の追求に付き合っている間に教室は人気が少なくなり、女子が数人残っているばかりになっていた。この時間があれば、捨て石が百個くらい拾えるのに。などと考えていたら、

「そうだ!真青さんに、どこでゲーム教えたんだよ。まさか、家に行ったのか?」

ヤバい、そこの言い訳は考えていなかった。付け焼刃の嘘など、脆いものだ。俺の家と言ったらなおのこと面倒くさそうだし、どう答えたものかと必死に考えていると、

「おいーっす、駆ー!」

絶好のタイミングで、救世主が教室に入ってきた。もしかすると、廊下で入るタイミングを窺っていたのかもしれない。

「うわっ、赤城?!」

鈴木があからさまに狼狽した。若干声が上ずっていて、怯えているような気配すらある。

「あんだよ」

赤城も赤城で、ポケットに手を突っ込みのしのしと近づいてくる。そして、高い位置から思いきり鈴木を見下げた。容赦なく眉根を寄せていて、普段より三割増しくらいガラが悪く見える。

「い、いや、なんでもない」

その迫力に、鈴木は思わず後ずさりした。俺だったら即座に話を切り上げて、ダッシュで逃げ出しているところだ。

「赤城、駆に用か……?」

「そうだよ。春果と三人でパフェ食いに行こうっつってたのに、なかなか来ねえから見に来た」

「そんなに仲良かったっけ……?」

「仲良くなったんだよ。悪いか」

完全に赤城のペースだ。もはや鈴木は、あ、そっすか、としか言えていない。

「つーかさあ、なんでいちいち、鈴木がそんなこと気にするわけ?」

まとわりつくハエでも払うかのような顔で、赤城は心底面倒くさそうに言った。不機嫌を全身で表現されると、威圧で鈴木が吹っ飛ぶのではないかと心配になるほどだ。

「いやあ、友達が急に今までと違うことし始めたら、気になるじゃん」

顔をひきつらせながら、乾いた声で笑う鈴木。

「はぁ?誰がどこで遊ぼうが、どうでもいいだろ」

赤城の「はぁ?」は本気で怖い。しかも、眉間の皺と身長百八十センチ強からの、見下げ体勢のオプション付きだ。赤城が入ってきたときには、ちらちらと様子を伺って興味深そうにしていた女子たちも、剣呑な空気を察してそそくさと姿を消した。

「他人の友達関係、全部把握するつもりかよ。気持ち悪ィ」

さすがに言い過ぎでは、と思ったら、案の定鈴木は絶句して俯き、微かに震えていた。地味男子同盟に甘んじているような、自分に自信のない奴らは、総じて批判に弱いのだ。ましてや対極とも言える人気者から、やっていることを面と向かって気持ち悪いと言われるなど、もはや立ち直れないレベルのダメージである。俺もしゅがーのメイド服を気持ち悪いと言われたときは、相手が真青でなければ、翌日から不登校になっていただろう。美人からの謗りはご褒美なので、もうメンタルは復活した。むしろ、カエデ装備に付ける石も同じくらい鍛えたら、また言ってくれるだろうかと楽しみにしている。

 それはさておき。部室で起きた寝顔盗撮事件の全貌を、一瞬で把握したほどの観察眼を持つ赤城が、俺にもわかる鈴木の落ち込みっぷりに気付いていないわけがない。コミュニケーションの鬼は、的確に相手の急所を刺す術も知っているのだ。

「話は終わりだな。行こうぜ、駆」

真青や俺と話しているときには見せない、冷たい態度と視線で話をぶった切ると、赤城はさっさと教室を出ていった。

「あ、うん……」

味方なら頼もしいが、敵には絶対回したくないなと改めて感じながら、俺は後を追った。一度振り返った教室では、鈴木は俯いたままだった。

 教室を出た赤城は大股で歩を進め、部室に戻るのかと思ったら、階段を下りていく。どうやら昇降口に向かっているらしい。

「今日は家でやることにしたんだよ。あいつ、しつこいからな」

「しつこいって、鈴木のこと知ってんの?」

「一年のときにちょっとな。しかし、腹立つ」

不機嫌は鈴木を怖がらせる演技かと思っていたら、割と本気で怒っているらしい。とは言え、待たされた以外に赤城が怒る要素があっただろうかと首をかしげていると、

「あいつ、自分以外に喋る奴なんかいねえだろうと思ってた奴が、知らないところで新しい友達作って焦ってんだ。マジうぜえ」

なんと、俺のために怒ってくれていたのか。友達と称してくれたことに感動しつつ、申し訳ない気持ちになっていると、

「駆もちったぁ怒れよ。見下されてんだぞ」

動じていない俺に気付いて、赤城はため息をついた。

「知ってるよ?どうでもいいからほったらかしてるだけ」

底辺同士の集まりなんて、見下し合いが国民的競技みたいなものだ。自信がないが故にお互いのアラを探し、少しでも相手より自分が優れている点を探して、「こいつよりはマシ」という寄せ集めの情けない自信で自我を保っているのだ。鈴木はおそらく、俺が友達が少ないことを引き合いに、自分は独自の情報網を持っているという対人関係について、自信を持っていたのだろう。

 しかし、俺は誰かから面と向かって嫌われているわけでもなし、ウェブ上ではある美さんや、そのほかにも構ってくれる人間がいる。友達の少なさを嘆いたことはない。いや、夏休みの宿題を見せてくれる相手がいないとか、そういう弊害はあったが。

「俺も鈴木を見下してるところあるし、お互いさまじゃない?」

害がなければ対立するだけ無駄だ。いちいち腹を立てている暇があったら、夕飯の献立でも考えているほうが建設的ではないか。すると、赤城は俺の顔をじっと見て、

「お前、大人だな」

感心された。

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