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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
二章

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20/118

親衛隊

 「雄正工業高校?」

聞き覚えのない学校名に、俺は首をかしげた。

「はい。まだエントリー受付前ですが、確実にエントリーしてくると思います」

エントリー受付は、五月一日からだ。そして五月二日のアップデートで、本番と同じ仕様の対人戦専用エリアが実装され、プレイヤーが自由に使えるようになるらしい。それはさておき。

「はあ」

雄正工業高校という学校が、ある美さんのリアルの事情に何か関係があることは間違いないが、自分のポリシーに反して、先に報酬を用意してまで頼んでくるなど、前代未聞だ。

「向こうが強いチームなら、俺たちが負けない限りどっかで当たることになると思うけど……。そういうことじゃないよね」

わざわざ依頼してくるということは、ついでに伸してこい、ということではない。徹底的にやれ(・・・・・・)ということだ。

「察しが良くて助かります」

抹茶フラペチーノをスプーンですくって口に運び、ある美さんは続けた。

「受けてくださるなら、協力は惜しみません。装備でも石でも、私に手に入れられるものなら迅速に供給いたしましょう」

「それはありがたいけど。勝てる確証なんかないよ?ウヴァ杯はまぐれみたいなものだし」

一対一ならなんとかやれても、チーム戦は俺も未経験だ。パーティプレイすらろくにやっていないので、多少装備が良かったところで、絶対に勝てるという約束はできない。

「貴方で勝てなければ、そのときは潔く諦めます」

「買い被られてるなァ。……できる限りやってみるよ。他でもない、ある美さんの頼みだからね」

テーブルの上のライフルを受け取り、俺はいつものように、なははと笑った。もしかしたら、げきま部と当たる前に向こうが他のチームに負けるかもしれないし、あまり気負わずに考えよう。

「ありがとうございます。お友達にもよろしくお伝えください」

「うん」

銃の性能を確認すると、やはり安定の八スロットSランク。射程や俺の戦い方、更にユニフォームがカエデ装備というところまで踏まえての、この銃なのだろう。後でゆっくり石を吟味しよう。

「あ、そうそう。俺、やっぱり島買ったんだ。まだ何もないけど、そのうち招待するよ」

「そうですか。楽しみにしています」

まだ抹茶フラペチーノを食べているある美さんを残してカフェを出る。最後にテラス席に手を振ってから、俺は人通りの少ない路地へ向かった。

 なんせ、ある美さんと話し始めてから、視線がちくちくと刺さってくるのだ。索敵イーグルによると、三人くらい。

「試してみるか」

俺はインベントリから取り出したリンゴを放りながら歩き、途中でわざと取り落として、拾うふりをする。と、

「アルミ様に気安く近づくなーっ!」

建物の上から降ってきたのは、黒いコートの女の子。両手にはクナイ。惜しい、その長い黒髪にもう少し艶があれば、割と好みだったのに。

「キャスト、ナツヤスミショット!」

振り返りざまに俺の手に現れたのは、ポップな緑の銃身に、黄色の貯水タンクがついた、小さな水鉄砲。ただし、発射される弾丸は他の銃と変わらない。立て続けに四発。

「んなっ?!」

二発はクナイの面に当たり、少女がクナイを振りかぶる軌道を逸らす。一発は頬を掠め、もう一発はコートに穴を開けた。歯を見せて笑った俺に、少女の顔が慄く。同時に、残りの敵反応が二つとも消えた。諦めてどこかへ行ってくれたのならありがたいが、そう都合よくは行かないだろう。

「ある美さんに憧れてるなら、もっと明るい色の服を着たほうがいいかもね。せっかく可愛いんだしさ」

「ううううるさい!」

顔を真っ赤にしながら少女が放った双剣スキル、二連真空刃カマイタチノタワムレタートルで防ぎ、即座に盾を消して二発撃ち込む。

「あっ……」

一発が眉間、もう一発が胸にヒットし、少女は呆気なく倒れた。

「うぉっ」

同時に、消えていた敵反応が真横で復活し、抜刀タチウオが脇腹を掠めた。ジャージが少し破ける。

「チィッ」

今度は、金髪をポニーテールにした、甚平とスパッツのお姉さん。俺が銃口を向けると、

「ふん、そいつは弾切れだろう!」

拳銃型水鉄砲ナツヤスミショットは、六発撃つとクールタイムに入る。それを狙って迷彩カメレオンで隠れていたのだろう。美人だが、言葉遣いが荒いのがちょっといただけない。

「それはどうかな?キャスト、水鉄砲エレファントノーズ!」

先ほどまで弾丸が発射されていた銃口から、勢いよく水が噴射される。

「うわっ?!」

おおよそ小型水鉄砲から発射されたとは思えない量の水が、彼女を襲った。水鉄砲エレファントノーズは魔法スキルだが、銃を装備しているときに限り、攻撃力がDEX依存になる。こういうイレギュラーが楽しい。水浸しになって咳き込む女性の、甚平で隠れていたグラマラスなボディラインが露わになった。

「一つしか持ってないと思った?」

両手に一丁ずつ、同じ銃を掲げながら笑う。二丁拳銃は、双剣同様攻撃力が落ちるが、左右それぞれにクールタイムが発生するので、考えて使えば撃ち続けることもできる。水浸しの美女は、顔を拭いながら憎々しげに睨みつけてくる。その視線は好きです。

「でも、今ので今度こそ弾切れだろう」

水鉄砲のクールタイムを読み切り、不敵に微笑んで斬りかかってくる、水も滴るいい女。しかし、

「キャスト、白刃取スワン!」

持っていた水鉄砲を仕舞い、こちらが無手で相手が刀だった場合だけ使えるネタスキルで斬撃を無効化すると、サムライレディの顔に明らかな動揺が浮かんだ。

「キャスト、無刀取ブラックスワン!」

その隙に、刀を持つ手をつかんで捻り、背中から叩きつける。白刃取りと白羽鳥を掛けてスワンなのはまだわかるが、無刀取りがブラックスワンて。無糖ブラックと掛けているつもりか。

 この二つのスキル、刀限定という縛りのために実用性は低いが、裏を返せば刀相手には無敵とも言える威力を発揮する。詠唱時間ゼロ、クールタイムゼロ。さらに成功したときに限り、直前に使ったスキルの反動すら打ち消すという、最強の仕様(修正されないバグ)が残っている。

 刀を使っていたことが仇となった女性の腕を、背中に捻り上げると、彼女は苦しそうに呻いた。美人にいたぶられるのは好きだが、いたぶるのはあまり好きではない。早めに終わらせたかったが、彼女の目にはまだ闘志が燃えていて、肩越しに気丈に睨みつけてくる。

「貴様、なぜそんなスキルを……」

「ある美さんを怒らせて、斬りかかられても対処できるように?」

実は同じデザインのジャージを三着持っていて、ある美さんに会いに行くときに着ているのは、渾身の対刀スキルを集めた一張羅なのだ。

「まァ、ある美さんは突然斬りかかってくるような乱暴なことはしないけど」

なはは、と笑うと、女性は急にうなだれ、おとなしくなった。

「……まいった」

サムライレディが降参の意を示すと、すぐにその身体は光となって消えた。設定した判定に持ち込む以外にも、相手が戦意を失った場合にも、負け判定になるのだ。

「なんだったんだ……?」

もう少し抵抗があるかと思ったのだが、拍子抜けしてしまった。立ち上がり首をかしげていると、遠くの屋根の上で何かが光った。瞬間、大量の銃弾が、あちこちの壁に跳弾しながら襲いかかってきた。

「見つけたっ!キャスト、ゴシックブラススナイパーライフル!」

おそらく、クナイの少女を相手にしていたときに消えた反応のうちの、もう片方だ。今しがたある美さんに貰ったばかりの銃を右手に構え、光った方角に向けて撃つ。

「キャスト、タートル四方ダイス

透明な壁が、俺を閉じ込めるように立方体に展開する。盾の応用技で、MPを通常の四倍消費することで、全方向からの攻撃を防ぐことができる。ただし普通の盾と違い、展開した場所から動けないので使いようだ。箱が完成すると同時に、弾丸が降り注いだ。音が止むまで耐え、追撃がないことを確認。盾を前方のみに切り替えながら、俺は走った。跳散弾フライングフィッシュという範囲攻撃だ。威力が高い代わりにクールタイムも反動も大きな銃スキル。反動で動けない時間は、約八秒。

「キャスト、加速チーター

走る速度を上げるスキルで、弾の飛んできた方向に一直線に向かう。

「キャスト、跳躍ラビット

ジャンプスキルで屋根の上にのぼると、

「いっ?!嘘だろ?!」

屋根の上に伏せた、迷彩服にヘルメットの男が、遭難した山で熊に出くわしたような絶望を顔に滲ませた。まさか跳散弾を食らって、生きているとは思わなかったらしい。ダメージを負ったときのエフェクトが腕から漏れているのは、俺が盾を展開する前に放ったゴシブラの弾丸が当たったのだろう。さすがにあの距離から目測だけで撃っても、致命傷にはならない。ゴシブラは、見た目は良いが狙いがブレやすく扱い辛いと評判のじゃじゃ馬だ。ネタ装備好きの血が騒ぐ。

「さっきの二人、仲間?」

ナツヤスミショットに持ち替え、眉間に突き付けて訊ねる。

「そうではないと言えばそうではないし、仲間と言えば仲間だ」

迷彩服は、謎かけのようなことを言った。

「なんか、ある美さんに近寄るなとか言ってたけど……」

「そ、そうだ!アルミ様は、お前なんかが気安く話しかけていいお方ではない!」

「はあ」

なるほど、これが噂に聞くアルミ様親衛隊という奴か。彼女の魅力に取り憑かれ、歪んだ愛情を持ってしまった可哀想なプレイヤーたちだ。

「それさ、ある美さんが言ったの?」

「へっ?」

「話しかけたことくらいあるでしょ?話しかけるなって、言われた?」

「い、いや……。しかし、会話が続かず、目も合わせてもらえず……」

男は、実在するライフルをモデルにした銃を抱きしめて、首を振る。

「じゃあどうして、俺がある美さんに近寄っていいかどうかを、アンタらが決めるんだよ。ある美さんが、俺と話すのを嫌がってた?」

「あ……」

男は絶句した。

 彼女は、別に人嫌いなわけではない。出てくる言葉の切れ味が良すぎて、相手が怖がって逃げてしまうのだ。ある美さん自身もその度に反省して、言葉を発する前に熟考するようになり、そのせいで返事のテンポが遅れて無視したように見られるという、負のスパイラルに陥っているだけだ。現に、何を言われても尻尾を振ってすり寄っていく俺には、深く考える必要がないからか、コンマ数秒で返事を返してくれる。

「……アンタら、ある美さんに何を求めてるわけ?」

要は、彼らは気軽に話しかけて彼女に構ってもらっている俺が羨ましいだけ。ある美さんの気持ちなど何も考えていない自己中の集まりだ。

「会話が続かない?目を合わせてもらえない?勝手に好きになっといて、何をほざいてるんだ」

「はっ……!」

なぜ、相手に何かをしてもらう前提なのだこいつらは。何様のつもりだ。

「てめーのコミュニケーション力のなさをある美さんのせいにしてんじゃねえよ。美人に愛嬌振り撒いてほしいだけならよそに行け。ある美さんの魅力はそんなところじゃないだろ?あの美人に!冷たくあしらわれるのが!いいんだろうが!」

「はうあ!!!」

「無視はご褒美!目を合わせてもらおうなんておこがましい!同じ世界に存在できるだけでありがたいと思え!!」

思わず熱弁してしまった。男は雷に撃たれたように目を見開いて固まっていたが、やがて持っていたライフルを傍らに置き、正座して、深々と頭を垂れた。

「我々が間違っておりました……。参りました……」

降参した男はそのまま光となって消え、後にはいくらかの硬貨の入った袋だけが残された。俺はそれを拾い上げて仕舞ってから、

「やべっ早く作らないとまた寝坊する!」

慌てて島に向かうのだった。

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