サブアバターズfeat.ある美さん
トルマリは、アバターを作って最初に降り立つ田舎町カルセドから三つ目の街だ。首都はエメラドと言って別にあるが、交易都市というだけあって各地にアクセスしやすく、初心者から古参までがトルマリを拠点にしているので、一番活気がある。
俺は石畳の地面に降り立ち、辺りを見回した。カフェテラスには、まだある美さんの姿はない。
「二人のアバターって、どんな見た目?」
マイクを一度切って、隣の二人に話しかける。
「マサオと同じローブ着た、黒い髪の子。わかるかな」
「俺もタクミと同じ鎧着てる。金髪の奴。一緒にいる」
そんな二人組を改めて探すと、すぐに見つかった。向こうも探しているようで、きょろきょろしているので間違いない。
「見つけた。ハリセン持った、白い奴だよ」
駆け寄りながら言うと、二人が気付いて、それぞれに手を振った。
「改めて、MASAOのサブの、*ルリ*だよ」
「俺は蘇芳」
二人の頭上に、名前が点灯する。
「俺は×null×」
「ナルだね。やっぱり×付いてるんだ」
真青改め、ルリが笑った。せっかくなので、そこは統一したい。それに、nullはプログラム用語なので、何か関係ない文字を入れないと、名前として通らないのだ。
「二人とも、色の名前だね」
「智が考えたんだよ。あいつも藍原だったから、大会に出るなら色の名前にしようって」
「なるほど」
真青はともかく、赤城が蘇芳なんて渋いチョイスをしてくると思わなかったので意外に思っていたら、そういう事情か。俺も、白っぽい名前がいいなと探していて、思いついたのが空白を表すnullだったので、統一感があると言えばあるかもしれない。ヌルと読むことが多いが、名前っぽさを優先して読み方はナル。白銀の髪に赤眼の、十代半ば程に見える男性アバターだ。白担当の追加戦士だからと、話の途中で仲間になる元敵対組織の一匹狼を目指したら、ナルシシストっぽくなったのでちょうどよかった。
「割かしまともな装備も持ってたんだな」
ナルの今の装備は、宝石学園美術部の絵具付き白衣に、ワイシャツと白のスラックス。腰に太いベルトを巻いているのでカジュアルに見えるが、科学者のようないで立ちだ。ジャージやメイド服に比べると、いくらか真面目そうに見える。明日にはカエデ装備が手に入るので、石はそれから考えればいいし、とりあえず適当な石を付けた間に合わせ装備だ。
「二人とも、ランクいくつ?」
「私は七十三」
「俺は六十一だな」
「じゃあ、蘇芳はまだクエストがあるよね。クエ品集めるの手伝うよ。そしたら、俺もいくらかレベル上がると思うから」
「ブートキャンプかよ……」
俺のごり押しランクアップ作戦に、蘇芳が呆れる。
「私は、地道に上げるしかないか……」
本日の行動を話し合い、パーティを組んで、俺たちは各々の持ち場に散った。
「そうだ。よかったら、石は捨てずに全部拾っといて。数値は低くてもいいからまとめて、適当に値段つけて俺宛に送って」
ランク六十台で必要なドロップ品を集めにトルマリ北部のダンジョンに向かいながら、二人にパーティ会話で話しかけた。ゲーム内メッセージには、アイテムをつけて送ることができる。代金を請求することもできるので、ちょっとした取引に最適だ。あとで受け取るにはアイテムインベントリをかなり圧迫するので、送ってもらったほうがいいだろう。
「前に言ってた、石合成って奴?」
「うん、錬金術楽しいよ」
千個の捨て石でベースにした石のステータスを1上げる、死にシステムことトレジャーストーン合成は、錬金術スキルの一部だ。生産系スキルなので、例に漏れず熟練度上げが面倒くさいが、くろすはSランクなので、絶対に失敗しない。錬金術スキル自体は、素材さえあればアイテムも作り放題なので、魔法使いをやっているプレイヤーは持っていることが多い。魔法使いもそう多い職ではないので、全体からの割合は推して知るべしだが。
「裁縫と錬金術、ってことは、その素材作るスキルも持ってるってことだよね?」
「採集と鍛治と工芸と、あと解体と分解かな?」
せっかく島を買ったので、今後は農耕と畜産もやりたい。夢が広がるぜ、などと考えていたら、二人がうわー、と引く声がした。
「石のお金はいらないよ。どうせ捨てちゃうものだし。八スロットの装備なんて、普通に買ったら百万はするんだから、逆にお金払わなくちゃいけないくらい」
「そう?じゃあ、装備の代金いらないから、捨てるものは全部送ってくれると嬉しい」
「物好きだねえ……」
その後は、明日の時間割がタリイだとか、クラスの誰かが誰かと付き合い始めただとか、この四月に赴任してきた数学教師はヅラではないかとか、他愛ない話をしながらランク上げに勤しむ。ソロプレイをしていると、誰とも会話せずに数時間、なんてこともざらにあるので、こういうところは楽しい。
午後六時を過ぎ、再度トルマリに集合して、集めたクエストアイテムを蘇芳に渡す頃には、ナルのランクは二十になっていた。なにしろ、装備にものを言わせて適正ランク六十の狩場にいたので、経験値がうまい。
「助かるわー」
努力の甲斐あって、ルリは一つランクが上がって七十四、蘇芳は六十五になった。良いペースだ。
トルマリのワープポイントの傍に座り込み、明日の予定など話し合っていると、ワープポイントから見覚えのあるシルエットが出てきた。
「明日、カエデ装備が手に入ったら、もっと楽しくなるね!」
トルマリの街は、ひっきりなしに人の出入りがあるので、二人はまったく気にしていない。が、降り立った彼女は、ルリの言った「カエデ装備」という言葉に反応して、こちらを見た。俺と目が合う。二人もそれに気付いて、俺の視線の先を追った。
「すげえ美人」
「アルミニウムさんじゃない?ほら、かぐや姫って呼ばれてる人」
ひそひそと、二人が小声で話す。ある美さんはしずしずとこちらに歩いてきて、俺の前に立った。
「お友達ですか?」
「うん、まあ」
聡明なる彼女は、明日カエデ装備が手に入るという言葉だけで、ある美さんを見てヤバいという顔をした俺の中身がくろすだと特定したようだった。もはや隠しても無駄なので、へらっと笑ってごまかす。
「今のお名前は?」
「×null×」
「そうですか。お二人は?」
「あ、えと、ルリです」
「蘇芳っす」
凛とした空気に、思わずルリが正座する。蘇芳も、背筋を伸ばした。
「わたくしは、Aluminum*と申します。よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ……」
「どうも……」
表情筋の動かないバグでもあるのかと思うくらいの、無表情を保ち続ける着物美人は、再び俺を見下ろした。
「わたくしに素材集めをさせている間に、お友達と談笑とは、良いご身分ですね」
「やだなァ、ずっと喋くってたわけじゃないよ」
「冗談ですよ。依頼を受けたのはわたくしですから、その間に貴方が何をしていようが勝手です」
冷たい視線が心地よい。そもそも、ある美さんが慈愛に満ちた目をしていたことなどないので、ただ見ているだけだろうが。
「おそらく学生だろうとは思っていましたが。学園杯に参加されるのですね?」
「うん」
彼女の思考回路はどうなっているのだろうか。「くろすは学生」「カエデ装備を三着作ろうとしている」「二人にお揃いで配ろうとしている」という情報だけで、三人以上でしか参加できない学園杯に出場する気だということを見抜いてしまった。
「お二人の武器は?」
「双剣です」
「俺は大剣」
「そうですか。頑張ってください」
「ありがとうございます……」
考えの読めない大和撫子は、それでは、と一礼して、踵を返した。が、ふと立ち止まって振り返る。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
ふ、と口角をほんの少しだけ上げて、寒気がするくらい優雅に微笑んだ。
「今度何か奢るよ」
「楽しみにしています」
そして今度こそ、ある美さんは街の中に消えた。
しばし静寂が訪れ、我に返ったルリが言う。
「アルミニウムさんって、あれだよね。掲示板とかで有名な人だよね」
「そうらしいね。まァ、不思議な人だからなァ」
話してみると、案外気さくでユーモラスな人なのだが、普段彼女に寄ってくる人種が、頼みごとをしたいか口説きたいかの二択なので、初対面では冷たいところがあるのだ。俺の場合、そんなところも素敵だとしつこく話しかけていたら、諦めたのか態度が徐々に柔らかくなった。粘り勝ちだ。
「でも、なんでナルが知り合いのサブだってわかったのかな。先に話してたの?」
「いや、何も。ルリがカエデ装備のこと話してたのが聴こえたんじゃないかな。素材集め手伝ってもらう代わりに、ある美さんにレシピ教える約束したから」
「それだけで突き止めるとか、尋常じゃねえな」
蘇芳が怯える。どうも、彼とは女性の好みが合わないようだ。クレバーで魅力的な人なのに。
「でも、悪い人じゃないよね。応援してくれたし。ふふっ、頑張らなきゃ」
「だな。まあ、今日はそろそろ帰ろうぜ」
気付けば下校の時間が迫っていて、俺たちは慌ただしくログアウトした。




