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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
二章

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16/118

一夜明けて

 翌日、四月二十六日。

 夜更かしして眠い目をこすり、遅刻ギリギリに登校した俺に、

「おはよ」

いつもどおりおしとやかに前の席に座っていた真青が、振り向いて微笑んだ。

「お、おはようございます」

昨日の出来事は全て夢だったのではないかとさえ思っていた俺は、戸惑いながら挨拶を返した。

「昨日は、いろいろありがとね」

チャイムが鳴る音と共に、小声で言った真青の言葉で、ようやく実感する。他人に詮索されるのは面倒くさいので、クラスでは適当な距離を保とうということになっていた。

 「おい、昨日あれからどうなったんだよ」

休み時間になるなり、さっそく飛んできた鈴木に対しても、

「やっぱり難しそうだからやめとくって」

「ごめんね、教えてもらったのに」

「そっすか……」

口裏を合わせてごまかす。鈴木は同盟づてにお近づきになろうと思っていたのか、若干残念そうだった。これで、放課後まで穏やかに暮らせるはず、と思っていたら、

「佐藤いるー?」

教室の出入り口がにわかに騒がしくなり、昨日ぶりに聞く声が飛び込んできた。

「佐藤ってどの佐藤だよ」

顔だけ覗かせた赤城に、廊下側の席の男子が問いかける。国内最多苗字とあって、三組には佐藤が三人いるのだ。

「佐藤駆だよ。前髪長い奴。お、いるじゃん。英語の教科書貸して」

俺にとっては隣のクラスなど、結界の張られた未開のジャングル並みに入りづらい場所だが、赤城はなんでもなさそうにのこのこと入ってきた。

「英語?いいけど」

二年に上がって早々に置きっぱなしにしている教科書を、教室後ろのロッカーから出して差し出すと、

「助かるー。なんで昨日持って帰ったかなあ」

大げさに肩を落として、ため息をついた。

「真青さんに借りればいいのに」

「春果は真面目なフリしてるから、使わない日は持ってねんだよ」

言われてみれば、今日は英語の授業がない。きちんと持って帰って予習しているとは、やはり優等生は違う。

「フリじゃなくて、真面目なんですう」

「へいへい。じゃあな、駆。次の時間には返す」

口を尖らせる真青を適当にあしらい、赤城は嵐のように去っていった。

「……なんで赤城が、駆に借りにくるわけ?」

別次元の住人の後ろ姿をぽかんと見送った鈴木が、一拍置いて怪訝そうに訊ねた。

「私が言ったんだよ!さっきメッセージが来たから、佐藤君なら持ってるかもって」

「あ、そうなんすか」

真青が必死にフォローし、鈴木は素直に納得した。その後、なんでもない顔をしながら、真青がすごい勢いで赤城に怒りのメッセージを送っているのが見えた。

 更に次の休み時間。

「駆、ありがとな。アメ貰ったから分けてやるよ。そんじゃ、またな」

律儀に返しに来た赤城は、ポケットから苺ミルク味の飴を取り出し俺の手に無理やり握らせると、滑らかに名前を呼び捨てにして去っていった。というか、よく思い出してみたら、前の時間の去り際の時点で呼び捨てだった気がする。コミュニケーションの鬼、ここに極まれりだ。


 昼休みに緊急招集された部室で、小さな弁当を広げながら、真青はまだ怒っていた。

「知られないように、って言ったそばから絡みに来るんだもん。信じらんない」

怒っている姿も可愛らしいと思ってしまうのは、もはや何かの病気かもしれない。

「悪かったって言ってるだろ。最初に思いついたのが駆だったんだから、仕方ねえだろ、急いでたし」

赤城は焼きそばパンをかじりながら、うるさそうにしている。既に、てりやきバーガーを平らげた後だ。

「いつの間にか呼び捨てにしてるし」

どうやら、不機嫌なときに口を尖らせるのが真青の癖らしい。教室では滅多にそんな顔はしないので、知らなかった。

「だって、佐藤多くて面倒だろ」

当人そっちのけで言い合いを始めてしまった二人を交互に見つつ、俺はただ、どうでもいいけど眠いなァと思いながら、弁当の卵焼きを啄んでいた。昨日、マイホームに興奮してつい夜更かししてしまったので、昼休みは図書室かどこか、静かな場所で少し寝ようと思っていたのだ。

「佐藤君も、嫌なときは嫌って言わなきゃダメだよ?」

「呼び方くらいどうでも……。結構、同じ理由で名前で呼ばれるし」

「そう?……じゃあ私も、駆君って呼ぼうかな」

なんですと。おお、偉大なる神よ両親よ、よくぞ俺を佐藤姓の家に生んでくれた。呼ばれ慣れている名前も、真青に呼ばれると福音が鳴り響くがごとしだ。

「別にいいけど……」

歓喜に打ち震えている心中を察されないように、なるべく落ち着いた声を装う。赤城、その顔をやめろ。

「じゃあ、俺のことも巧って呼べよ」

「私も春果でいいよ」

「え!いや、それはさすがに……。昨日までまともに喋ったこともなかったし……」

遥か天上で暮らす二人が俺のことをどう呼ぼうが構わないが、沼の底の妖怪が二人を呼び捨てにするのは、恐れ多すぎる。

「そう?……まあ、クラスでは知らないフリするんだし、呼び分けるのも面倒だもんね。でも、好きに呼んでいいからね」

「そうだぞ、お前遠慮しすぎ。……ところでそのハンバーグ、うまそうだな」

「巧!」

俺の弁当箱に入っていたミニハンバーグに、赤城が目をつけた。真青が嗜めるも、聞く耳を持たない。ユニフォーム会議のときといい、彼は脱線のプロだ。

「食べる?」

「マジ?食べる食べる」

遠慮がないが、しかしなぜだか憎めない。女子が放っておかないわけだ。俺の差し出した箱から行儀悪く指でつまむと、口の中に放りこんだ。

「あっ!超うめえ!これ冷食じゃないな?!」

噛みしめながら赤城が叫ぶ。

「昨日の夕飯の残りだよ」

へえー。お弁当、お母さんが作ってくれるの?」

「いや、自分で。うち、両親帰ってくるの遅いし、朝はまだ寝てんだよね」

ここのところは特に、母は仕事先に泊まったり、俺が起きるより早く出ていったりするので、靴の有無を見て家にいる人間の数だけ朝食を作って登校するのが日課だ。

「「自分で?!」」

二人が、声を揃えて身を乗り出してきた。改めて、俺の弁当をまじまじと見つめる。

「これ全部駆君か作ったの?さっき食べてた卵焼きも?」

「ハンバーグもか?」

「そうだけど……」

料理は趣味なので、作るのは苦ではない。ある程度は作り置きして冷凍しておけばいいし、卵焼きくらいなら、朝食のついでに作れる。今日は寝坊したので危なかったが、自分で作ったほうが好きにできるし、粗食すると母が怒るし、小遣いも減らないので買うという選択肢はない。

「おい春果。お前」

「言わないで」

作れるか、と赤城が訊く前に、真青にぴしゃりと遮断された。

「母さんが料理研究家やってるから自然に覚えただけだし、ウチは特殊だと思うよ……」

冷凍食品やインスタントの進化したこのご時世、別に料理ができなくても人間は生きていける。必要になれば覚えるものだし、恥じることではない。

「駆くんのお母さんって、確かカエデ装備のカエデさんだよね。あれ、料理研究家の佐藤楓さん?もしかして、『佐藤さんちの夕ごはん』の?」

「あ、そうそう」

佐藤さんちの夕ごはんは、毎週水曜の四時頃、ワイドショーの途中に挟まる十五分足らずの料理コーナーだ。芸人の男性をアシスタントに、夕飯に使えそうなレシピを紹介し、ゲストに振る舞うだけの番組だが、軽快なトークと彩りが良く簡単に作れる料理が人気だと、噂で聞いた。

「よく知ってんな」

「うちのお母さんがファンなんだよ。いつもレシピ書き写すだけで作らないけど」

母は主婦層に人気らしい。四、五十代向けの女性雑誌でも、毎月料理コラムの連載を持っていたり、佐藤さんちの夕ごはん内で紹介したレシピとエピソードを収録したレシピ本は、売り上げ部数十万部を突破したという。食べ物にこだわりがあるためか、年齢の割に肌艶が良く、体型もすらりとしているので、小学生の頃はお姉さんですかと訊かれたこともあった。さすがに、最近はそれはなくなったが。

「そっか、駆君はお母さん似なんだね」

「よく言われる」

幼少の頃は、会う人会う人に言われていた。反抗期の頃に、女の子みたいだねと言われるのが嫌で顔を隠すために前髪を伸ばし始めてから、やっと何も言われなくなった。

「駆お前、隠れハイスペックだな……」

誉めても料理くらいしか出ないぞ。面と向かって誉められることに慣れていないので、背中がむず痒い。

「そんなことないよ……。二人のほうがすごいじゃん……」

なんせ、学年トップの成績を維持し続ける学校一の美少女と、故障してもなおスポーツ万能のイケメンだ。ちょっと料理ができるだけの地味男など、比べるべくもない。俺は、ごまかすように俵型おにぎりを箸で崩して、口に運んだ。

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