半端な決着
グルファクシの鼻面が直撃したせくめとさんは、派手に土埃を舞い上げながらグラウンドの端まで吹っ飛んだ。俺は衝突する瞬間に鉄天馬から飛び降り、勢いを殺して転がりながら銃を構える。
『……やったか?』
「それやめーや」
蘇芳が、吹っ飛んだ強敵の前で言ってはいけないワード第一位を口にし、ライムが顔を歪めた。
「まだだよ」
案の定、システム音声は聞こえない。
徐々に晴れていく視界に向かって立て続けに二発撃つと、
「キャスト、盾」
予想通り二発とも弾かれた音がして、ライムの顔が更に険しくなる。次の瞬間、
「キャスト、刺突」
低い声と共に刃がきらめき、次の瞬間には、水色のウサギの腹に深々と槍が刺さっていた。
「らぶぃくん!」
光となって消えるらぶぃくんを見て、ルリが悲鳴を上げた。
『俺と同じじゃん……』
「せくめとさんの得意技だからね、槍投げ」
スキルが発動した瞬間に槍を投げるという、これまた本来の仕様を無視した攻撃だ。止まっている敵なら確実に一撃で仕留める。
「キャスト、乱射!」
しかし、大ぶりなスキルに加えて武器まで手放すわけで、隙は大きくなる。ライムは驚きもせず、矢を放った。
「チッ」
よろけながらも飛び避け、受け身を取りながら転がったせくめとさんは、左腕が部位破壊になっていた。
「すごいなー、頭狙ったのに」
『なんでまだ生きてんだ』
『衝突するまでの一瞬に、腕で頭を庇ったんだろ』
狙撃を続ける俺に代わって、ウサギ先生が控え室の声に答える。頭に接触していれば即死クリティカルだったはずだ。腕を一本犠牲にしても生き残ろうとする辺り、負けず嫌いにもほどがある。
「ちゃんと利き腕じゃないほうで受けてるし」
発言と行動は直情的なせくめとさんだが、頭は誰よりも冷静だった。
「敵になるとほんまに気持ち悪いなー」
諦めるという選択肢がない戦闘狂ならではの判断に、ライムがドン引きしている。
「ふっふっふ、久しぶりにここまで削られたなー」
正常時は緑色のHPバーは半分を切り、黄色に変わっていた。しかし、不敵な笑みは崩さない。
「キャスト、カットラス」
更に、俺とライムによる威嚇射撃を器用に避けながら距離を縮めつつ、片手剣に持ち替えた。爪や双剣など両手に一つずつ装備する武器は、片手だと威力が落ちるのだ。
「ルリちゃん、はよ逃げ!」
「う、うん!」
ルリがせくめとさんとやりあったら、確実に負ける。満身創痍だろうが片腕が使えなかろうが、そんなものは大したハンデにはならない。
「させーん! キャスト、跳躍!」
だが、百獣の王はそれを許さなかった。マユたんもやった、前に向かってジャンプする走法で俺とライムの頭上を飛び越え、ルリの進行方向に降り立つと同時に、踏み込んで剣を振り抜いた。
「うわわっ」
ルリは前進しかけていた足をすんでのところで踏みとどまり、辛うじて剣で受けた。逃げることはかなわず、徐々に後退させられていく。
『あーっもう、ボスほんまやらしい!』
ライムがパーティ会話で苛立つ声を上げた。
『援護しねえの?』
『できへんの! ボス狙おうとしても、上手いことルリちゃんの体の陰になるように動くんやもん』
かと言って、ルリを助けるために近接で飛び込めば、それこそ彼女の思うつぼだ。
『ナルは?』
『同じくー。すごいな、チーム戦だとそういうこともできるのか』
顔以外にも目が付いているのだろうかと思うくらい、器用にルリを盾にしてくるのだ。ナビゲーターがいるにしても、標的を相手にしながら残り二人からも逃げ回るなんて、正気の沙汰ではない。
「キャスト、粘網!」
「キャスト、泡!」
ルリが放った足止めは、おそらく予測されていたのだろう。似たような効果だが、水属性が付与されている分、泡のほうが強い。ルリは思いきりスキルを被り、ぬめった地面に足を取られた。
その隙を、せくめとさんが見逃すわけがなかった。
「キャスト、斬!」
「あ……」
片手剣は無慈悲に、ルリの首に線を入れた。
『戦闘不能、*ルリ*』
「二ポイントぉ!」
せくめとさんが吠える。本気を出された瞬間に、あっさり並ばれた。
『うう、負けちゃったー……』
控え室に飛ばされたルリの落胆した声がした。
『よく保ったほうだろ』
『そうそう。練習試合で良かったな』
「キャスト、千重波」
「キャスト、盾!」
ルリを労う言葉は控え室に任せ、次を仕掛けるライム。
「キャスト、乱射」
盾が割れた瞬間に、俺も続いた。
「マニュアルか、変態め」
狙いを付けて飛んでくる銃弾を避けきれず、せくめとさんの肩や頬、腿に傷が増えた。マニュアル使いが皆変態みたいな言い方をしないでほしい。
「キャスト、加速!」
「キャスト、盾!」
突然、せくめとさんが俺の間合いに踏み込んできた。剣撃を防ぐべく盾を展開した瞬間、真横に飛んで盾の脇をすり抜け、逆袈裟に斬り上げる。
「わっ」
飛び退きながら威嚇射撃。しかしせくめとさんは後退せず、きっちりと剣の間合いに持ち込んで来る。もちろん、武器を持ち替えさせるような隙はくれない。
まるで猫がじゃれているように、決定打にはならないが逃がしてもくれない、そしてこちらからも致命傷を与えられないという焦れったい時間がしばらく続き、
『対戦時間終了。両パーティバトルポイント同数につき、生存者数で判定を行います。オーナーの勝利です』
長いように思えた三十分はあっけなく過ぎて、俺たちは何とも煮え切らない勝利を得た。




