三所三様
パーティ会話だけでは、校舎のほうで何が起きているのかよくわからない。
「貴様の相手は俺だ!」
防戦一方で一向に仕掛けてこない俺に、暗闇くんは苛立っていた。
「本当、よく見てるなァ……」
苦手なのは、何も言動だけではない。こちらの一挙一動、僅かな呼吸の変化から、行動を予測したり見透かしたようなことを言ってきたりするのだ。十人戦えば十人がやりづらい、面倒くさいと答える相手だった。
そんな謎の技術に対抗する方法は一つ。
「……ふん」
頭に載っていたクラシカルブラスゴーグルをずり下げ、目元を隠した俺に、暗闇くんの目が険しくなった。目は口ほどにものを言う、なんてことわざがあるくらいだ。目の動きがわからなくなると、予測の精度は格段に落ちる。武器やスキルがコロコロ変わって事前の対策がしづらい上、いつもゴーグル装備のくろすは、暗闇くんにとっては天敵と言えよう。
「その程度で、俺の未来視を防いだつもりか」
「ないよりはマシだろ?」
俺は、できる限り不敵に見えるように、にやりと笑ってみせた。くろすがよくやるように。
「その顔――」
察した暗闇くんの言葉が終わるよりも早く、俺は低い体勢から足払いを掛けた。緩いカーブに差し掛かった瞬間に足元を狙われた暗闇くんは、間一髪で避けたものの、思わずよろけた。隙を逃さず、頭目掛けて発砲する。パーティ会話からライムの悲鳴が聴こえた気がするが、ひとまず放っておく。別のことを気にしながら戦えるほど、俺は器用ではない。
「キャスト、身躱!」
「キャスト、仕込み絡繰・刺傘」
間髪入れずに武器を入れ替え、刀身を抜いて斬りかかった。
「ッ!」
暗闇くんは逆手に持った刀身で瞬時に攻撃を受けた。刺傘は軽いので、黒曜剣に鍔迫り合いで勝つことは難しい。俺はすぐにバックステップで距離を取り、傘の先を向けて弾丸を放った。十全ではない体勢でも、刀身で弾くことで弾道を逸らしてくるのはさすがだ。
俺が六発撃ち終わるのとほぼ同じタイミングで、暗闇くんは刀を一度鞘に仕舞い、身を低くして構えた。俺が攻撃を仕掛けた瞬間に、カウンターを仕掛けるつもりだ。
「と、見せかけて?」
俺は、軽薄な笑みを浮かべたまま、わざと彼の間合いに踏み込んだ。一瞬暗闇くんが虚を突かれた顔をしたのを、見逃さない。
「抜刀!」
「白刃取!」
掛かった。俺は攻撃を無効化された黒い刃を受け流して懐に入り、手を柄ごと握り込んで暗闇くんを転がした。更に腹を思い切り蹴っ飛ばし、電車の上から蹴落とす。
「うぐッ?!」
俺がくろすだと気付いているようだが、このアバターでのメイン武器は銃、イリーガルで刺傘を使うという情報しか、彼は持っていない。刺傘と接近戦になれば黒曜剣が押し負けることはないし、遠くからの狙撃は避けることができる。そう考えての抜刀姿勢だったのだろう。万が一、距離を詰めてきた時に備えて抜刀することも考えていたからこそ動けたのだろうが、急な予定変更にはどうしてもラグが生じる。店長及びゲーセンの皆さんに鍛えられた格ゲーの反応速度をナメてもらっては困る。
「前に、ある人が言ってたんだ」
宙に浮いた暗闇くんが受け身の姿勢を取る前に、腹目掛けて飛び降りる。これで、彼の視界に映るのは俺と空だけ。『見える位置に』移動する転移は使えない。
「『予測できても対応させなければいい』って」
再び装備したブラスイーグルを、俺は至近距離でぶっ放した。
× × ×
ライムは、蘇芳が言った言葉と自分の現在の体勢が理解できず、大量の疑問符を出していた。そして、
「二度目?二度目って……あっ?!」
以前駆にも話をした、去年の体育祭の準備のことだと理解すると同時に、カッと顔を赤くして蘇芳の腕から飛び出した。次の言葉を発する前に、二人の間にモイが手に持ったハンマーが降ってきて、会話は中断された。
「チッ、いいとこだったのに」
「何がや?!」
この上なく楽しそうに笑いながら、蘇芳は更に階段を駆け下りていく。ライムは敵の前に味方の背に一撃食らわせたい衝動と、背後から猛スピードで追ってくる筋肉への恐怖と、いわゆるお姫様抱っこで受け止められてしまった羞恥心とで、もはやわけがわからなくなっていた。
「後で覚えとれよ!!」
再び後方に弓で威嚇射撃をしながら、今度は踏み外さないようにやや慎重に階段を降り、
「おー、楽しみにしてる!」
蘇芳は一階の廊下に辿り着くと、正面の窓を真空刃で割り、外へ飛び出した。ライムも同じ窓から外に出る。続く先はグラウンドだ。
「よっし、合流ポイントに到着」
彼には馴染み深い編み目のゴールポスト以外、ほとんどオブジェクトのないグラウンドで、蘇芳は灼鉄剣を構えた。すぐにモイも同じ窓から飛び出してきて、重い着地音と共に再度グラウンドへ舞い戻った。
「援護は任せた」
モイの装備がエントランスで見たボクサーグローブになっていることに気付き、近接戦ならばタイマンがしたいと、蘇芳は一歩前に出る。
「しゃあないなー、駅前のクレープ」
対し、今のところ姿を見せないせくめとを警戒しつつ、少し距離を取りながらライムが答えた。
「お?!デートか?!」
「違うわこの花畑男」
半眼で呆れるライムの素っ気ない反応など気にすることもなく、蘇芳は来る買い食いデートへ向けて気合を入れ直した。
× × ×
観戦者席には一対一会話の内容は聴こえないものの、大体の内容に想像がついているUSAGIは、
「……若いっていいよなー」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。すると、
「ウサちゃんもまだ若いんじゃないのかにゃん?」
「いつの間に来たんだよ」
「さっきだにゃん。面白いことやってるって聞いたら来ないわけにはいかないにゃん」
ムフーと下世話な笑みを浮かべ、隣でたいやきを食べ始めたみい子に、画面に向き直ったUSAGIはため息をついた。




