暗闇くん
暗闇は、ルリがルートを変更したと踏んで五芒星を一旦解き、あくびをしながら学校方向に移動していた。
『戦闘不能、眞柚良』
「マジか」
頼れるメンバーが一人撃破されたというアナウンスに、驚き半分、期待半分といった表情で反応する。同時に、控室に飛ばされた眞柚良がギルド会話で喚きはじめた。
『あーっくそ!やられた!アイツの正体わかったぞ!』
マイクにどすんばたんという音が混ざる。どうやら、リアルでクッションか何かに当たっているようだ。
『マユたん落ち着こうよ、キャラブレまくりだよ?』
ギルド会話で、ナビゲーターをしているメンバーが宥める。
『だってさあ、アイツ電車があの踏切に来る時間狙って、あたしを誘導しやがったんだよ?!』
『ジグザグに走ってるのは撹乱が目的なのかと思ってたけど、電車に合わせるための時間稼ぎだったんだねー。手練だわ』
『うー、何か企んでると思って、防いだり避けたりできないように光槍にしたのが間違いだった。もっと軽いスキルで様子見るべきだった』
光槍は長い詠唱時間さえ稼げれば、刀スキルと張るほどの高い火力と、名前の通り光速と言っていい対象到達速度が脅威となる。刺突同様、トドメを刺すためのスキルだった。
『いやいや、マユたんはよくやったよ。まさか、光槍に完璧にタイミング合わせて避けるとは。私もナビ失格だよ』
『うんにゃ、前に動画見たとき転移使ってたのに、うっかりしてたあたしが悪い』
『お互いまだまだだねえ』
ああすべきだった、いやそしたらこう来るだろう、ならばこうだ、と反省会の始まっているギルド会話に、暗闇は口を出した。
「で、結局誰のサブなんだ」
『ふん、自分で確かめれば。そして散れ』
眞柚良の返事はすげない。
「そうかよ」
お前は勝てない、と遠回しに言われた暗闇は、スッと目を細めると、学校とは逆方向に走り出した。
× × ×
撃破アナウンスを聞いたライムは、呆れていた。
「ほんまにマユたん落としたんかアンタ……」
「いやァ怖かった……」
「嘘つけ」
「ホントだってば」
走る車両の上にあぐらを掻き、束の間の休息、もといインベントリから出した水を被って泡の効果を消したり足枷を外したりと、状態を整えながら答える。初期位置を把握してからとっさに思いついた『電車でGO作戦』が成功したから良かったものの、しばらくロリータファッションを見るたびに怯える羽目になりそうだ。転移は便利だが移動できる範囲が狭いので、マユたんが一瞬でもタイミングをずらしていたら、電車の上に転移することはできなかっただろう。ラッキーだった。
「あっ」
「どうした?」
迷彩で隠れたまま暗闇の動向を伺っていたルリが、不意に声を上げた。
「暗闇くんが、急に走り出したの。……学校のほうに向かってたんだけど、踏切に引き返してるみたい……」
「うわ、暗闇くんこっち来てんの?」
マユたんから、電車に乗って逃げたという報告を聞いたのだろう。もしかしたら、ナルイコールくろすだと聞いたのかもしれない。
「電車の上でかち合って、学校にもルリにも近づかせないようにするつもりだろ。線路正面から来るぞ。飛行具に乗ってる」
ウサギ先生の声で索敵を発動すると、確かに電車の進行方向に敵アイコンが映った。猛スピードで近づいてくる。
「やだなァ、暗闇くん苦手なんだよなァ」
「前にもやったことあるんだろ?そんときはどうだったんだよ」
「一応勝ったよ。けど、苦手なのはそこじゃないんだ……」
「ふーん?」
歯切れの悪い答えに、蘇芳は訝しげに相槌を打った。
「ルリはそのまま学校に向かえ」
「はいっ」
その間に、ウサギ先生から指示が飛ぶ。暗闇の標的が俺に変わったことで、ルリがフリーになった。今のうちに動かない手はない。
「蘇芳とライムは今どこにいる?」
「俺は様子見に校舎の三階まで上ってきたとこ。窓からグラウンド見えるけど、モイがいるかもしれないんだろ?ルリが来るまでここで待機する」
「そんなら、うちも三階向かうわ。今校舎入る」
「了解」
合流は順調そうだ。一ポイント取ったので、あとはこのまま、暗闇から俺が落とされずに他の三人も見つからなければ勝ち。いわゆるタイムアップでの勝利も考える必要があった。校内戦のような全滅ストレート勝ちは、せくめとさんがいる限りまず間違いなく無理だからだ。
「ナル、来るぞ」
「うん」
ブラスイーグルを構えて、線路の先を見る。ゆるやかなカーブの先に、彼はいた。黒いスケボーのような飛行具に乗っている。
「同胞の仇!キャスト、跳躍!」
俺を射程に入れると同時にMPポーションの瓶を割り、飛行具で消費した分を回復しつつ、電車が通過する直前で飛び上がった。
「おっと」
重力と共に振り下ろされた真っ黒な刀をバックステップで避けながら撃ち込むも、刃先で方向を逸らされた。暗闇くんは器用だ。そして、
「ふん、俺の刃を避けるか。まあいい」
普段話すときはそうでもないのに、バトルとなると何故か言い回しがおかしくなる。
「我が黒曜剣の錆にしてくれる!」
「……背中かゆくなるなこいつ」
踏み込んできた暗闇くんの一閃を躱す俺の耳に、ぼそりと、ウサギ先生がぼやく声が聞こえた。
「だから苦手なんだ……」
暗闇くんの二つ名は『暗黒魔剣士』という。
――要するに、厨二万歳がコンセプトであるギルドの中で、最も忠実にそれを体現する男なのだった。




